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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

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59.ユニコーンの森の領主

 黒蛇軍団が王都を出発してから、20日が経過した。

 兵士たちはひたすら歩き続ける日々を送っているが、幸いなことにまだ脱落者は出ていない。


 すでに王領を出て、諸侯領に入っている。ここは王国北部に広大な領地を持つ、ノクトレイン家の領地だ。

 今いるのは湖のほとりで、対岸には鬱蒼(うっそう)とした森が広がっている。


「全軍、止まれ! これより40分の休憩に入る! 各自街道の脇に移動し、食事をとれ!」


 マケランが命令すると、兵士たちはホッとした表情で地面に座り込んだ。


 敵地を行軍中という想定なので、煙で位置を特定されないよう、昼間は火を使った調理はしない。

 兵士たちはまず、水筒の水をゴクゴクと喉に流し込む。続いて雑嚢(ざつのう)から(かた)パンを取り出して食べ始める。


 マケランはピットを伴って湖の近くに座り、鉄のように堅いパンを口に入れてかみくだいた。行軍中の昼食は、兵士と同じものを食べることにしているのだ。


(きれいな景色を見ながら食べれば、どんな貧しい食事もごちそうになるな)


 しばらくして、兵站(へいたん)部部長のマイラがやってきた。


「司令官、私が作ったリンゴの蜂蜜漬けです。どうぞ召し上がってください。疲れが取れますよ」


 マイラは少女のようにはにかみながら、皿に盛った食べ物を差し出してきた。

 するとピットがマイラの前に立ちはだかる。


「御主人は、昼食は兵士と同じものしか食べないんだ。おまえも知ってるだろ?」

「これは食事じゃなくて、デザートなんだけど」

「同じことだ。そもそも御主人の食事を用意するのはオレの仕事だぞ。どっか行け」

「そんなあ、せっかく作ったのに」

「じゃあオレが食うよ。――あ、すげえおいしい」

「皿に顔を突っ込まないで! ちゃんとフォークを使いなさい!」


(騒々しいな……)


 マケランは2人から離れて、湖の水際に立った。

 向こう岸には3頭の白馬がいて、それぞれ草を()んだり、湖の水を飲んだりしている。


(いや、あれは馬じゃないな)


 3頭とも、額から1メートルほどの長さの鋭いツノが生えている。


「あれって、ひょっとしてユニコーンじゃねえか?」


 リヴェットが隣に立ち、声をかけてきた。彼女とは男友達のように付き合えるので、気が楽だ。


「どうやら、そのようだ。あまり人前には姿を現さないそうだから、ここで見られたのは幸運だな」


 ユニコーンは馬に似た一角獣だが、馬よりも足が速く、パワーもあり、性格は獰猛(どうもう)だ。

 対岸に広がる森は、サーペンス王国内では唯一のユニコーンが生息する森として知られている。


 そのため、この地の領主であるノクトレイン家の紋章にも、ユニコーンが描かれている。


「ユニコーンか。捕まえて乗ってみてえな」

「それは難しいと思うぞ。ユニコーンは気性が荒く、決して人を乗せようとはしないんだ。今まで多くの者が自分の乗馬にしようと試みたことがあるが、ことごとく失敗している。鋭いツノで突き殺された者も少なくない」

「そうなのか。まあ、あたしにはトレイターがいるからいいか」


 そんな話をしているところへ、マイラとピットがやってきた。


「司令官、偵察隊から報告がありました。街道の向こうからノクトレイン女公とその配下の騎士たちがこちらにやってきます」

「女公に間違いないのか?」

「ユニコーンの紋章旗を掲げているそうですから、間違いないと思われます」


 ノクトレイン女公セレーネはこの地の領主だ。

 12年前、ペルテ共和国との戦争で、領主だった父と2人の兄が戦死したため、当時9歳だったセレーネが家を継いだ。


 ユニコーンに負けないほど気性が激しいと評判だが、家臣や領民たちには愛されているらしい。

 黒蛇軍団がノクトレイン家の領地を通過することは伝えてあるが、挨拶はしておいたほうがいいだろう。


「リヴェット、俺は女公に会ってくるから、兵士たちを見ていてくれ。マイラは持ち場に戻れ」

「任せろ」

「わかりました」


 マケランとピットは、馬で街道の向こうへ駆けていく。

 ほどなくして、10人ほどの騎馬の一団が見えてきた。中央にいるのは、いかにも高貴な雰囲気の女性だ。


「ピット、相手はノクトレイン家の領主だ。失礼のないようにな」

「わかってるよ」


 マケランとピットは下馬し、一団が近づくのを待つ。しばらくして先頭の騎士が、マケランたちの前で止まった。


「何者だ」

「サーペンス王家に仕える武官の、ハマーチルド・マケランと申します。ノクトレイン女公にお目通りを願いたいのですが、よろしいでしょうか?」


「ほう、噂の黒蛇がやってきたか」


 騎士が答える前に、毛並みの美しい栗毛馬に乗った女性が近づいてきた。

 貴族の女性は馬車で移動することが多いが、諸侯となれば女でも自ら兵士を指揮して戦うことになる。だから乗馬は必須の技術だ。


 女公はマケランの前に来ると、ヒラリと馬から下りた。重い鉄の鎧を着込んでいるにもかかわらず、見事な身のこなしだ。


「私がノクトレイン家の当主、セレーネだ」


(なるほど、噂通りの美人だ)


