64.諸侯の矜持、乙女の決意
アリンガム家、バーシー家、ゲニントン家、そしてノクトレイン家の北部諸侯たちは王家に対して反旗を翻し、ペルテ共和国に遠征しようとしていた王家軍を打ち破った。
この戦いはアリンガム公領の戦いと呼ばれることになるが、諸侯連合軍の勝利の原動力は、なんといってもノクトレイン家のユニコーン騎兵だ。
率いていたのは、領主であるノクトレイン女公セレーネである。マケランがレイシールズ城への行軍途中で、挨拶を交わした人物だ。
彼女たちはわずか500騎で総司令官のサーク大尉を討ち取り、3万の王家軍を潰走させた。
他の諸侯たちはそれを追撃することによって、勝利のおこぼれに預かったに過ぎない。
セレーネは反乱軍の陣地に帰還すると、副官のカタリナを伴って作戦会議用の天幕に入った。
「おう、偉大なる女傑のご帰還だ」
冷やかすように声をかけたのは、ゲニントン公だ。馬に乗れないほどでっぷりと太っているため、自ら槍を持って戦うことはない。
「いやあ、こんなかわいらしいお嬢さんが男顔負けの槍働きをしたとは、驚きですな。ああそれにしても、何度見てもきれいな銀髪だ」
好色そうな笑みを浮かべて近寄ってきたのは、バーシー公だ。「さぞや言い寄る男が多いことでしょうな。処女でないとユニコーンに乗れないというのは、実に惜しい!」
「黙れ――無礼者!」
カタリナが一歩踏み込み、槍の穂先をバーシー公の顔すれすれに突きつける。
好色そうな笑みは瞬時に消え、バーシー公は顔をひきつらせて「ひ、ひぃ……」と情けない声をもらした。
「よせ、カタリナ。下衆な男が何を言おうと、私は気にしない」
「はっ」
セレーネがたしなめると、カタリナは槍を収めた。
バーシー公は悔しげにセレーネをにらみつけたが、何も言わなかった。
バーシー家は弱小諸侯であり、領地の広さ、経済力、軍事力、すべてにおいてノクトレイン家の足元にも及ばない。本来なら対等に口をきける立場ではないのだ。
「バーシー公よ、言葉には気をつけよ。ノクトレイン女公は今回の勝利の最大の功労者なのだ」
席に着いたままバーシー公を注意したのは、アリンガム公だ。
62歳で、髪もひげも真っ白だが、その筋肉質の肉体は年齢を感じさせない。
(さすがはアリンガム公だな。他の2人とは比べものにならないほど威厳がある)
セレーネもアリンガム公に対しては敬意を払わざるを得ない。
アリンガム家はノクトレイン家に匹敵する名家であり、実力もほぼ互角なのだ。
セレーネがアリンガム公の向かいの席に座ると、他の2人も興を削がれたような顔で、しぶしぶ席に着いた。
彼らの配下の騎士たちは、立ったまま主君の背後に控えている。カタリナも同様だ。
「では、軍議を始めよう。まず先ほどの戦闘の結果だが、味方の被害はほとんどなかった。敵の被害については――」
「そのまえに、よいだろうか?」
セレーネはアリンガム公の言葉をさえぎった。「軍議の前に、今まであやふやになっていたことをはっきりさせる必要があると思う」
「あやふやになっていたこととは、なんだ?」
アリンガム公はややムッとした様子で問いただす。
「この反乱軍の総司令官は誰か、ということだ」
「ああ、そのことか」
「そのようなこと、無理に決める必要もないだろう」
ゲニントン公が、面倒そうに言った。「あまり仲がよかったとは言えない我らは、反王家を旗印にすることで同盟を結ぶことができた。それなのに誰か1人が他の3人より上の立場になれば、せっかくの協調関係が崩れかねんだろう」
「いや、それは違う」
アリンガム公はゲニントン公の意見に異を唱えた。「軍である以上は、指揮系統の一元化は必須だ。リーダーは必ず1人でなければならぬ」
「その通りだ。司令権を持つ人間を決めておかねば、意見が割れて行動が遅れる。わかりきったことではないか」
