58.兵站部長マイラ
――新しい上司を紹介する。
サミとエリカにそう告げたマケランは、2人を連れて荷馬車が並んでいる区画にやってきた。
そこでは深夜だというのに、物資の確認作業が行われていた。明日の行軍に備えて、兵站部の兵士たちが準備をしているのだ。
兵站部は後方支援を任務とする部署で、補給や輸送などを担当している。もちろん医療も兵站に含まれる。
「サミ、エリカ、君たちを兵站部の医療隊に配属する」
「兵站部……ですか」
「一応言っておくが、兵站部だからといって戦わないわけじゃない。どこの部隊でも戦闘は必須だ。物資は敵の標的になりやすいから、むしろ危険かもしれない」
「はい、兵士になった以上、戦う覚悟はできています!」
サミは迷いのない表情で、決意を表明した。
マケランはうなずき、話を続ける。
「兵站部の部長は、まだ18歳だ。ずいぶん若いと思うだろうが、俺は実力があれば年齢に関係なく抜擢することにしている」
「兵站部のような重要な部署の責任者を任されるなんて、相当に実力がある方なんですね」
「そのとおりだ。勇敢で、まじめで、頭がいい。面倒見もいいから、君たちのことを大事に扱ってくれるだろう」
「司令官にそこまで評価してもらえていたなんて……! うれしくて天にも昇りそうな心地です!」
背筋をピンと伸ばしたきれいな姿勢で、艶やかな金色の髪をなびかせながら現れたのは、今まさに話していた兵站部の部長。
マイラである。
レイシールズ城で共に戦った兵士の中でも、マケランにとって特に印象深い者の1人だ。
彼女はレイシールズ城防衛戦において腕に矢傷を負い、矢じりを取り出すために肉を切り取ったことがある。その際マケランは、ずっと彼女の手を握ってやっていた。
「マイラ、今日は疲れただろうが、体調はどうだ? 傷が痛むことはないか?」
「気にかけてくださってありがとうございます。でも、あの時の傷はほぼ治っているので、ご心配には及びません」
マイラは怪我をしていた右手を曲げ、ささやかな力こぶをつくってみせた。
初めて会った時は世間知らずのお嬢様といった印象を受けたが、今は愛嬌と凛とした美しさを備えた、頼もしい下士官である。
「何か私に任務をいただけるのですか? 司令官のためならどんなことでもいたしますので、遠慮なくおっしゃってください」
頬を赤らめて殊勝な言葉を口にするその顔は、まさに恋する乙女だ。
黒蛇軍団には女の兵士しかいないため、たった1人の男であるマケランに対して、熱い視線を送ってくる兵士は少なくない。
マイラはその中でも特にわかりやすい態度を示すので、マケランも彼女の気持ちは察していた。
とはいえ将校と兵士の立場の違いは厳格であり、恋愛関係になるわけにはいかない。
「ここにいるのは、新兵のサミとエリカだ」
マケランはマイラの好意をさらっと受け流し、サミとエリカを紹介した。
「サミのことは聞いています。大蛇に出て行くよう説得してくれた子ですね」
「そうだ。サミはヘビを喚び出したり、話をしたりできるらしい。エリカはその友達だ。彼女たちを兵站部に所属させることにしたから、面倒を見てやってほしい」
マケランの言葉を受けて、2人が前に出た。
「サミです! 若輩者ですが、よろしくお願いします!」
「エリカです。お世話になりますー」
ぺこりと頭を下げる2人に対し、マイラも優しい笑顔で会釈を返した。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。ヘビと話ができるなんて、とても素敵な能力だと思います。ですが司令官、その能力を兵站部でどう活用すればよいのでしょうか?」
「サミには医療と薬学の知識があるらしい」
「まあ、それは素晴らしいですね!」
マイラの目が輝いた。彼女も医者の重要性はよく理解している。
「だからサミは医療隊に加えてくれ。エリカはその補助だ」
「わかりました。喜んで彼女たちを受け入れましょう」
「君ならそう言ってくれると思っていた。正直に言うと、サミの処遇については今も迷っている。彼女の能力は蛇魔法の可能性もあるから、聖都のジャラン教会で調べてもらった方がいい気もするんだ。だが彼女は軍に残りたいと言っているし、俺も彼女の力には興味がある。だから君の目でサミの特性を見極め、今後どうすればいいか意見を聞かせてほしい。こんなことを頼めるのは、君だけだ」
マイラの顔面が紅潮し、鼻息が荒くなった。
「私だけ!? し、司令官がそこまで私のことを信頼してくださっていたなんて……! わかりました! 彼女のことはお任せください!」
マイラは胸を叩いて、力強く請け合った。
「おー、司令官は天性の女たらシスト」
「エリカだめだよ、そんなこと言っちゃ!」
「むごむご」
サミはエリカの口を両手でふさいだ。
マイラは興奮していて、そんな2人のやり取りには気付かない。
「サミさん、困ったことがあれば、遠慮なく私に相談してくださいね」