 北国の女らしい肌の白さと、ウェーブのかかった艶のある銀髪が、顔立ちの美しさを際立たせている。

 だが、その眼光は、あまりにも鋭い。


(やはり気性は激しそうだな)


 マケランは女公の前で片ひざをついた。ピットもすぐに真似をする。


「私は黒蛇軍団の司令官のマケランです。ハイウェザー家のレイシールズ城へ移動するため、約3000人の兵士と共に閣下の領地を通過させていただいております」

「うむ、立つがよい」

「はっ」


 マケランとピットは立ち上がった。


「軍人にしては線が細いな。それにずいぶんと陰険そうだ」

「よく言われます」

「フッ、女ばかりの軍を率いるのは大変であろうな」

「はい。いつまで経っても慣れる気がしません」

「ハハハハッ」


 セレーネは大きく口を開けて笑った。


(笑顔は意外にかわいいな)


 ともあれ、これで挨拶は済んだ。

 ――のだが、別れる前に言っておかねばならないことがある。


(せっかく友好的な雰囲気になったのに、怒らせるようなことは言いたくないが……)


 そう思うが、マケランは王家の家臣として義務を果たさねばならない。


「ところで閣下、ラッセル陛下からの指令書には目を通していただけたでしょうか?」

「…………」


 最前までの笑顔が嘘のように、セレーネの眉間のしわが深くなった。


「ペルテ共和国への遠征軍には、王国のすべての諸侯が参加することになっております。ノクトレイン家にも、軍を率いて王都へ来るようにと命令が出ているはずです」

「…………」


 諸侯のもっとも重要な仕事は、戦うことである。王から召集されれば、領主自らが軍を率いて()せ参じなければならない。


「召集がかけられてから、すでにかなりの日数が経っております。それなのに閣下は、まだこのようなところに――」


「黙れ」


 背筋が凍るほどの冷たい声だ。「ノクトレイン家は12年前のペルテ共和国との戦いで、領主と2人の公子を失った。今度は私に死ねというのか」


「それは」

「もちろん私は戦うことを怖れているわけではない。意味のある戦いならば、王のためにこの命をかけて戦うつもりだ」

「意味のある戦い……とは?」

「12年前は、攻めてきたのは共和国の方だった。ならばそれを迎撃するのは当然だ。だが今回は違う。無意味な遠征だ」


 セレーネの口調からは、王家に対する不審が伝わってくる。王家の臣であるマケランとしては、なんとしても弁明しなければならない。


「過日、共和国は一方的に休戦を破ってハイウェザー公領へ侵攻し、レイシールズ城を攻撃しました。さらには周囲の町や村も略奪しました。それに報復することは意味のないこととは言えません」

「その共和国軍を撃退したのはおまえだ。あれは見事なものだった。だが撃退はしたものの、多くの兵士が殺されている。にもかかわらず、おまえは遠征軍に加わろうとせず、レイシールズ城に引きこもろうとしている。そんな奴が報復などと言っても、説得力がないな」

「むむむ、ごもっともです」

「おい御主人、納得してどうするんだ。ちゃんと言い返せよ」

「おまえは黙ってろ」


「あの時、王家はハイウェザー家に援軍を送ろうとはせず、それどころか我ら北部諸侯に対し、領内の町を焼き払えと命じてきた」


 セレーネは続けた。「つまり王は我らを守る気がないのだ。なぜそんな王の命令に従い、無意味な戦いをしなければならないのだ?」


「まったくその通りです。ご無礼を申し上げたこと、お許しください」


 マケランは頭を下げた。


(とりあえず、言うべきことは言ったな)


 これで王家の家臣としての義務は果たしたと判断し、引き下がろうとする。


「待て」


 セレーネが引き留めた。「実は私がここへ来たのは、おまえの顔を見てみたかったからだ。レイシールズ城の英雄と呼ばれる男の顔をな」


「そうでしたか。とても光栄です」

「だが、正直失望している。おまえからは戦いの匂いがせぬ。それに兵士たちも、とても戦える状態ではなさそうだ」


 セレーネの視線の向こうには、ぐったりとした表情で座り込む兵士たちの姿があった。


「お恥ずかしい限りです」


「ふん、頼りない男だ」


 セレーネは再び馬に乗ると、あざけるように言い放った。


「おまえのような臆病者はずっと引きこもっておるがいい。私は『戦う者』だ。大義のためならば戦場に出ることをためらわぬ。覚えておけ」

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