50.マケランの進言
王は、今度はこちらからペルテ共和国に攻め込むことを決断し、諸侯たちに召集をかけたらしい。
マケランが率いることになる黒蛇軍団も、新兵を加えた編成が終わり次第出陣せよ、とのことだ。
(どう考えても無茶だ)
レイシールズ城で戦った兵士はともかく、ろくに訓練をしていない新兵をいきなり実戦に投入すれば、何もできずに死ぬだろう。
なにしろ全員が女であり、これまで戦いとは縁のなかった者たちなのだ。
王に事情を説明し、新兵に最低限の訓練を施すまで猶予をもらう必要がある。
マケランはリンクードとピットを伴い、再び王城に入った。
まずはラウンジに入り、周囲に人がいないことを確認してからリンクードに詳しい話を聞く。
「ペルテ共和国に侵攻するとして、陛下はどこまでの戦果を求めてるんだ? 領土を奪うことが目的なのか、それとも首都アウリーフを攻め落として共和政府を解体してしまうのか」
戦争を仕掛けるなら、事前に大目標を設定しておかねばならない。そうでないと、戦争がいつまで経っても終わらないことがある。
「おそらく、そこまで考えてはいない。レイシールズ城では久しぶりに共和国軍に勝ったから、また勝てるかもしれない、と思ったのではないだろうか」
(そんな軽い気持ちで重大な決断をされては困るんだが)
こちらから攻め込むならば、事前に敵国と自国の戦力を入念に分析し、勝算があるという確信を得てからでなくてはならない。
(王を諫めたいところだが……)
残念ながらマケランの立場では、戦争に反対するのは越権行為である。
戦争をやるかどうかを決めるのは王や宰相であり、武官は彼らの指示に従って戦うのが仕事なのだ。
「オレにはむずかしいことはわからないけど、やられたらやり返すのは当然じゃないのか?」
ピットが問いかけてきた。「レイシールズ城では多くの兵士が殺されたし、御主人も重傷を負った。このまま何もせずに済ますんじゃ納得できないぞ」
「もちろん何もしないわけにはいかないが、攻め込むのはリスクが大きすぎる。はっきり言って、軍事力も経済力も共和国の方がはるかに上なんだ」
「あ、やっぱりそうなのか」
「だから、まずは外交交渉を考えるべきだ。俺たちは勝ったんだから、有利な形で講和条約、もしくは休戦協定を結ぶことができるはずなんだ。聖都のジャラン教会に仲介を頼むのもいいだろう」
「ラッセル陛下にそんな高度な政治ができるとは思えないな」
リンクードは相変わらず王に対して手厳しい。「陛下がちゃんと現在の状況を理解していれば、共和国へ侵攻しようなんて考えが出てくるはずがない」
「リンクードさんも、共和国に攻め込んだら勝てないと思っているんですか?」
ピットは礼儀正しくたずねた。マケランに対してはいつもタメ口だが、相手によって態度を変えるぐらいはできるようだ。
「うん、厳しいと思う。共和国が強いというだけじゃなく、王国がまとまりを欠いているんだ。そもそも、遠征軍を率いるにふさわしい人間がいない」
「御主人がいるじゃないか、と思いますけど」
「マケランは能力は抜群だが、格が足りない。遠征軍には諸侯たちも参加するから、総司令官はそれ以上の身分の者でなければならないんだ」
「諸侯より偉い人というと、王族ですか?」
「その通りだよ。ラッセル陛下が自ら親征を行うのが最善だが、王都を出ることすらめったにない方だから、おそらくそんな気はないだろう」
「諸侯たちをまとめられるようなリーダーシップもなさそうですしね」
ピットもマケランやリンクードに影響されてか、王に対する評価が低いようだ。
「陛下の息子たちにも総司令官の資格はあるが、第1王子のガラガラ殿下は暗愚との評判だし、第2王子のマンバ殿下は病弱だ。第3王子のランスヘッド殿下は勇敢で聡明な方と聞いているが、まだ14歳だ」
「じゃあ諸侯を軍に加えず、王家の軍だけで攻め込んだらどうですか? それなら御主人でも総司令官になれますよね?」
(こいつはそんなに俺を総司令官にさせたいのか?)
