52.女将校が背負うハンデ
「ぎゃぐわあああああああぁぁぁぁっ!!」
騎士は聞くに堪えない悲鳴をあげた。
「この感触は、何度やっても気持ち悪いわね」
ストラティスラは恐ろしいことを言っている。
マケランは吐き気がした。リンクードは青ざめていた。ピットは股間を押さえて、口から泡を吹いている。
「いい声で鳴くじゃないの。じゃあもう1つのタマも――」
「「やめろっ!!」」
マケランとリンクードは力を合わせて、ストラティスラを騎士から引き離す。
彼女は不満そうな顔をしながらも、抵抗はしなかった。
「何があったんですか!」
悲鳴を聞きつけた役人たちがラウンジにやってきた。そして彼らもまた、惨状を目にして顔面が蒼白になった。
「その騎士の人、転んでテーブルの角で急所を打ったみたいです。医務室で治療してあげてください」
ストラティスラは平気な顔で嘘をついた。
役人たちが信じたかどうかはわからないが、騎士を抱きかかえて足早に去っていった。まるで、ここから一刻も早く離れたいかのように。
「ストラティスラ、やりすぎだぞ」
リンクードがたしなめるが、彼女は平然と言い返す。
「大丈夫よ。女にケンカで負けてタマをつぶされたなんて、名誉を重んじる騎士が人に言えるわけがないもの」
「君が処罰される心配はしていない。なんでも暴力で解決するなと言っている。任官後の配属先でも、兵士を何人も殺したそうじゃないか」
マケランもそのうわさは聞いている。
「当然よ。彼らは将校である私に対して、無礼なことを言ったんだから」
何を言ったかは、だいたい想像がつく。美しい女将校を前にして、男の兵士たちはからかうようなことを、あるいは卑猥な冗談を言ったのだろう。
そのような兵士を処刑することは、間違ってはいないとマケランは思う。
指揮官にとって、兵士に怖れられることは一向に構わない。
嫌われることは、よいことではないが許容できる。
しかし、なめられることだけは絶対にあってはならない。
女であるストラティスラは、その点でハンデを負っていると言える。
彼女は士官学校時代から、女であることを理由になめられることが多かった。
そしてそのたびに、なめた相手を暴力によって叩き潰してきた。
なめられないためには、力でも男に劣らないことを示す必要があったのだ。
「リンクード様、御主人様は決して非情な方ではありません。大事な兵士を殺さねばならなかったことに、ずっと心を痛めているのです。どうかご理解ください」
今まで後ろに控えていたウェアドッグの青年がスッと前に出てきて、ストラティスラを弁護した。
ストラティスラが士官学校時代から飼っているペットで、名前はブリエンという。年齢は20歳だ。
スラッとした体型で、茶色い髪の上からは犬の耳がぴょこんと飛び出している。ピットが立ち耳なのに対し、彼は垂れ耳だ。しっぽはピンと直立していて、先が白い。
リンクードもマケランも、彼とはよく遊んでやったものだ。
「やあブリエン、もちろんそれは理解しているよ」
リンクードは表情をやわらげると、髪を解きほぐすように彼の頭をなでた。
「士官学校の卒業式以来だな」
続けてマケランも、優しく頭をなでてやった。ブリエンはピットと違って成人男性なので妙な感じもするが、犬だと思えば年齢は関係ない。
ブリエンも嬉しそうに顔をほころばせている。
「ところでマケラン、その子はあなたのペットなの?」
ストラティスラは興味深げな顔をピットに向けた。
「ああ、こいつはピットだ。レイシールズ城にいたが、縁あって俺が飼うことになった」
「そうなんだ。よろしくね、ピット君」
「キャン!」
ストラティスラが近づくと、ピットはマケランの後ろに隠れた。そのまま背中にしがみつき、ブルブルと震えている。
騎士に対してはまったくひるまなかった彼が、ストラティスラのことは明らかに怖がっていた。
(まあ、あんなものを見せられたら無理もないか)
「ピット、大丈夫だ。こいつはウェアドッグのことは大好きだから、おまえに危害を加えることは絶対にない」
「そうよ。だから私に頭をなでさせて」
ストラティスラは優しく声をかけるが、やはりピットはマケランにしがみついたままだ。
「やれやれ、仕方ないな」
代わりにマケランが頭をなでてやった。ピットは安心したように目を細め、しっぽを左右に振る。
「へー、ちゃんと飼い主をやってるじゃないの」
「まあな」
「あの……御主人様、わたくしも」
ピットがなでられているのを見てうらやましくなったのか、ブリエンが甘えるような声を出した。
「しょうがないわね」
ストラティスラはブリエンの顔に手を伸ばし、そのスベスベの頬をなでさする。
「あうう、ふうう」
ブリエンは恍惚の表情を浮かべて、しっぽをブンブン振った。
落ち着いた大人の青年に見えても、やはりウェアドッグだ。いくつになっても甘えん坊である。
「ところでストラティスラ、君が召集されたということは、他の者たちも遠征軍に参加するために王都に来るのだろうか?」
リンクードが言っているのは、同じ第8期の卒業生たちのことだ。本来なら、まだ見習い期間のはずである。
「全員ではないでしょうけど、そのはずよ。私たちは新人とはいえ、即戦力として期待されているもの。実戦を経験しているあなたたちは、当然参加するわよね?」
「そのことなんだが、私とマケランは遠征軍には加わらない」
リンクードがそう言うと、ストラティスラは怪訝な顔になった。
「どういうこと?」
「私は領地に戻るし、マケランは再びレイシールズ城の守りにつく」
リンクードは先ほどの王とのやり取りを説明した。
「はあ……うまくやったわね」
ストラティスラはジトッとした目をマケランに向けた。「入ったばかりの女兵士をいきなり実戦に投入するのは、確かに私も無謀だと思う。だからといって安全な城の中でぬくぬく暮らしていたら、いつまで経っても経験を積めないんじゃない?」
「安全な城でぬくぬく暮らせるなら、実に結構なことだ」
マケランはメガネをクイっと持ち上げて言い返す。「しかしそのためには、ここからレイシールズ城まで移動する必要がある」
「あたりまえじゃないの」
「あたりまえだと思うだろ? だが、それが簡単なことじゃない」
マケランはため息をついてから言った。
「これから俺の軍に入る新兵は、地獄を見ることになるだろうな」