「マイラ部長、ありがとうございます! 精一杯がんばります!」
サミはマイラの前に進み出てビシッと左手を上げ、軍隊式の敬礼を行った。動きがきびきびしていて、見ていて気持ちがいい。
彼女は続けて、マケランの方に向き直った。
「軍に残りたいというボクのわがままを受け入れていただき、ありがとうございます! このご恩を返すため、生涯をかけてマケラン様をお守りいたします!」
(うん、いい表情だ。声もよく出ている)
マケランは激励しようとしたが、その前にマイラがサミの肩にポンと手を置き、自分の方に振り向かせた。
「マケラン様ではなく、司令官とお呼びしなさい。それと司令官の前ではボクではなく、私と言ったほうがいいですよ」
マイラは微笑を浮かべ、サミに正しい言葉遣いを教えた。軍に入ったばかりの15歳の少女に対し、優しく言い聞かせている。
(この人当たりのよさは、さすがマイラだな。サミにとって頼れる上官になってくれそうだ)
と思ったのだが、この後マイラはスッと表情を消し、地の底から響くような声で続けた。
「それはいいとして、生涯をかけて守る、は言い過ぎだと思わない? 私だってそこまで言うことは控えているのに、あなたごときが一生司令官のそばにいられるとでも思っているの?」
サミの顔は恐怖に引きつり、足はガクガクと震え出した。
「サミ、返事はどうしたの?」
「い、イエスマーム!」
「まあいいでしょう」
マイラは再びおだやかな笑顔になった。「これからつらいこともあるでしょうが、一緒にがんばって乗り越えていきましょう、ね?」
「は、はいぃっ!」
(マイラに任せて大丈夫……だよな?)
不安になるマケランに対し、マイラは目を輝かせて力強く宣言した。
「司令官、私は必ず信頼に応えて見せます! サミとエリカのことはお任せください!」
「あ、ああ、よろしく頼む」
(うん、大丈夫なはずだ。マイラは優秀な下士官だからな)
マケランはメガネのフレームを押し上げながら、そう自分に言い聞かせた。
夜が明けた。
朝食を食べ、宿営地を片付けたところで、2日目の行軍が始まった。
昨日はマケランが最後尾だったが、今日は先頭を歩くことにした。
ピットは例によってマケランの隣を歩いているが、昨日と違うのは、大きな旗を肩にかついでいることだ。
軍団の象徴である黒蛇の紋章旗である。
旗持ちの役目は、彼ぐらいの少年にとっては誇らしいことだろう。
「おいピット、そんな大きな旗は、おまえには重たいんじゃねえか? あたしが持ってやってもいいぞ」
そう声をかけたのはリヴェットだ。今は馬を下りて、マケランたちの隣を歩いている。
「これぐらい、なんてことないさ。子どもだと思ってバカにするなよ」
「でも、その小っちぇ体じゃ、強風で飛んでいきそうで心配なんだよ」
「まあ、大丈夫だろう」
マケランが答えた。「こいつが小さな体でがんばって旗を持っているのを見れば、後ろを歩く兵士たちも、自分も負けてはいられないと思うはずだ」
「戦闘中もピットに旗手をやらせるわけじゃないんだよな?」
戦闘中は、旗手は指揮官のそばに立ち、目立つように旗を掲げ続ける。ただ立っているだけのように見えて、その役割はとても重要だ。
軍旗が高くひるがえっている間は負けていないということであり、兵士たちは安心して戦うことができる。
しかし軍旗を敵に奪われるようなことがあれば、味方の士気は崩壊する。
「もちろんだ。戦場でこいつに旗を持たせるつもりはない」
「えー、オレが旗手をやっちゃダメなのか?」
「ダメだ。旗手の仕事を甘く考えるな」
マケランは強い口調で言った。「軍旗は常に敵の標的になるから、旗手の死亡率は普通の兵士よりもはるかに高い。とても危険な役目なんだ」
ググが現れた。
「お呼びですか?」
「お呼びでない」
「でも、誰かが旗手をやることになるんですよね? アタシ以上の適任者がいますか?」
「いないが、君はリヴェットと双璧をなす強力な戦力だ。後方で旗を持ち続けているよりも、最前線で戦ってもらいたいと思っている」
「そんなにアタシのことを評価してくれてたなんて……! 司令官のためなら喜んで死にます!」
「そうか、よろしく頼む」
「むう。なんか投げやりですね」
マケランもだんだんググのことがわかってきている。
苦痛を感じるのが大好きで、死にたがっているのも確かだが、わざと死ぬようなことは絶対にしない。
彼女の理想とする死は、最後まで生きることを諦めずにあがいた末、どうしようもなくなってからの死なのだ。
そうであってこそ甘美なる死を堪能できる……ということらしい。
「いや、君を頼りにしているのは本当だ。戦闘になった時には死神と遊んでやれ」
「戦闘になるんですか?」
「そうならなければいいと思って、俺は共和国への遠征軍には参加しなかった。だが戦うことが大好きな奴は国内にもいるから、油断はできない」
「戦うことが大好きな奴って、誰のことですか?」
ググの問いに対し、マケランは憂鬱な顔で答えた。
「頭が悪い奴だ」




