51.『常勝』のストラティスラ
「レイシールズ城だと?」
マケランの言葉に、ラッセルは意外そうな顔をした。
「先の戦いでも明らかなように、ペルテ共和国が我が国を攻めようとする場合は、まずレイシールズ城を落としてからハイウェザー公領へと進軍するのが通常のルートです。つまりあの城は、王国にとって守りの要なのです」
「まあ、そういうことになるか」
「そして王国でもっともレイシールズ城での守り方を熟知しているのが、私です」
この言葉を大言壮語ととらえる者はいないだろう。
「確かにおまえには、そう主張するに足る実績がある」
「はい。私と共に防衛戦を戦った兵士たちも同様です」
「ハイウェザー家としても、黒蛇軍団にレイシールズ城を守ってもらえるなら心強いです」
リンクードも賛成した。「とはいえ、自領の防衛を王家に頼り切るつもりはございません。周辺の町や砦にハイウェザー家の兵士を配置し、レイシールズ城と連携して共和国軍の侵攻に備えたいと思います」
孤立した1つの城だけでは、敵の侵攻を止めるには不十分だ。周囲の防衛施設と連携してこそ、城はその防御力を十全に発揮することができる。
「ハイウェザー家は遠征軍に参加せず、領内の守りに専念するというのか?」
ラッセルは眉をひそめた。
(陛下としては不満だろうな)
マケランには王の考えていることがよくわかる。王家の兵力の損失を避けるため、できるだけ諸侯の軍に戦わせたいのだ。
「これは父から聞いた話なのですが――」
リンクードは続けて言った。「先代のタイパン王は、当初レイシールズ城の建設に反対していたそうです。騎兵が強力なハイウェザー家は城に立てこもるよりも、こちらから攻め込むことによって領地の安定を図るべきだと」
「先王がそんなことを?」
「はい。しかしその考えは私には疑問に思えます。共和国と領地を接するハイウェザー家は、王国全体のことを考えて防衛を優先するべきではないでしょうか」
(リンクードの意外な才能だな。しれっとした顔で嘘をつけるとは、何をやらせても完璧な男だ)
タイパンの話は、マケランが考えたもっともらしい嘘である。
このように言えば、偉大な父親に対してコンプレックスを抱くラッセルは、逆のことをしようとすると読んでのことだ。
(陛下に対して嘘をつくのは申し訳ないが、これも王家のためだ)
王に嘘をつくことと、未熟な新兵を実戦に投入して敗北し、多くの人命を失うこと。
どちらも悪ならば、よりマシな悪を選ぶべきだ。それが合理主義者であるマケランの考え方である。
「うむ、公子の言うとおりだ」
果たして王は、期待通りの答えを返した。「私の父は守りの重要さを理解していなかったようだ。ハイウェザー家はマケランと協力し、共和国の侵攻に備えて守りを固めるがよい」
謁見を終えたマケランとリンクードは、ラウンジに戻ってきた。すぐにピットが駆け寄ってくる。
「うまくいったのか?」
「ああ、俺たちはまたレイシールズ城を守ることになった」
「マケランのおかげで、ハイウェザー家も遠征軍への参加を免除されたよ。あとで父上にも話しておかなければ」
マケランとリンクードは互いに笑みを交わした。
「共和国と戦争になるというのに、おまえらは何もしないつもりか?」
非難するような声が聞こえた。
ラウンジのソファーに、いつの間にか知らない男が座っている。紋章付きの派手なサーコートを着ているので、王家に仕える騎士だろう。年齢はマケランたちと同じくらいだ。
「そっちの陰険そうなメガネの男は、噂のレイシールズ城の英雄殿だな?」
騎士は立ち上がると、マケランに近づいてきた。「女だけの軍団を率いることになったらしいが、うらやましいことだな。遠征に参加せずに城に引きこもっているとは、よほどの臆病者とみえる。女たちをはべらせて、どんないやらしいことをして日々を過ごすつもりだ?」
(はあ……面倒な奴にからまれたな)
下級騎士ごときに何を言われようと腹は立たないが、マケランが黙っていればリンクードが代わりに怒るだろう。こんなくだらないことで親友に決闘をさせるわけにはいかない。
「どうも君は誤解しているようだ。確かに俺たちは遠征軍には加わらないが――」
「アイタタタタッ!」
マケランが諭そうとしたところ、騎士が苦痛の叫び声をあげる。
ピットが彼の左手にガブリとかみついていた。
「お、おい、やめろピット!」
「ウーッ! フーッ!」
ピットは頭に血が上っているのか、マケランが注意しても騎士の手をかむのをやめない。
マケランはリンクードと視線を交わすと、協力してピットを騎士から引き離した。
「くっ……、おのれ犬め……!」
