54.行軍初日
行軍初日は、幸いにも好天に恵まれた。
王都を出発した3000人を超える女性兵士たちが、2列縦隊で街道を進んでいく。目的地はハイウェザー公領にあるレイシールズ城だ。
マケランは最後尾を歩いていた。ここからは、すべての兵士を視野に入れることができた。
「おい御主人」
隣を歩くピットが声をかけてきた。「御主人は司令官なんだから、馬に乗って行けばいいんじゃないか?」
「いつも馬に乗って移動できるとは限らない。歩くことは兵士に必須の技能と言ったが、それは指揮官にも当てはまることだ」
「そこがよくわからないんだよ。必須もなにも、歩くなんて誰でもできるだろ?」
「1日で20キロ歩けと言われたらどうだ? 剣や鎧を装備し、重い荷物を背負っている状態でだ」
「ああ、それは厳しいな」
「軍隊にとってもっとも重要なのは、望ましいタイミングで目的の場所に到達することだ。それができれば勝ったも同然といえる」
「じゃあレイシールズ組も、新兵に対して偉そうな顔はできないな。あいつらはずっと城に閉じこもってたんだから」
「いやいやいやピット君」
前を歩いていたシエンナが振り向き、反論する。「あたしたちはすでに、レイシールズ城から王都まで歩いてるんだよ」
「そうね、レイシールズ城と王都の距離がおよそ300キロ、道のりはもっと長い」
シエンナの隣を歩いていたリリアンも、振り向いて言った。「私たちはそれを1か月もかからずに踏破しました。まずまずの成果だと思うのですが、司令官はそれでは足りないとお考えですか?」
「足りないな。あれは子どもの遠足のようなものだった。軍隊の行軍にはほど遠い」
「えーっ、そうなんですか? けっこう頑張ったつもりだったのに」
シエンナは不満げだ。
「あの時は日が落ちると町や村に入って、屋根のあるところで寝泊まりしていた。それができたのは自国内で、しかも少人数だったからだ。今回は3000人を超える大所帯だ。住民に迷惑をかけないよう、野営を行う必要がある」
「野営……ですか。確かにそれはやったことないです」
「だから今回は大量の天幕を持ってきているんですね」
長い行列の中ほどでは、馬車や荷車の車列が進んでいる。輸送隊に所属する兵士たちが、大量の物資を運んでいるのだ。
「それに、いつも舗装された道を通れるとは限らない。街道をそれて道なき道を歩くこともある。その場合は馬車が使えないから、各自で分担して軍需物資を運ぶことになるな」
「うえー……」
「確かに、ちょっと甘く考えていたかもしれません」
シエンナとリリアンは、行軍の大変さを理解したようだ。
とはいえ、彼女たちはまだ景色を楽しむほどの余裕があった。
それに対し、新兵たちの視線は地面を向いている。
さほど暑くもないのに、顔を伝う汗が止まらない。
私語を交わすような元気のある者もいない。
ただただ一刻も早く、この苦行が終わることを願っているに違いない。
携帯している水をすぐに飲み干してしまう者がいることは予想していたが、地面に水を捨てる者がいたのはさすがに驚いた。
理由を聞くと、水筒が重くて耐えられなかったからだそうだ。確かに水の重さはバカにならないのだが……。
どうやら新兵たちは体力的にも精神的にも限界だ。このまま無理に歩き続ければ、足に深刻なダメージを負うおそれもある。
(さすがに初日から落伍者を出したくはないな。まだ日は高いが、そろそろ野営の準備に入った方がいいかもしれない)
そんなことを考えていると、前方からリヴェットが馬に乗ってやってきた。彼女と偵察隊の兵士たちは、安全確認のため騎馬で先行している。
「マケラン、この先に野営に向いてそうな平地があったぞ。近くには川もある。足がふらついてる兵士もいるから、今日はそろそろ切り上げたらどうだ?」
「そうだな。宿営地の設営に入ろう。先頭にいるシャノンにそう伝えてくれ」
「了解だ」
リヴェットは再び前方へ戻っていった。
(ふう……先が思いやられるな)
リヴェットが指定した野営地へやってきたところで、マケランは全軍に停止を命じた。
