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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

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51.『常勝』のストラティスラ

「レイシールズ城だと?」


 マケランの言葉に、ラッセルは意外そうな顔をした。


「先の戦いでも明らかなように、ペルテ共和国が我が国を攻めようとする場合は、まずレイシールズ城を落としてからハイウェザー公領へと進軍するのが通常のルートです。つまりあの城は、王国にとって守りの要なのです」

「まあ、そういうことになるか」

「そして王国でもっともレイシールズ城での守り方を熟知しているのが、私です」


 この言葉を大言壮語ととらえる者はいないだろう。


「確かにおまえには、そう主張するに足る実績がある」

「はい。私と共に防衛戦を戦った兵士たちも同様です」


「ハイウェザー家としても、黒蛇軍団にレイシールズ城を守ってもらえるなら心強いです」


 リンクードも賛成した。「とはいえ、自領の防衛を王家に頼り切るつもりはございません。周辺の町や砦にハイウェザー家の兵士を配置し、レイシールズ城と連携して共和国軍の侵攻に備えたいと思います」


 孤立した1つの城だけでは、敵の侵攻を止めるには不十分だ。周囲の防衛施設と連携してこそ、城はその防御力を十全に発揮することができる。


「ハイウェザー家は遠征軍に参加せず、領内の守りに専念するというのか?」


 ラッセルは眉をひそめた。


(陛下としては不満だろうな)


 マケランには王の考えていることがよくわかる。王家の兵力の損失を避けるため、できるだけ諸侯の軍に戦わせたいのだ。


「これは父から聞いた話なのですが――」


 リンクードは続けて言った。「先代のタイパン王は、当初レイシールズ城の建設に反対していたそうです。騎兵が強力なハイウェザー家は城に立てこもるよりも、こちらから攻め込むことによって領地の安定を図るべきだと」


「先王がそんなことを?」

「はい。しかしその考えは私には疑問に思えます。共和国と領地を接するハイウェザー家は、王国全体のことを考えて防衛を優先するべきではないでしょうか」


(リンクードの意外な才能だな。しれっとした顔で嘘をつけるとは、何をやらせても完璧な男だ)


 タイパンの話は、マケランが考えたもっともらしい嘘である。

 このように言えば、偉大な父親に対してコンプレックスを抱くラッセルは、逆のことをしようとすると読んでのことだ。


(陛下に対して嘘をつくのは申し訳ないが、これも王家のためだ)


 王に嘘をつくことと、未熟な新兵を実戦に投入して敗北し、多くの人命を失うこと。

 どちらも悪ならば、よりマシな悪を選ぶべきだ。それが合理主義者であるマケランの考え方である。


「うむ、公子の言うとおりだ」


 果たして王は、期待通りの答えを返した。「私の父は守りの重要さを理解していなかったようだ。ハイウェザー家はマケランと協力し、共和国の侵攻に備えて守りを固めるがよい」




 謁見を終えたマケランとリンクードは、ラウンジに戻ってきた。すぐにピットが駆け寄ってくる。


「うまくいったのか?」

「ああ、俺たちはまたレイシールズ城を守ることになった」

「マケランのおかげで、ハイウェザー家も遠征軍への参加を免除されたよ。あとで父上にも話しておかなければ」


 マケランとリンクードは互いに笑みを交わした。


「共和国と戦争になるというのに、おまえらは何もしないつもりか?」


 非難するような声が聞こえた。

 ラウンジのソファーに、いつの間にか知らない男が座っている。紋章付きの派手なサーコートを着ているので、王家に仕える騎士だろう。年齢はマケランたちと同じくらいだ。


「そっちの陰険そうなメガネの男は、噂のレイシールズ城の英雄殿だな?」


 騎士は立ち上がると、マケランに近づいてきた。「女だけの軍団を率いることになったらしいが、うらやましいことだな。遠征に参加せずに城に引きこもっているとは、よほどの臆病者とみえる。女たちをはべらせて、どんないやらしいことをして日々を過ごすつもりだ?」


(はあ……面倒な奴にからまれたな)


 下級騎士ごときに何を言われようと腹は立たないが、マケランが黙っていればリンクードが代わりに怒るだろう。こんなくだらないことで親友に決闘をさせるわけにはいかない。


「どうも君は誤解しているようだ。確かに俺たちは遠征軍には加わらないが――」

「アイタタタタッ!」


 マケランが(さと)そうとしたところ、騎士が苦痛の叫び声をあげる。

 ピットが彼の左手にガブリとかみついていた。


「お、おい、やめろピット!」

「ウーッ! フーッ!」


 ピットは頭に血が上っているのか、マケランが注意しても騎士の手をかむのをやめない。

 マケランはリンクードと視線を交わすと、協力してピットを騎士から引き離した。


「くっ……、おのれ犬め……!」


 騎士の左手からは、血がしたたっている。


「すまない、これは飼い主である俺の責任だ。すぐに医務室へ――おい、こんなところで何をするつもりだ?」


 騎士は剣を抜いていた。


「犬のくせに騎士の手にかみついたんだぞ! その罪、命でつぐなってもらう!」

「おう、やれるもんならやってみろ! オレは黒蛇のペットだぞ!」


 ピットはまったくひるまずに言い返した。よほど怒っているのか、歯をむき出して威嚇(いかく)している。


「騎士たる者が子どもを斬るつもりか?」


 リンクードも腰の剣に手をかけた。「かみつかれたのは、君がマケランを侮辱したからだろう。まずそのことを謝るべきだ」


(こんなところで斬り合いなんて、冗談じゃないぞ)