セレーネの不遜な言葉に、ゲニントン公は眉をひそめた。
小娘のくせに生意気な――そんなつぶやきが聞こえてきそうだ。
「それで、自分こそが総司令官にふさわしいとでも言いたいのですかな?」
「もちろんだ」
バーシー公の皮肉めいた問いかけにも、セレーネは堂々と答えた。
(他人に自分の命を委ねられるわけがないだろう)
「我がノクトレイン家は建国以来の名家であり、軍事にも政治にも通じた実力を備えている。この反乱軍にも、もっとも多くの兵力を率いて参加している」
彼女の言うとおり、ノクトレイン家は500騎のユニコーン騎兵以外に、800騎の騎兵と2300人の歩兵を連れてきている。
アリンガム家は騎兵1200と歩兵1800。
ゲニントン家は騎兵600と歩兵900。
バーシー家に至っては、騎兵200と歩兵400に過ぎない。
「そのとおりだな。特にユニコーン騎兵は、この反乱軍の主戦力だ」
アリンガム公も同意した。「女公は自らユニコーンに乗り、危険をかえりみずに敵とぶつかって潰走させた。我々はその後に続いただけだ」
「アリンガム公は、女公が総司令官になることを認めるのですか?」
ゲニントン公が意外そうに問いかけた。
「仕方あるまい。総司令官は年齢ではなく、実力で決めるべきだ。それに、誰が指揮を執るかで言い争っている時間は残されておらぬ」
「感謝する」
セレーネはゆっくりとアリンガム公に頭を下げ、静かに言葉を続けた。「私が総司令官を務めるからには、必ず王家に勝利することを約束しよう」
「では聞かせてくれ。貴公はこれからどのように軍を進めるつもりなのか。
――いや、その前にこの反乱をどのように終えるつもりなのかを問いたい。
ラッセル王を退位させ、我らの言うことを聞く王を即位させるのか。
それともサーペンス王家を滅ぼし、我らの中から新たな王を立てるのか」
彼らが反乱を起こしたのは、王がペルテ共和国への侵攻を決めたことが、もっとも大きな理由だ。
もちろん共和国に勝てるはずがない。レイシールズ城の勝利は、あくまでも例外なのだ。
共和国軍が再び王国領に攻め込んでくれば、その矢面に立たされるのは、彼ら北部諸侯である。
12年前にペルテ共和国に侵攻された際、父と2人の兄を失っているセレーネにとっては、特に切実な問題だった。
あの時の絶望と恐怖を、彼女は一日たりとも忘れたことがない。
諸侯にとっては家を保つことが何よりも重要だ。強大な軍事力と経済力を持つ共和国とは、講和によって戦いを終わらせるべきなのだ。
王家がそのための障害となるならば、倒すことにためらいはない。共和国と戦うよりは、よっぽど楽な相手だ。
だが王家を倒した後の新たな体制については、はっきりと決めてはいなかった。
「それは――」
「おい待て! 今は偉い人たちが軍議中なんだ!」
「だからですよ。諸侯の方たちには私の意見が必要なのです」
セレーネが答えようとしたところ、天幕の外で言い争う声が聞こえてきた。
(なんだ?)
「あっ、おい勝手に入るな!」
「ああ、私のことはお構いなく」
サーコート、マント、鎧、そしてウェーブのかかった長髪――そのすべてが黒い男が天幕の中に入ってきた。
「誰だ貴様は!」
すかさずカタリナが、セレーネを守るように立ちはだかる。
「まあまあ落ち着いてください、お嬢さん。私は怪しい者ではありません」
どう見ても怪しい男は、武器を持っていないことを示すように両手を上げた。
「そのサーコートのデザインは見たことがある。おまえは王家の軍人だな?」
セレーネは男を問いただした。
「ご名答です。私は王立士官学校を卒業したばかりの将校、ローウォーカー・エルギン。学生時代は『黒龍』の異名で呼ばれておりました」
エルギンは片ひざをつき、慇懃に名乗った。




