60.忠義なき遠征軍
ペルテ共和国領への侵攻を目的とした遠征軍は、予定を大幅に遅れて王都を出発した。
なぜ遅れたかといえば、いつまで待っても諸侯たちがやってこなかったからだ。
彼らは様々な理由を並べ立てて、遠征軍への参加を頑なに拒んだ。
諸侯たちが王の召集に応じなかったことには、3つの理由が考えられる。
第1に、この遠征が失敗すると思っているからだ。
レイシールズ城防衛戦の勝利という例外を除けば、王国は共和国との戦いにおいて、ほとんど勝ったことがない。
だから今回も負けるに違いなく、無駄に兵力と金を失うだけだと考えているのだ。
第2の理由は、国王のラッセルに人望がないことだ。
先の共和国の侵攻において、王はレイシールズ城に援軍を送ろうとはせず、それどころか北部諸侯たちに対しては、町を焼き払えという無茶な命令を出した。
王が諸侯を守ろうとしないのに、諸侯が王のために戦おうなどと考えるわけがない。
そして第3の理由として、王が遠征軍に参加しないことが挙げられる。
ラッセルは自分は王都にとどまったままで、士官学校第1期卒業生のサーク大尉を遠征軍の総司令官に任命した。
しかし、これはどう考えても誤った判断だ。
諸侯のような大貴族が、平民出身の将校に上から命令されることを我慢できるはずがない。
総司令官は諸侯よりも格上の人物が――たとえ人望がないとしても国王であるラッセル自身が務めるべきだった。
結局、王は諸侯たちが来ないことに業を煮やし、王家の軍だけで出陣するようサークに命じた。
―――
遠征軍は王都を発ってから1か月後、北部諸侯のアリンガム家の領地に入った。
花の第8期の序列2位であるストラティスラは、600人の兵を与えられて遠征軍に加わっている。
いくら彼女が成績優秀とはいえ、実戦経験のない新任将校の身分では、与えられた兵力はわずかだった。
「まったく、諸侯たちに愛想をつかされた時点で遠征を諦めればいいのに、意地になって王家の軍だけで攻め込むなんて、愚かにもほどがあるわ。これだから父親のタイパン王と比較されて、無能だと陰口を叩かれるのよ」
ストラティスラは街道を馬で進みながら、王の悪口を言った。彼女がいるのは、軍団の最後尾だ。
「御主人様、周りには兵士たちもいます。陛下の悪口を言うのは控えた方がいいのではないでしょうか?」
並んで馬を進めるウェアドッグの青年、ブリエンがやんわりと諫めた。
「みんな思ってることでしょ。それに私の率いる兵士は全員が傭兵で、王に対する忠誠心なんて元から持ち合わせてないわ」
遠征軍の兵力はおよそ3万、そのうちの5000人は金で雇った傭兵である。
それ以外は農民兵が7500人、都市民兵が4800人、常備兵が3000人、王家に仕える騎士が2500人だ。
ただし騎士は補助戦力として3人から5人ほどの従騎士や歩兵を従えているから、およそ1万の兵力になる。
数だけは揃っているが、それでも共和国に攻め込むことは、ストラティスラには無謀に思えた。
農民兵は士気も練度も低いので、戦力として期待できない。
傭兵は金で雇われただけなので、旗色が悪くなれば逃げ出す。
プライドの高い騎士たちは、平民出身の総司令官の命令にどこまで従うだろうか。
「サーク先輩は第1期の首席らしいけど、こんな軍を率いるなんて、ひどい貧乏くじを引いたものね」
「サーク総司令官は3万もの大軍を率いた経験はないんですよね?」
「それどころか対外戦争も初めてよ。士官学校が創設されて以来、ずっと共和国とは休戦状態だったから」
ストラティスラは先輩将校たちの能力について、まったく評価していない。士官学校の黎明期はまともな授業が行われておらず、教官のレベルも低かったからだ。
実際、先輩たちの書いた論文に目を通し、その稚拙さに呆れたものだ。
「士官学校卒業生の中で対外戦争を経験しているのは、マケランさんだけということになりますね」
「そうよ。それなのにあいつは陛下を言いくるめて、遠征軍に参加しなかった。臆病で無責任な男よ」
「そう言いながらも、御主人様はいつもマケランさんのことを気にかけていますよね」
ブリエンはからかうように言った。「ひょっとして、特別な好意を抱いておられるとか?」
ストラティスラはブリエンの耳をグイッとひねり上げた。
「痛い痛い! 虐待はいけません!」
「あなたが気持ち悪いことを言うからよ」
ストラティスラは手を離してやった。「マケランは私にとってライバルなの。今は先を越されちゃったけど」
「ライバルですか。序列ではマケランさんが上でも、机上演習では御主人様が勝ち越しているはずですが」
「まあね。彼は間違いなく天才だけど、指揮官として致命的な欠点があるから」
「どんな欠点ですか?」
「兵士の命を大事にしすぎることよ」
「よいことではないですか」
「そんなことはないわ。敗北が決定するのは、指揮官が兵士の死に耐えられなくなった時なの。兵士が大量に倒れても動じず、踏みとどまって戦ってこそ、勝機を見出すことができる」
ストラティスラは周りの兵士に聞こえないよう、やや声を落とした。「誰もはっきりとは言わないけど、兵士は戦って死ぬのが仕事よ」
「それはまた……御主人様らしい考えです」
(こいつは私のことをどんな人間だと思ってるのかしら?)
「きれいごとを言っても仕方ないでしょ。戦いになれば、兵士の死はどうしたって避けられない。だったらせめて意義のある死に方をさせてやることが指揮官の役目だと思う。
ダメな指揮官にはそれができない。兵糧不足で兵士を飢えさせたり、衛生をおろそかにして軍中に病気を蔓延させたり、極寒の地域を不十分な装備で行軍して凍えさせたりする」
「騎士の率いる軍でありがちなことですね」
「そう、戦闘以外で兵士を死なせる者に指揮官の資格はない。私はそんな指揮官にならないよう――」
突然ストラティスラは口をつぐんだ。
「どうしたんですか、御主人様?」
「空気が変わった。鉄と馬体の匂いがする」
「え? ウェアドッグであるわたくしの鼻でも、そんなニオイはしませんが」
「匂いってのはもののたとえよ。戦いの気配を肌で感じるの」
ブリエンは周囲を見渡すが、街道の左手は川、右手は見通しのいい草原だ。人間も馬も見当たらない。
しかし彼は、信頼する主の言葉を疑わなかった。
「そのようなものを感じ取れるとは、さすが御主人様は軍事の天才です」
「お世辞はいいから、中軍にいるサーク先輩のところへ行って、私の懸念を伝えてきなさい。サーク先輩は四方に斥候を放っているはずだから、なにか情報をつかんでいるかもしれないわ」
「お任せください!」
命令されることが大好きなウェアドッグは、勇んで前方へ駆けていった。
(ここは自国内とはいえ、自立心が強い北部諸侯の領地。油断はできないわ)
しばらくしてブリエンが戻ってきた。かなりあわてているようだ。
「たいへんです御主人様! 北部諸侯のアリンガム家とバーシー家とゲニントン家が共同で、王家から離反すると通告してきたそうです! 3家の連合軍はこの先の街道で、わたくしたちの進路をはばむように布陣しています! これは謀反です!」