 どうやってこの場を収めようかと考えていると、


「あなたたち、何をしてるの?」


 聞き覚えのある女の声がした。

 ラウンジの入り口に目を向けると、赤と白のサーコートを着た女が立っている。


(ああ、さらにヤバイ奴がきた)


 マケランの士官学校時代の同期生、ブラッドレイ・ストラティスラだ。

 序列はマケランに次ぐ第2位で、『常勝』の異名を持っている。


「あら、誰かと思えば『黒蛇』と『完璧』じゃないの」


 ストラティスラはマケランたちにニコッと微笑みかけると、ツカツカと歩み寄ってきた。背筋をピンと伸ばした美しい歩き方は、まさに軍人だ。


 意志の強さを感じさせるパッチリとした目、スッと通った鼻筋、ゆるくウェーブのかかった腰まで届く青い髪。男ならハッと目を引くであろう美女だ。


 彼女はマケランのことをライバル視しており、学生時代はことあるごとに勝負を仕掛けられたものだ。

 その実力は確かで、机上演習においてマケランが負け越している唯一の人間である。


「ストラティスラ、君も王都に来ていたのか」


「ええ、遠征軍に参加するために呼び出されたの。それよりマケラン、聞いたわよ」


 彼女はマケランの肩に手を置くと、鼻が触れそうな距離まで顔を近づけた。「レイシールズ城ではすごい手柄を立て、中尉に昇進したそうじゃないの。あーあ、先をこされちゃったわね」


「おい、顔が近すぎるぞ」

「なに? 照れてるの? ずっと女の兵士に囲まれてたんだから、今さら私のことなんて意識する必要ないでしょ」


(照れてるんじゃなくて、怖いんだが)


 彼女は軽口をたたきながらも、目はまったく笑っていない。肩に置かれた手は、女とは思えない力でグイグイ締め付けてくる。


「おい、こんなところでイチャイチャするんじゃねえ!」


 無視された格好の騎士が怒鳴りつけてきた。


「あなた、こんなところで剣を抜くなんておだやかじゃないわね」


 ストラティスラはマケランから体を離すと、騎士をにらみつけた。


「おまえこそ、なんで女のくせに腰に剣を差してやがる!」

「私が少尉の階級を持つ将校だからよ」

「なにが将校だ! 女なら家でおままごとでもしてろ! 戦場では、泣いても許してはもらえんぞ!」


 ストラティスラの周囲の空気が、すうっと冷たくなった。


(まずい)


 彼女は女であることをバカにされると、()()()のだ。


「フフッ、あなたこそ剣の使い方を知ってるのかしら?」


 彼女はゆっくりと騎士に近づいていく。

 止めなければならないとは思うのだが、怒った猛獣に手を出せばこっちが危険だ。リンクードに目を向けると、諦めた表情で首を振っている。


「おい、近づくな! この剣が見えないのか!」

「どうせあなたには、人を斬る勇気なんてないでしょ?」

「な、なめやがっ――」


 騎士がまばたきをした瞬間、ストラティスラが一気に踏み込んだ。

 相手が急に目の前に現れたことに驚いた騎士は、右手の剣を振り上げようとする。


 しかしストラティスラは素早く手首をつかんで捻り上げ、騎士の鼻っ面に頭突きをくらわせた。


「ぎゃっ!」


 騎士は悲鳴をあげ、剣を取り落とす。


「かわいい悲鳴ね」


 ストラティスラは体を密着させると、右足を相手の股に差し入れ、左足を刈り取った。そのまま体重を預けて騎士を押し倒す。


(あぶない!)


 大理石の床に後頭部を打ち付ければ、死んでも不思議ではない。

 しかしストラティスラは騎士の頭の下に手を差し入れ、衝撃をやわらげていた。


(さすがに殺すつもりはなかったようだな)


 だが騎士にとっては、死んだ方がマシだったかもしれない。


「女に倒されるなんて、男として恥ずかしいわね」


 ストラティスラはニイッと口元をゆがめた。

 その妖しい笑顔に、マケランの背筋が凍り付く。


「お、おい、そのくらいで――」

「だったらこんなもの、必要ないんじゃない?」


 ストラティスラは騎士の股間に手をのばし、男の象徴である繊細な臓器をグチャッと握りつぶした。

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― 新着の感想 ―
「序列はマケランに次ぐ第2位で、『常勝』の異名を持っている。」 って文章で「マケランに負けてない?」とか 「机上演習においてマケランが負け越している」 って文章で「完敗じゃないってことは負けてない?」…
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