「よし、15分の休憩! その後、宿営地の設営を行う!」
休憩と聞いた兵士たちは、疲れ果てた様子で地面に座り込んだ。
仰向けに寝転び、目を閉じている者もいる。15分後にちゃんと起き上がってくれればいいのだが。
マケランも地面に腰を下ろし、兵士たちの様子を観察する。
(さて、宿営地の設営の意味を理解してる者がどれだけいるだろうか? 天幕を張って寝るだけと思っている者が多いかもしれないな)
果たして、輸送隊が馬車から大量のスコップを下ろし始めると、新兵たちは怪訝な表情になった。レイシールズ組も同様だ。
「えーと……司令官、あのスコップで何をするんですか?」
そうたずねてきたのは、近くに座っていたリリアンだ。
「もちろん、宿営地の設営だ」
「え? え? 天幕を張るだけじゃなかったんですか?」
シエンナが驚いている。
「今回の行軍は、敵地にいると想定して行う。だから宿営地全体を防壁と空堀で囲む必要がある」
マケランの言葉を聞いた兵士たちは、悲鳴のような声を上げた。まさか一日歩き続けた後で、土木工事をさせられるとは思わなかったのだろう。
「一晩だけの宿営地で、そこまでする必要はないと思うかもしれない。だが敵地では防衛の備えをしておかなければ、とても安心して眠れるものじゃない。敵のゲリラ兵は俺たちの動きを四六時中監視しながら、襲撃の機会をうかがっている。武装を解いて眠りこけている夜は、特に危険な時間だ」
「うー、レイシールズ城の城壁に守られてスヤスヤ眠ってたのは、幸せな状況だったんですね」
シエンナとリリアンは納得して立ち上がった。
しかし新兵たちは、なかなか動けないでいる。このままずっと座っていたい気持ちなのだろう。
兵士になったことを後悔している者も多いに違いない。
それでも所属する班の班長にうながされると、渋々と立ち上がった。立たない者は尻を蹴り上げられている。
「さあみんな、もう1度気合いを入れろ!」
マケランは兵士たちを激励した。「本格的な防衛拠点をつくる必要はない。宿営地の周囲を1メートルの深さの堀で囲み、掘った土をその内側に積み上げて土塁を築くだけだ。簡単だろ?」
兵士たちは「どこが簡単なのよ」とブツブツ不平を言いながら、スコップを取りに行った。
「おい御主人、オレが態度の悪い兵士のケツをかみついてこようか?」
ピットが斬新な提案をした。
「そんなことはしなくていい。おまえは各所をまわって、へばっている兵士を励ましてこい」
「おう、わかった」
命令を受けたピットは、兵士を励ますために走り去った。
マケランは下士官と協力して、宿営地の範囲を決めるために地面に杭を打っていく。
それが終わると兵士たちは班ごとに分かれ、土を掘り始めた。
マケランは各所を巡回し、作業の様子を観察する。
「そんなやり方じゃ腰を痛めるぞ。貸してみろ」
時には兵士からスコップを受け取り、自ら手本を示す。「腕だけで掘ろうとするな。こうやって下半身を使うんだ」
「うわあっ!」
「やっぱり男の人は違いますね!」
インテリ風の外見に似合わぬ力強い動きに、兵士たちは感嘆の声を上げる。
(この程度で感心しているのは町育ちの者だろうな。農村出身の者なら、スコップの使い方を心得ているはずだ)
マケランはスコップを返すと、別の現場に向かった。
「オラアアァァァッ!」
「イーヤッホオオォォッ!」
リヴェットとググが、競うように地面を掘っている。
やはりこの2人はパワーが別格だ。
「おまえらだけで作業が終わりそうだな」
マケランが声をかけると、2人は手を止めずに答える。
「へへっ、なんせあたしは『暴風のリヴェット』だからな。力仕事なら誰にも負けないぜ!」
「アタシだって、明日の筋肉痛のために頑張りますよっ!」
元気な者がいると、その周りにいる者も元気になる。この区域は他の現場よりも明らかに作業が進んでいた。
(こいつらなら。近接戦闘も安心して任せられそうだ)
頼もしく思っているところへ、レイシールズ組の兵士があわてた様子でやってきた。
「司令官、大変です! 向こうで殴り合いが始まりました!」




