49.黒蛇の紋章
メロディア王太后との会見を終えた翌日、マケランとピットは王城に隣接する広場で兵士たちと再会した。
「少尉ーーっ!」
「また会えましたねっ!」
「偉い人との会見、お疲れさまでした!」
別れてから1日しか経っていないにもかかわらず、兵士たちはキンキンと響き渡る声で再会の喜びを表現した。
「みんな、少尉じゃなくて中尉でしょ」
シャノンが言い直した。ここに来る前、正式に中尉昇進の辞令を王から受け取っている。
マケランが女性兵士だけの軍団の司令官になることも、すでに彼女たちは知っているはずだ。
「そうでしたね! マケラン中尉、おめでとうございますっ!」
「ぐふぉっ!」
ググが体ごとぶつかってきた。なんとか吹っ飛ばされずに踏みとどまったものの、彼女はそのまま背中に手をまわし、締め上げるように抱きついてきた。
(く、苦しい……。なんなんだ、こいつの怪力は!?)
「中尉から離れろ、変態女!」
「なに勝手なことしてんのよ!」
「死ね!」
他の兵士たちが口々に罵声を浴びせる。
「ググ、あなたはもう子どもではないのです。中尉が優しいからといって、甘えるのもたいがいにしなさい」
「ご、ごめんなさい」
シャノンが注意すると、ググはあわてて体を離した。新たに兵士長になったシャノンは、気品ある威厳を身につけたようだ。
「ハハッ、大人気じゃねえかマケラン」
空気を読まずに肩をぽんぽん叩いてきたのは、リヴェットだ。
「リヴェット? なぜ君がここにいる?」
「おまえの軍団に入るために決まってるだろ」
「俺の軍団に?」
「あたしは兵士じゃねえけど、暇だから力を貸してやるよ。よろしく頼むぜ」
(確かにこいつなら、戦力としては申し分ないな)
リヴェットは成績が悪くて士官学校を卒業できなかったが、槍術と馬術では誰もかなわなかった。力を貸してくれるなら、これほど頼もしい存在はない。
「でも兵士じゃないなら、王家から給料は出ないぞ」
「そこは……ほら、おまえがなんとかしてくれ」
どうやらマケランが自腹で彼女を雇う必要があるようだ。
(まあいいか)
「いいだろう。君にはこれから入ってくる女性兵士たちの調練を担当してもらおう」
「えー、教えるのは苦手なんだけどなあ」
「これは命令だ」
「むう、わかったよ」
命令と言うと、リヴェットは渋々とうなずいた。同期生とはいえ、今後は上司と部下の関係になるのだ。
「中尉、これから入ってくる兵士だけではなく、私たちもリヴェットさんに稽古をつけていただけるんですよね?」
確認するようにたずねてきたのは、シャノンだ。
「今後も俺の軍団で戦いたいという者がいれば、だがな」
マケランの口調から「いるはずがないが」というニュアンスを感じ取った兵士たちは、ため息をついた。
「はあ……わかってませんね」
リリアンが呆れたように言った。
「私はこれからも中尉のために戦うよ! みんなもそうだよね!」
シエンナが元気な声で呼びかけると、誰もが当然のような顔でうんうんとうなずく。
「君たち、よく考えるんだ」
マケランは言い聞かせるように言った。「これからは、今までのように城壁で守られた戦いにはならない。直接敵の攻撃にさらされるんだぞ」
「自分は兵士になった時から、戦いで死ぬ覚悟はできているであります!」
軍人らしく生真面目なルーシーが、手を上げて発言した。
「もちろんつらい戦いになるのはわかっていますし、死ぬのは怖いです。それでも私は、これからも中尉の下で戦いたいんです!」
必死に訴えるのは、兵士らしからぬ上品な顔のマイラだ。
「しかしだな――」
「御主人、諦めろよ。こいつらに何を言っても無駄だ」
今まで黙っていたピットが口を入れてきた。
マケランはピットに対しては、「おまえはどうする?」などとは聞かなかった。飼い主と離れ離れになる選択肢が、彼にあるわけがない。
(はあ……ピットの言うとおりのようだな)
マケランは兵士たちの表情を観察したが、誰もが決意をこめた目をしている。周囲に流されているだけの者はいないようだ。
それから1人ひとりに確認していくと、怪我でどうしても軍をやめざるを得ない者が4人いたが、それ以外の211人が、新しいマケランの軍団に参加することになった。
「はいはーい、アタシこんなものを描いてきました!」
ググが「ジャジャーン」と言いながら、両手をいっぱいに伸ばして大きな布を広げた。
「それは……ヘビだな」
赤と白を組み合わせた背景の前に、抽象的なヘビの絵が描かれている。真っ黒な体色のヘビだ。
鎌首をもたげて正面を向き、今にも獲物に飛びかからんとする態勢である。三角形の頭部は、このヘビが毒ヘビであることを暗示している。
「はい! 新しい軍団には紋章旗が必要になるんですよね? だからアタシがデザインしました! それがこの『黒蛇の紋章』です!」
(黒蛇……これが俺の軍団の紋章……?)
「すっごーい! かっこいいーっ!」
「うん! 私たちの軍団を象徴するにふさわしいね!」
「おおっ! それっぽいじゃねえか!」
兵士たちとリヴェットには大好評のようだ。
マケランもじっくりとその紋章を確認する。紋章の規則からは外れた自由なデザインだが、貴族が使う紋章と差別化できるのは悪くない。
「そうだな、俺も素晴らしい紋章だと思う。さすがはググだ」
「えっへん! じゃあ、ご褒美にアタシをぶん殴ってください!」
「それでは中尉、軍団の紋章も決まったところで、お言葉をいただいてもよろしいでしょうか?」
「わかった」
シャノンにうながされたマケランは、兵士たちに語りかけた。
「何の因果か、俺は女性兵士だけの軍団の司令官を務めることになった。正直まだ実感がないが、再び君たちと共に戦えることを心から光栄に思う。
今後、国中から多くの女性兵士が集まり、軍団に加わることになるだろう。だが実戦を経験しているのは君たちだけだ。軍の中核として後輩たちを導いてやってくれ」
「「はい!!」」
「おうっ!」
兵士たちとリヴェットは大声で返事をした。
「だが、これだけは覚悟してほしい。もう君たちは安らかな死を迎えることは期待できない。俺たちはそれほど過酷な戦場に投入されることになるんだ」
彼女たちの息をのむ音が聞こえた気がする。
「それでも俺は君たちに約束する」
マケランは力強い声で続けた。「たとえ戦死者が出たとしても、俺はその死を決して無駄にはしない。必ず最後には勝利をもたらしてみせる。それが『黒蛇軍団』を率いる、俺の使命だ」
「「はい!!」」
「おうっ!」
迷いのない返事だ。マケランの言葉を疑っている者は1人もいないようだ。
(簡単に死なせるつもりはないがな)
「マケラン、兵士たちへの話は終わったのか?」
今後の戦いに思いを馳せているところへ、リンクードがやってきた。
「今終わったところだ。何かあったのか? ずいぶん険しい顔だが」
「先ほどラッセル陛下が、すべての諸侯に対して指令を出した。すぐに軍を率いて王都に参集せよとのことだ」
「なに? 諸侯たちを召集して、誰と戦おうというんだ?」
「ペルテ共和国だ」
「…………」
(そうきたか……)
「今度はこちらから共和国領に侵攻するとのことだ。君たちにも指令が下ることになるだろう」