「俺はそんな大役は引き受けたくない」
マケランはきっぱりと答えた。「王家軍の主力は騎士だが、あいつらは俺のような平民将校の命令には従わないからな」
現在王家軍には、士官学校を出た将校と騎士が混在している。そして互いに蔑み合っている。
いずれは騎士がいなくなり、士官学校を出た将校だけが指揮官を務める時代が来るだろうが、それはまだまだ先の話だ。
「同じ軍でいがみ合うなんて、ずいぶん頭が悪いな」
ピットは呆れている。「でも味方同士で仲が悪いのは、共和国も一緒じゃないのか? だって8つも種族がいるんだから」
「いい指摘だ」
「うへへ、そうか?」
マケランが褒めると、ピットは得意げな顔になった。しっぽがブンブンと上下に揺れる。
「確かにおまえの言う通り、ペルテ共和国には8つの種族が共存しているから、意見が対立することが多い。
しかし他国に侵略されるようなことがあれば、種族の壁を越えて協力し合うだろう。祖国の危機という状況は、何よりも国民の一体感を高めるんだ。だからこそ、こちらから攻め込むのは愚策と言える」
あらゆる階層の国民が「国家」というものに帰属意識を抱いているのが、共和国の強みだ。
それに対し王国の民は、せいぜい自分の生まれ育った町や村に対して愛着を抱いているぐらいだろう。
「なるほど、私はそこまでは考えていなかった」
リンクードが感心している。「だが言われてみれば、まったくその通りだ。わざわざ共和国が1つにまとまる手助けをしてやることはない」
「とはいえ、王が決めたことだ。軍人が政治的な決定に異議を唱えることは許されない」
「えっ? これから王に文句を言いに行くんじゃないのか?」
「政治的な決定には、と言ったんだ」
マケランはメガネをクイッと上げて、ピットに答えた。「軍事に関することなら、軍人でも意見を言うことができる」
マケランとリンクードは玉座の間に入り、王に謁見した。
片ひざをついて頭をたれる2人に対し、ラッセルは玉座から声をかける。
「マケランとリンクード公子、立つがよい」
「「はっ」」
マケランとリンクードは立ち上がった。
「何か私に意見があるそうだが、共和国への侵攻はもう決まったことだ」
ラッセルはピシャリと言った。「宰相によれば、黒蛇軍団に参加する新兵は続々と王都に集まっており、今月中には全員がそろうそうだ。マケランは出陣の準備を急げ。公子は領地に戻って、ハイウェザー公と協力して兵を集めるがよかろう」
「もちろん陛下の決定に異を唱えるつもりはございません。死んだ兵士たちの無念を思えば、私も共和国に鉄槌を下さなければ気が済みませんので」
「私もマケラン中尉と同じ気持ちです」
2人が答えると、ラッセルは満足そうにうなずいた。
「なんだそうなのか。では私に何の話があるというのだ?」
「攻めるには、まず守りを固めておく必要があります。諸侯たちは自分の領地の安全が確保されていなければ、安心して戦えませんから」
マケランが意見を言った。
「王国軍が遠征している間は、当然国内の兵力は手薄になります。共和国軍がその隙をついて逆に攻めてくるということも、大いにあり得るかと存じます」
リンクードも続けた。
「もちろんそうだ。私は国内を空にして攻め込むような愚か者ではない。国境には相当数の守備兵を配置しておく必要があるだろう」
「そのことで、私から提案があります」
マケランは言った。
「私の率いる黒蛇軍団を、再びレイシールズ城に派遣してください」
第2章の開始です。
水曜日と日曜日に更新します。




