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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦

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6.ピット

 マケランはすぐに籠城の準備をするよう指示を出した。


 ただし細かい仕事の振り分けは、兵士長のグラディスに一任している。

 兵士たちはグラディスの指示に従い、城壁の上で見張りをする者、武器や防具の点検をする者、食事の準備をする者など、分かれて動き始めた。

 彼女たちの表情を見れば、マケランの演説を聴いて気分が高揚(こうよう)していることは明らかだ。


 しかしグラディスだけは、どこか浮かない顔をしているように見える。部下である兵士を斬ったことを引きずっているのかもしれない。


 あれはやむを得ない処置だったと誰もが理解しているはずだが、簡単に割り切れるものでもないのだろう。

 現在グラディスはマケランやシャノンと共に、その兵士の葬儀の様子を見守っている。


「偉大なるヘレンの魂が虹蛇(にじへび)の背を渡り、無事にムーズの元へとたどり着かんことを」


 城付きの司祭が厳粛な声で祈りを唱えた。ヘレンというのが死んだ兵士の名前のようだ。


 祈りの言葉に続いて、司祭は横たわる死者の顔の上で、右手の人差し指をクルクルと回した。これはヘビがとぐろを巻く姿を表現している。

 マケランも同様の動作をすると、


「司祭殿、あとはお願いします」

「はい、お任せください」


 ヘレンの埋葬を司祭や男たちに任せ、その場を離れた。


「さあ、あたしたちはやるべきことをやりましょう」


 グラディスは吹っ切るように言った。


「まずは援軍要請をしなければならないな」


 マケランはメガネの位置を直してから言った。「国王陛下と、この地の領主であるハイウェザー公に宛てて、俺が書状を書こう」


「わかりました。伝令に出発の準備をしておくように伝えます」


 レイシールズ城には、王都や他の城と連絡をとるための伝令が常駐している。


「それとグラディス、この城に子どもはいるか?」

「子どもと言えそうな年齢の者は、犬だけですね。あいつはたしか11歳だったはずです」


(あのウェアドッグの少年か)


「子どもがどうかしたんですか?」

「敵が来る前に子どもだけでも逃がしておこうと思ってな」


 当然のことを言っただけなのだが、グラディスとシャノンは驚いた表情になった。


「なるほど。確かに子どもを戦いに巻き込むのはよくありません。サー・レックスの口からは決して出なかったであろう言葉です」

「私たちも真っ先にそれに気づくべきでした。やはり少尉は見た目に反して優しい方なのですね」


 ウェアドッグの少年はまだ中庭に残っていた。

 何をすればいいかわからないのか、手持ち無沙汰に突っ立っている。彼のことを気にかける者はいなかったようだ。

 マケランたちは少年の元へ歩み寄った。


「君は戦闘が始まる前に城を出ろ。後で公都へ援軍要請の伝令を送るから、その伝令の馬に乗せてもらうといい」


 マケランがそう告げると、少年はかみつきそうな剣幕で言い返してきた。


「みんなは戦うのに、オレだけ()け者にしようとするのかよ!」

「除け者にしようとしてるわけじゃない。君は子どもだから、危険な目にあわせるわけにはいかないんだ」

「おい犬、少尉の温情を理解できないのか。おまえがここにいてもできることは何もない。これは命令だ。さっさと出ていけ」


 グラディスの乱暴な言葉に、少年はさらにいきり立った。


「なにを言ってやがる! 少尉だろうが尿意だろうが命令される筋合いはないぞ! ウェアドッグに命令できるのは飼い主だけだ!」


「指揮官に対して、その言い草はなんだ!」


 グラディスは少年を怒鳴りつけてから、マケランに顔を向けた。「すいません。こいつは幼いころに親兄弟から引き離され、ずっと飼い主もいなかったので、礼儀を知らずに育ったんです」


「いや、彼の言うことはもっともだ。兵士ではないのだから、俺の命令に従う義務はない。

 グラディス、君のほうこそ言葉には気を付けろ。彼は味方が共和国軍に殺されたことを俺たちに知らせてくれた。これは大きな手柄だ。そのおかげで、こうして敵に攻められる前に防衛の準備ができているんだ」


「はっ、申し訳ありません」


 グラディスは素直に謝った。こういう時に指揮官を立てることができるのは、さすがである。


「アンタはオレが手柄を立てたと言ってくれるのか? 1人で逃げ帰ってきたのに……」


 少年は不安そうに問いかけてきた。


(なるほど、自分だけ逃げてきたことに罪悪感を抱いていたのか)


「もちろんだ。君の情報がなければ俺たちは何もできずに城を攻め落とされ、殺されていたはずだ。本当によくやってくれた」


 少年は「ウーウー」とうなりながら、体の震えを抑えるように両手で自分の体を抱きしめている。


「褒められるって……こんなに気持ちいいのか」


 顔を赤くしてそう言うと、キツネのような太いしっぽをブンブンと振った。


(褒められたことがなかったのか……)


 ウェアドッグは犬と同様に、人間との絆を求める生き物だ。

 飼い主のいない彼は、ずっと愛に飢えていたのだろう。マケランは昔飼っていた犬を思い出して、不憫(ふびん)に思った。


「ウェアドッグに命令できるのは飼い主だけと言ったが、俺が飼い主になれば命令に従うのか?」

「え? アンタがオレの飼い主になってくれるのか?」

「君さえよければな」

「じゃ、じゃあオレに名前をつけてくれよ。飼い主ならできるだろ?」


(名前か……そうだな……)


「よし、これからおまえの名前はピットだ」

「ピット……ピット……オレはピットか。へへっ!」


 ピットははじけるような笑顔になった。新しい名前が気に入ったようだ。


「少尉、いい名前だと思いますが、なにか意味があるんですか?」


 グラディスが興味深そうにたずねた。


「一部のヘビには、ピット器官と呼ばれる感覚器が備わっているんだ。役割は不明だが、獲物の熱を感知しているのでは、という仮説もある。並外れた嗅覚で敵を発見した彼にふさわしい名前だろう」

「なるほど。さすが少尉は学者ですね」


「へへっ、しょうがねえなあ。じゃあアンタをオレの御主人にしてやるよ。これからよろしくな!」


 生意気な態度だが、それもまた微笑ましいものだ。


「よし、じゃあピット、命令だ。敵が攻めてくる前にこの城を出ろ」

「冗談はメガネだけにしろよ。飼い主とペットが離れ離れになってどうするんだ」

「飼い主の命令なら聞くと言っただろう」

「出ていけという命令以外なら、従ってやるよ」


「少尉、これは彼の言うとおりだと思います。常にペットと一緒にいて面倒を見ることが、飼い主の責任です」


 シャノンが言った。「ウェアドッグは飼い主の命令に従うことに喜びを感じる種族ですが、別れろという命令にだけは従いません」


「やっぱりウェアドッグのことを、あんまりわかってなかったみたいですね」


 グラディスが呆れ気味に言った。「もうそいつは死ぬまで少尉から離れませんよ。ウェアドッグの寿命は人間と変わらないので、一生の付き合いになるでしょう」


(ぬかった……! 互いにジジイになっても飼い続けねばならないということか……)


 とはいえ、今はジジイになった時のことを考えている余裕はない。まずは目の前の危機的状況をなんとかしなければ。


 一方のピットは飼い主ができたことがよっぽど嬉しいのか、その場でグルグルと走り回っている。


 そんな少年の姿を見ていると、


(まあ、いいか)


 という気分になった。

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