騎士の左手からは、血がしたたっている。
「すまない、これは飼い主である俺の責任だ。すぐに医務室へ――おい、こんなところで何をするつもりだ?」
騎士は剣を抜いていた。
「犬のくせに騎士の手にかみついたんだぞ! その罪、命でつぐなってもらう!」
「おう、やれるもんならやってみろ! オレは黒蛇のペットだぞ!」
ピットはまったくひるまずに言い返した。よほど怒っているのか、歯をむき出して威嚇している。
「騎士たる者が子どもを斬るつもりか?」
リンクードも腰の剣に手をかけた。「かみつかれたのは、君がマケランを侮辱したからだろう。まずそのことを謝るべきだ」
(こんなところで斬り合いなんて、冗談じゃないぞ)
どうやってこの場を収めようかと考えていると、
「あなたたち、何をしてるの?」
聞き覚えのある女の声がした。
ラウンジの入り口に目を向けると、赤と白のサーコートを着た女が立っている。
(ああ、さらにヤバイ奴がきた)
マケランの士官学校時代の同期生、ブラッドレイ・ストラティスラだ。
序列はマケランに次ぐ第2位で、『常勝』の異名を持っている。
「あら、誰かと思えば『黒蛇』と『完璧』じゃないの」
ストラティスラはマケランたちにニコッと微笑みかけると、ツカツカと歩み寄ってきた。背筋をピンと伸ばした美しい歩き方は、まさに軍人だ。
意志の強さを感じさせるパッチリとした目、スッと通った鼻筋、ゆるくウェーブのかかった腰まで届く青い髪。男ならハッと目を引くであろう美女だ。
彼女はマケランのことをライバル視しており、学生時代はことあるごとに勝負を仕掛けられたものだ。
その実力は確かで、机上演習においてマケランが負け越している唯一の人間である。
「ストラティスラ、君も王都に来ていたのか」
「ええ、遠征軍に参加するために呼び出されたの。それよりマケラン、聞いたわよ」
彼女はマケランの肩に手を置くと、鼻が触れそうな距離まで顔を近づけた。「レイシールズ城ではすごい手柄を立て、中尉に昇進したそうじゃないの。あーあ、先をこされちゃったわね」
「おい、顔が近すぎるぞ」
「なに? 照れてるの? ずっと女の兵士に囲まれてたんだから、今さら私のことなんて意識する必要ないでしょ」
(照れてるんじゃなくて、怖いんだが)
彼女は軽口をたたきながらも、目はまったく笑っていない。肩に置かれた手は、女とは思えない力でグイグイ締め付けてくる。
「おい、こんなところでイチャイチャするんじゃねえ!」
無視された格好の騎士が怒鳴りつけてきた。
「あなた、こんなところで剣を抜くなんておだやかじゃないわね」
ストラティスラはマケランから体を離すと、騎士をにらみつけた。
「おまえこそ、なんで女のくせに腰に剣を差してやがる!」
「私が少尉の階級を持つ将校だからよ」
「なにが将校だ! 女なら家でおままごとでもしてろ! 戦場では、泣いても許してはもらえんぞ!」
ストラティスラの周囲の空気が、すうっと冷たくなった。
(まずい)
彼女は女であることをバカにされると、キレるのだ。
「フフッ、あなたこそ剣の使い方を知ってるのかしら?」
彼女はゆっくりと騎士に近づいていく。
止めなければならないとは思うのだが、怒った猛獣に手を出せばこっちが危険だ。リンクードに目を向けると、諦めた表情で首を振っている。
「おい、近づくな! この剣が見えないのか!」
「どうせあなたには、人を斬る勇気なんてないでしょ?」
「な、なめやがっ――」
騎士がまばたきをした瞬間、ストラティスラが一気に踏み込んだ。
相手が急に目の前に現れたことに驚いた騎士は、右手の剣を振り上げようとする。
しかしストラティスラは素早く手首をつかんで捻り上げ、騎士の鼻っ面に頭突きをくらわせた。
「ぎゃっ!」
騎士は悲鳴をあげ、剣を取り落とす。
「かわいい悲鳴ね」
ストラティスラは体を密着させると、右足を相手の股に差し入れ、左足を刈り取った。そのまま体重を預けて騎士を押し倒す。
(あぶない!)
大理石の床に後頭部を打ち付ければ、死んでも不思議ではない。
しかしストラティスラは騎士の頭の下に手を差し入れ、衝撃をやわらげていた。
(さすがに殺すつもりはなかったようだな)
だが騎士にとっては、死んだ方がマシだったかもしれない。
「女に倒されるなんて、男として恥ずかしいわね」
ストラティスラはニイッと口元をゆがめた。
その妖しい笑顔に、マケランの背筋が凍り付く。
「お、おい、そのくらいで――」
「だったらこんなもの、必要ないんじゃない?」
ストラティスラは騎士の股間に手をのばし、男の象徴である繊細な臓器をグチャッと握りつぶした。




