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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

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61.『黒龍』のエルギン

 諸侯たちの謀反。

 そう聞いてもストラティスラは驚かなかった。いかにもありそうなことだ。


 彼女が呆れたのは、わざわざ王家から離反すると通告した上で、陣を敷いて待ち構えていることだ。


 現在王家軍は2列縦隊で行軍しており、隊列が長く伸びきっている。側面から騎馬隊で奇襲をかければ、きっと成功しただろう。


 正々堂々と正面からぶつかろうとするとは、いかにもバカ正直な騎士らしい。

 ――と思ったが、彼女はすぐに考え直した。


(敵をあなどることは敗北への第一歩ね。騎士といえども、勝算がない戦いは仕掛けないはず)


「敵の数は?」


 ブリエンに問いかけた。


「正確にはわかりませんが、およそ8000人ほどとのことです」

「騎兵はどのくらいいるの?」

「左翼と右翼に1500騎ずついるそうです」

「主戦力は間違いなく騎兵ね。騎兵の動きを封じることができれば、こちらの勝ちということになる」

「それにしても敵の数が少なすぎると思います。王家軍は3万人いるのに、たった8000人で正面から戦うつもりでしょうか?」

「おそらく、右手にある森に兵を伏せているはずよ」


 ストラティスラは頭の中で地図を思い浮かべて答えた。


「なるほど、突撃しか能のない騎士でも、伏兵を置くぐらいはするでしょうね。それでも、わたくしたちが圧倒的に優勢なのは間違いなさそうですが」

「サーク先輩はどうするつもりなのか、聞いてきた?」

「あ、いえ、そこまでは」

「…………はあ」

「も、申し訳ありません。総司令官はじっと考え込んでおられたので、わたくしごときが思考の邪魔をするわけにはいかないと思いまして」


(まさか、敵と正面からぶつかるつもりじゃないでしょうね)


 人数は少なくても、重装備の騎兵の突撃力は脅威だ。

 騎士は名誉のためなら、死を恐れずに突っ込んでくる。そんな奴らをまともに相手にするのはバカらしい。


「私はサーク先輩と話をしてくる。あなたはここにいなさい」


 ストラティスラはブリエンの返事も聞かず、前方へ向かって馬を駆けさせた。

 新任将校の分際で総司令官に直談判とは身の程知らずだ、とは彼女は考えない。


 総司令官の判断には、自分の命がかかっているのだ。


 そう考えたのは彼女だけではなかったようで、サークの隣にはすでに先客がいた。

 その男はサークと並んで馬を進めながら、何やら語りかけている。

 サーコートも、マントも、鎧も、脂ぎった波打つ長髪も、さらには乗っている馬も、すべてが黒い男だ。


(嫌な奴に会ったわね。そういえばこいつも遠征軍に参加してたんだっけ)


 花の第8期の同期生、ローウォーカー・エルギンである。序列は第6位と高く、『黒龍』の異名で呼ばれている。

 マケランの『黒蛇』と似ているが、ドラゴンが忌み嫌われるこの国では蔑称(べっしょう)と言っていい。


 彼がそんな異名で呼ばれていたのは、非道な戦術を平気で実行できる性格の悪さゆえだ。

 とはいえ、実力は誰からも認められていた。


「おやストラティスラさん、やはりあなたもやってきましたね」


 エルギンは気色の悪い笑みを浮かべながら、声をかけてきた。彼は笑顔が顔に張り付いているので、それ以外の表情はほとんど見たことがない。


「ええ、あなたも同じことを考えていたようね」


 ストラティスラは2人の近くへ馬を進めた。

 近づくにつれて、腐ったチーズのような悪臭が鼻を刺激する。2度と()ぎたくないと思っていたエルギンの体臭だ。


「まったく第8期の奴らは、どいつもこいつも自己主張が強いな。おまえも私に意見をしに来たのか?」


 サークは苦笑いを浮かべて言った。

 彼は第1期の首席卒業生だが、階級はマケランよりも1つ上の大尉に過ぎない。共和国とはずっと休戦状態が続いていて、戦いで手柄を立てるような機会はなかったからだ。


 それでも30歳の若さで王家軍のトップの地位に着いただけのことはあり、街道の先で反乱軍が待ち受けていることを知っていながら、余裕の表情は崩さない。


 だがそれも、この後のストラティスラの言葉を聞くまでだった。


「はい、僭越ながら申し上げます。一時的に全軍の指揮権を私に委譲してください」


 サークはあまりにも予想外だったのか、ポカンと口を開けたまま固まっている。


「ウヒャヒャヒャヒャヒャッ」


 エルギンは気色の悪い笑い声をあげた。「つまりサーク総司令官では力不足だから、自分が代わるというのですね? ここまで無礼なことを堂々と言ってのけるとは、さすがは『常勝』殿だ」


「総司令官には不愉快なことと推察いたします」


 ストラティスラはエルギンを無視して、礼儀正しく訴える。「ですが軍にとっては勝利が何よりも優先します。私に総指揮を任せていただければ、反逆者どもを蹴散らして御覧に入れましょう」


「ふ、ふざけるな!」


 サークの顔が、ゆでだこのように赤くなった。「貴様もエルギンも、とっとと自分の隊に戻れ! 追って指示を与える!」


「ですが――」

「行きましょう、ストラティスラさん。それ以上無礼なことを言えば、殺されても文句は言えませんよ」


 エルギンにうながされ、共に後方へ移動した。


「まさかあなたは、本気で全軍の指揮権を与えられると思っていたわけではないでしょうね?」


 サークから充分に離れたところで、エルギンが問いかけてきた。


「思っていなければ、わざわざあんなことを言いに来ないわ。サーク先輩がつまらないプライドよりも勝利を優先できる人なら、私の提案を受け入れたはずなのに」

「ウヒャヒャヒャ、やはりあなたは天才すぎて、凡人の思考が理解できていません。だからマケランに勝てないのでは?」


(くっ……!)


「それより、あなたは総司令官に何を進言したの?」


 ストラティスラは深呼吸をして、怒りを静めてからたずねた。


「反乱軍に対しては、騎士だけを戦わせなさいと提案したんですよ。却下されましたけどね」

「なるほどね。私たち平民将校にとって、騎士は邪魔な存在。反乱軍と戦わせることで、共倒れをねらおうってことね。さすがは『黒龍』、卑劣なことを考えるわ」

「やはりあなたは理解が早いですねえ」


 理解はできるが、味方を捨て石にするなどまともな戦術ではない。


「それよりどうするの? 私たちは間違いなくサーク先輩の不興を買ったわ。懲罰として最前線で戦わせられるかも」

「もしそうなったら、あなたはどうするのですか?」

「従うしかないわ。上官の指示なんだから」

「やれやれ、自分の命よりも命令を優先するとは、悲しき役人根性ですねえ」

「じゃあ、あなたは命令に従わないっていうの?」


 ストラティスラはムッとして言い返した。


「当然です。私は目的を達成するまでは死ぬわけにはいきません」

「あなたの目的って?」


「おや? 話していませんでしたっけ?」


 エルギンは珍しく笑顔を引っ込めて答えた。


「私こそが世界一の戦術家であると、証明することですよ」

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