62.汚れなき騎兵
ストラティスラが懸念していたとおり、サーク総司令官は反乱軍と真っ向から対峙する陣形を組んだ。
横長の陣形で、前衛には農民兵と傭兵からなる1万の兵士を配置した。すべて歩兵で、大盾をズラッと並べて、その間から長槍を突き出す形だ。
これはもちろん、騎兵の突撃を防ぐための陣形である。
その後ろには都市民兵が、ロングボウを持って整列している。
直線的な軌道のクロスボウと比べて、弓は放物線を描くように矢を飛ばせるので、前衛の歩兵を飛び越えて攻撃できるのだ。
そして左翼と右翼には騎士を配置した。反乱軍が左翼と右翼に騎兵を配置しているので、それに合わせたのだろう。
残りの兵は予備として後方で待機している。
ストラティスラの率いる600人の傭兵隊は、前衛の中央に配置された。
「御主人様、ひょっとしてここは、かなり危険な場所ではないでしょうか?」
ブリエンが不安そうに声をかけてきた。
正面には強力で知られるアリンガム家の騎兵隊が、こちらに向けてランスを構えているのが見える。
「ええ、ここにいたら退却するのも難しいわ。私がサーク先輩を怒らせてしまったからでしょうね」
周囲を見渡すが、同じくサークの不興を買ったであろうエルギンの姿は見当たらない。
(まさか、本当に命令を無視してるのかしら?)
「総司令官のくせにみみっちい方ですね」
とは、ブリエンも言わなかった。その代わり、サークの戦術能力についてたずねてきた。
「この布陣はどう思われますか?」
「教科書どおりってとこかしら。ただし、かなり古い教科書ね」
「勝てるでしょうか?」
「数ではかなり上回ってるのは確かよ」
ストラティスラは勝てるとは言わなかった。
「御主人様なら、どのように戦われますか?」
ブリエンは目を輝かせて聞いてきた。
「今さら仮定の話をしても意味がないわ。こうなったからには、全力を尽くして戦うしかないでしょう」
「そうですか……御主人様が総司令官ならどうするか、興味があったのですが」
がっかりしているようなので、ストラティスラは付け加えた。
「1つだけ教えてあげる。マケランなら、こんな戦い方はしないわ」
「では、どんな戦い方をするのでしょうか?」
「彼なら、大軍同士が正面からぶつかるような会戦は、できるだけ避けようとする」
「そうなのですか?」
「彼は奇襲を好むの。相手に戦いの備えができていない状態で、不意を突いて攻撃を仕掛けるのよ」
「なるほど、それなら味方の被害が少なくて済みますね」
「だからレイシールズ城の防衛戦は、彼にとってはやりにくかったはずよ。籠城戦では、どうしても攻撃側が主導権を握ることになるものね。――ちょっと、何をニヤニヤしてるの?」
「やっぱり御主人様は、マケランさんのことをよく理解しているなと思いまして――イタタタ! 耳を引っ張らないでください! 傭兵のみなさん、これが虐待ですよ!」
「黙って」
「いくら飼い主だからって体罰は――」
「黙りなさいっ!!」
ストラティスラはブリエンの耳から手を離し、怒気をはらんだ声を上げた。
その迫力にブリエンも傭兵たちも口を閉ざし、ストラティスラの視線の先に目をやる。
伏兵がいるだろうと彼女が予想していた右手の森――こちらから見て左側に位置する森――から、騎兵の集団が姿を現わした。
馬はすべて白馬である。500頭はいるだろうか。
(森に伏兵がいるという予想は当たったけれど……)
騎兵が出てきたのは想定外だ。あれだけ木が密集した森では、馬はうまく動けないはずなのだが。
「御主人様」
ブリエンがゴクリとつばを飲み込んでから告げた。「あれは馬ではありません。ユニコーンです」
それを聞いたストラティスラは、思考すら一瞬止まるほどの衝撃を受けた。
確かにブリエンの言うとおり、すべての白馬は額から長いツノが生えている。
森を生息地とするユニコーンなら、木が密集した森でも問題なく行動できるだろう。
(でも、あり得ないわ)
ユニコーンが背中に人間を乗せるなど、聞いたことがない。気性が荒く、人間の指示に従うような動物ではないのだ。
「そしてさらに信じられないことに――」
ブリエンは続けた。「乗っているのは、すべて女性です」
(女……?)
「そうか……思い出したわ! ユニコーンの生態についての伝承を!」
「伝承?」
「ユニコーンは人間を嫌っている。ただし汚れなき乙女に対してだけは心を開くの!」
「汚れなき……。つまり、処女なら騎乗できるってことですか?」
「まあ、そういうことね」
そして彼女たちのサーコートに描かれた紋章は、『ユニコーン』だ。
「間違いないわ、あれはノクトレイン家の紋章よ」
「ノクトレイン家も反乱に加担したってことですか!?」
「そういうこと。そして先頭にいるのは、ノクトレイン女公本人だわ」
ストラティスラはノクトレイン女公セレーネをこの目で見たことがある。どうやら、彼女も処女だったようだ。
ストラティスラとブリエンのやり取りを聞いた傭兵たちが騒ぎ出した。
「まさか、ユニコーンの騎兵隊だと……!」
「ユニコーンは馬よりもはるかに強く、獰猛だって聞いたことがあるぞ!」
「だめだ、そんな化け物が突進してきたら、止められるわけがねえよ!」
「うろたえないで!!」
ストラティスラの大声は、そんな傭兵たちを黙らせる迫力があった。「ユニコーンを必要以上に怖れる必要はないわ。見たところ500騎ぐらいしかいないようだけど、そんな少数でこの鉄壁の布陣を破れるわけがないでしょう?」
彼女の自信に満ちた声を聞いた傭兵たちは、徐々に落ち着きを取り戻した。
「そ、そうだよな。いくらユニコーンだって、大盾の間から突き出された長槍は怖れるはずだ」
「ユニコーンのツノの長さは、せいぜい1メートルほどだって聞いたことがあるぞ。槍よりはるかに短いから、突き刺される心配はないな」
「俺たちが防御隊形を崩さねえ限りは、手も足も出ねえぜ」
優秀な指揮官は、言葉だけで兵士の不安を打ち消すことができる。ストラティスラには確かに『常勝』と呼ばれるだけの指揮能力があった。
とはいえ、そんな彼女自身が現在の状況の危険さを理解していた。
(聡明で知られるノクトレイン女公が、勝算もなく戦いを仕掛けるはずがないわ)
馬は尖ったものを恐れる。槍が突き出されているのを見れば、直前で止まるはずだ。動きを止めた騎兵など、恐れるに足らない。
しかしユニコーンはどうだろうか?
馬よりもはるかに凶暴で、勇敢と伝えられる生物だ。
「御主人様、来ます!」
森を出たユニコーンたちが、疾風の速さで迫ってくる。
地面が揺れている。最初は錯覚かと思ったが、すぐに足元から突き上げるような振動が伝わってきた。
「や、やべえぞ……!」
傭兵の一人が思わず盾を揺らし、それが鎖のように周囲の動揺を引き起こす。




