表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/99

55.新兵の不満

 マケランが現場に駆けつけたときには、すでに殴り合いは終わっていた。シャノンと下士官たちが先に到着し、争いを収めていたのだ。

 

 彼女たちの見つめる先には、地面に尻もちをついて震える3人の新兵と、それを堂々と見下ろして立つルーシーがいた。

 ルーシーはレイシールズ組で、脱走兵を捕らえようとしたこともある生真面目な兵士だ。現在は下士官に昇格している。


 マケランに気付いたシャノンが駆け寄ってきた。


「司令官、お騒がせして申し訳ありません」

「何があったんだ? 殴り合いがあったと聞いていたが」

「実は――」


 彼女の説明によると、3人の新兵はマケランの悪口を言っていたらしい。それを聞いたルーシーが激高し、3人を殴ったのだ。


「殴り合いというより、ルーシーが鉄拳制裁を加えたというのが実情です。軍務中に指揮官の悪口を言うのは、明確な軍規違反ですから。3人は反撃を試みたようですが、ルーシーの相手にはならず叩き伏せられたそうです」


 3人の新兵は、1日中歩いて疲れ切ったうえに、穴掘りまでさせられたことに不満を抱いていたようだ。マケランのことを「鬼畜」だとか「陰険メガネ」だとか、大声で言い合っていたらしい。


(陰険メガネか、懐かしい呼び方だな)


 散々言われてきたので今さら腹は立たないが、他の兵士たちがいる前で司令官の悪口を言ったとなれば、規律を保つためにも罰を与えねばならない。

 ルーシーが鉄拳制裁を加えたことは、適切な処分だ。


「問題は、3人がルーシーに反撃しようとしたことですね。上官に対する暴力行為にあたるかもしれません」


「兵士長、自分は暴力を振るわれてはいないであります!」


 ルーシーは真剣な顔でシャノンに訴えた。「あんな虫も殺せないような弱々しいパンチが、攻撃であったとは思えないであります!」


 ルーシーはこれ以上の処罰は不要と主張した。彼女なりの温情だろう。

 しかし3人は感謝する様子も見せず、悔しそうにルーシーを見上げている。


(はあ……やっぱりこうなったか)


 レイシールズ組と新兵の間に溝ができることは、当初から懸念していた。


 レイシールズ組の兵士はマケランに対して絶対的な信頼を抱いており、マケランも彼女たちの顔と名前を知っている。


 だが、新兵はそうではない。

 マケランとしては新兵の名前も呼んでやりたいところだが、さすがに3000人を超えると覚えるのは難しい。


「ルーシーもこう言っているし、これ以上の処罰は必要ないと思う」


 マケランの言葉に、シャノンはうなずいた。彼女もマケランと同じ危機感を抱いているのだろう。


 マケランは地面に座り込む3人の前に移動した。3人は肩を寄せ合って震えている。


(おびえているようだな、無理もない)


「立て」


 3人はふらつきながら立ち上がった。


「名前は?」


 彼女たちは互いに顔を見合わせてから、恐る恐ると言った様子で名乗った。


「エセルです」

「アンジェラです」

「リディアといいます」


「エセル、アンジェラ、リディア、俺の悪口を言いたくなることもあるだろうが、せめて誰もいないところで言ってくれ。皆がいる前で吐き出すのは絶対にやめろ」


 マケランは諭すように言った。「さもないと、君たちを殺さねばならなくなる」


 ヒッと息を吸い込む声が聞こえた。

 ショックを受けただろうが、自分たちが兵士であることを早く自覚してもらわねばならない。


「もちろん俺は兵士を死なせたくはない。今やっていることはすべて、君たちが生き残る確率を少しでも上げるためのものだ。それは理解してほしい」

「「……はい」」


 3人はうなずいた。今はそれで充分だ。


「シャノン、後を頼む」

「はい、お任せください。彼女たちには、私からもよく言い聞かせておきましょう」


 後の処理をシャノンに任せて、マケランはその場を離れた。




 宿営地の設営を終えた時は、夜11時をまわっていた。

 予定よりもかなり時間がかかったが、力仕事に慣れていない者ばかりなので仕方がない。


 明朝は8時起床とした。兵士の起床時間としては遅すぎるが、それでも新兵にとってはつらいはずだ。

 兵士たちは今ごろ、狭い天幕でぎゅうぎゅうに体を寄せ合って眠っているだろう。


 それに対しマケランの使う天幕は、ベッドや机などの家具が置いてあるのに加えて、ピットと追いかけっこができるほど広い。

 司令官という立場では、当然ではあるのだが。


 マケランが今日の日誌を書いていると、ピットが声をかけてきた。


「おい御主人、赤と白どっちにする?」


 ワインのことだ。


「飲むことは確定なのか?」

「新兵に悪口を言われて傷ついてるんだろ? だったら飲めよ」


 困ったことがあれば酒を飲むべきだと、ピットは思い込んでいる。


「……じゃあ白で」


 とりあえずマケランは答えた。「でも傷ついてるわけじゃないぞ。新兵が俺に不満を抱くことはわかっていた。軍隊というものになじんでいない彼女たちが、その気持ちを皆の前で口に出してしまうことも想定内だ」


「そうなのか?」

「ああ、兵士になったばかりだから仕方がない。さっきは脅すようなことを言ったが、俺は兵士を殺すつもりはない」


 マケランはピットが差し出したワインをグイッと飲んだ。


「不満がたまると、前みたいに脱走しようとする奴が出てこないか?」

「宿営地の周りを壁と堀で囲ったから、脱走は難しいだろうな」

「ひょっとして、あの穴掘り作業は新兵を逃がさないためだったのか?」

「まあな。1番の目的は兵士に経験を積ませることだが、脱走を防ぐねらいもある」

「フヘー、さすがだなあ」


 ピットはマケランの深慮を知り、感嘆の声をあげた。飼い主が優秀なことは、ウェアドッグにとっても誇らしいことなのだ。


「とはいえ、脱走を考える兵士はほとんどいないはずだ」

「というと?」

「脱走は死刑に値する重罪だ。もし成功したとしても、もう太陽の下で生活することはできなくなる。脱走兵を受け入れてくれるのは犯罪組織ぐらいだ」

「…………」


 ピットは沈黙した。新兵たちに同情しているのだろう。

 マケランは再びワインをグイッと飲み干した。すかさずピットが注ぎ足す。


「そんなに気前よく注がなくてもいいぞ。酔っぱらうわけにはいかないんだ」

「そういえば御主人が酔った姿は見たことがないな。たまには酔うほど飲んでみたらどうだ?」

「そうはいかない。指揮官は常に非常事態に備えておかねばならない」

「今日はいろんなことがあったし、これ以上の非常事態なんて起きないだろ」

「そんなことはない。()()()()()()()()()()()()と思っておくべきだ」

「司令官、大変です!」


 レイシールズ組のシエンナが、息せき切って天幕に入ってきた。


「ほらな」

「どうせたいしたことじゃないよ。――おい、いきなり入ってくるなんて失礼だぞ」


 ピットはシエンナに文句を言った。


「で、でも、ホントに大変なことが起きたんだもん」

「何があった? ケンカか? 脱走か? 落ち着いて話せ」


 マケランはワインを口に運びながら、余裕の表情で問いただした。たとえ何があろうと、指揮官が取り乱した姿を見せるわけにはいかない。

 シエンナはうなずき、呼吸を整えてから報告する。


「体長20メートルを超える大蛇が、宿営地内に現れました!」

「ブーーーーッ!」


 マケランはワインを盛大に噴き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