表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/99

63.優れた軍人の条件

 汚れなき乙女たちが、純白の馬体を持つユニコーンの背に乗って、こちらに向かってくる。

 言葉にすると幻想的だが、美しさを感じている余裕はない。


 あれはすべて、ストラティスラたちを殺しに来ているのだ。その証拠に乙女たちが手に携えているのは、鉄の盾も貫きそうな鋭い槍である。


 その迫力を前にして、さっきまで強がっていた傭兵たちも顔面が蒼白になっていた。


「てめえら、シャキッとしろ!」


 その時、女の声が戦場に響き渡った。ストラティスラではなく、肌の露出が多めな鎧を着た、女傭兵だ。


「あたしたちが隊列を崩さなけりゃ、ユニコーンだろうが何もできないんだ! 覚悟を決めろ!」


『血染めの盾傭兵団』の団長、アデラインである。ストラティスラでさえ名を知っているほどの有名人だ。

 彼女はストラティスラの視線に気づくと、ニヤリと微笑んだ。


(さすがは歴戦の女傭兵ね。いい面構えだわ)


 騎士や兵士は全員が男だが、傭兵たちの中にはちらほらと女の姿がある。

 それがストラティスラには心強かった。


「彼女の言う通りよ! ユニコーンは空を飛ぶわけでも火を吐くわけでもない! 勇気を失わなければ必ず勝てる! 自分と仲間を信じなさい!」

「「おうっ!!」」


 ストラティスラの言葉に、傭兵たちは力強く答えた。どうやら勇気を取り戻してくれたようだ。


(もうすぐユニコーンがロングボウの射程範囲に入るわ)


 そうなれば、後ろにいる弓兵隊が一斉射撃を行うはずだ。さすがのユニコーンもひるみ、足並みを乱すに違いない。


(今よ!)


 ストラティスラは心の中で叫んだ。

 しかし、一斉射撃は行われない。


(何をやってるの!)


 焦燥に駆られて後ろを振り向く。

 その時、ようやく弓兵隊の指揮官が『放て!』と合図を出した。


「遅いわよ……!」


 ユニコーンのスピードは馬よりもはるかに速い――という知識がなかったとしても、目測によって速度を計算していれば、合図を出すタイミングを間違えることはなかったはずなのだ。

 弓兵隊の指揮官は士官学校の先輩だが、もし彼が近くにいれば尻を蹴り上げていただろう。


 案の定、ほとんどの矢はユニコーンが通り過ぎた後の地面に落下している。

 もはやユニコーンの騎兵隊は、騎手の顔が判別できるほどに迫っていた。


「御主人様……」


 ストラティスラの馬の口を取っているブリエンが、おびえた声を出した。


「情けない声を出さないで」

「も、申し訳ありません」


 もっとも警戒しなければならないのは、兵士が臆病風に吹かれることだ。たった1人でも敵に背を向ければ、隊列に穴が空いてしまう。

 騎兵とぶつかるまでは、盾と槍を構えたまま動かないことが重要だ。


 しかし、猛スピードの騎兵の集団が目前に迫ってくる恐怖は、経験した者でなければわからない。

 そして前衛の兵士のほとんどは、戦場に出るのも初めての者たちだった。


「ひ、ひいぃ!」


 隣の隊の農民兵がおびえた声をあげた。


(まずい!)


 すぐに指揮官が鼓舞しなければならない。おびえた兵士に勇気を取り戻させることができるのは、指揮官だけなのだ。


 しかし隣の隊の指揮官――やはり士官学校の先輩将校だ――は何もしようとしなかった。

 もし彼が近くにいれば、ストラティスラは顔面を殴り飛ばしていたに違いない。


「し、死にたくない」


 ついに、敵に背を向ける兵士が出た。

 恐怖は伝染する。次々に兵士たちが後ろを向き、ついには逃げ始めた。


 こうなると、もう止められない。ストラティスラの隊の傭兵たちまでがつられて逃げ始める。

 早く逃げないと取り残されるという予感。他人には頼れないという無力感。


 もはや、数の有利はまったく意味をなさない。

 ストラティスラは、この戦闘に見切りをつけた。


「全員、退却! 一か所に固まらず、バラバラに逃げなさい!」


 しかし時すでに遅し。ユニコーン騎兵は勢いを落とすことなく、前衛にぶつかった。


 ドゴォォンッ!


 人と盾がまとめて宙に跳ね上がり、血と金属片が飛び散る。

 歴戦の女傭兵アデラインも、槍で胸を貫かれて宙を舞っていた。

 どんな強者にも、あっさりと死が訪れる。それが戦場だ。


 ストラティスラの目の前にも、ユニコーンの巨体がせまっていた。


(ここまでね……。私はどこで間違えたのかしら)


 死を覚悟し、目を閉じた。


(…………)


 いつまで待っても、衝撃がやってこない。

 ゆっくりと目を開けると、地面には無数の死体が散乱していた。


 わずかに生き残っている味方もいるようだが、敵の姿はない。

 振り返ると、ユニコーン騎兵が潰走する味方を追って戦場を遠ざかっていくのが見えた。


(助かったの……?)


 どうやらユニコーン騎兵は、ストラティスラの横を通り過ぎていったようだ。


「私の幸運も相当なものね。ねえブリエン――」


 隣に目を向けると、ブリエンは血だまりの中で倒れていた。

 幾頭ものユニコーンの馬蹄(ばてい)に踏みつけられたのか、顔も体も原型をとどめていない。


 ――それでも、あの耳の形、先の白いしっぽ、声をかけて振り向いた時の目元のくせは、どうしても見間違えようがなかった


(私のせいだ……)


 なんで彼を戦場に連れてきたんだろう。いえ、従者なんだからそばに置くのは当然よ。私のような軍人に飼われたことが彼の不幸だった。そうでなければ、きっと彼は天寿をまっとうしていたはず。でも彼は大人のウェアドッグだから、こうなることも覚悟してたはずよ。ごまかさないで! ペットの死の責任はすべて、飼い主にある。私が悪いの。せめてもっと安らかな死を迎えてほしかった。こんなのは耐えられない。私が彼にかけた最後の言葉は「情けない声を出さないで」だった。最後になるとわかっていれば、もっと優しい言葉をかけてあげたのに。きっと彼は悲鳴をあげることを必死で我慢したに違いないわ。どんなにか怖かったでしょうに……。私は飼い主としては不適格だった。ちゃんとした飼い主に飼われていれば、ブリエンは幸せな一生を送っていたはず。いえ、彼との楽しい日々は決して嘘じゃなかった。彼も私のことを好きでいてくれたはず。でも最後の時、彼はおびえていた。なんでもっと寄り添ってあげなかったんだろう。私は飼い主失格よ。どこで選択を誤ったのかしら? エルギンみたいにサークの指示を無視すればよかった? いえ、サークを怒らせなければ、こんな危険な場所に配置されることはなかった。ううん、そもそも軍人になんてならなきゃよかった! ブリエン、ブリエン、ブリエン……ごめんなさい。もう一度だけでいい、あの声で私の名を呼んで。抱きしめさせて。



 ――という意味のない後悔に陥りそうな思考をひと息で断ち切り、乗っている馬に鞭を入れた。


 すでに他の諸侯の騎兵隊も、潰走する兵士の追撃に乗り出していた。ここにじっとしていたら死ぬだけだ。


「あなたたち、死にたくなければついてきなさい!」


 生き残っている味方に声をかけると、潰走する兵士たちとは別方向に馬を走らせた。

 それは現状でもっとも最適な行動を瞬時に判断した結果である。


 刻々と状況が変わる戦場において、余計なことを考えていては判断が遅れる。

 だからブリエンのことは頭から追い出していた。


「死」などというありふれた事象に、いちいち心を動かすわけにはいかない。

 気持ちの切り替えの早さは、優れた軍人の条件である。


 この点において、ストラティスラはマケランをも凌駕(りょうが)していた。


(間抜けなサークは、すでにユニコーン騎兵に討たれているでしょうね。もうペルテ共和国への侵攻どころじゃないわ)


 ストラティスラは、士官学校の先輩に期待することをやめた。


(諸侯たちの反乱を鎮めることができるのは、きっと私たち『花の第8期』だけよ。マケランとリンクードにも戦わせないと)


 ストラティスラは誰もいない方角へ向かって馬を走らせる。

 敵は追ってこない。


 どうやら危機は脱したようだ。

 そう判断した彼女は、少しだけ意味のない後悔を再開することにした。


(ブリエン、ブリエン、ごめんなさい……)


 あの柔らかい毛並みを、もう一度だけなでたかった。

 寒がりなブリエンの体温は、いつもストラティスラの手を温めてくれたのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