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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦

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48.マケランの軍団

「お断りいたします」


 マケランは即答した。

 たとえ失礼であっても、はっきりとした言葉で断るべきだ。


「少しは悩んでから答えろ」


 ヒャンが不満そうな顔で文句を言った。


「理由を聞かせなさい」


 メロディアも厳しい口調で問いただした。この流れで断られるのは意外だったのだろう。


(ヤバイ未来しか見えないからですよ)


 おそらくメロディアは、ヒャンに近づこうとする者たちを牽制(けんせい)する目的で、マケランを後見人にしようと考えたのだろう。


 しかし王家の内部のゴタゴタに巻き込まれたくはない。

 マケランはメガネのフレームの位置を整えてから、まっすぐ相手の目を見て答えた。


「ヒャン様は王族と認められていないとのことですが、タイパン様の血を引いていることは事実です。そんな彼女が軍人の後見人を得れば、周囲はどう思うでしょうか?」

「なるほど……本人にその気はなくとも、王位をつかむために武力を手にしたと考える者もいるでしょうね」

「ラッセル陛下もそう考えるかもしれません」


 王はすでにヒャンを殺そうとしたことがある。彼女が軍人を味方につけたことを知れば、さらに危険視するだろう。


「あなたの言うとおりです」


 メロディアは納得したようにうなずいた。「私もいい年なので、信頼できる人間にヒャンを任せたかったのですが」


「正直なことを言えば、私はヒャン様よりも自分の心配をしています。騎士ならば危険をかえりみずに後見人を引き受けるでしょうが、私は臆病者なので、政治に関わることは極力避けたいのです」

「あなたは軍人ながら、政治的なセンスがあるようですね。そんなあなただからこそヒャンを任せたいのですが……これ以上無理を言うのはやめておきましょう」

「申し訳ありません。グラディスのことを思えば、なんとかお力になりたかったのですが」


「メロディア様、騎士ならば我の後見人を喜んで引き受けてくれるのか?」


 ヒャンが無邪気な顔で問いかけた。


「ええ、幼い王女のために戦うことは、あいつらにとって騎士道精神を発揮できる絶好の機会なのです。だからこそ、あんな奴らには任せられません」


 (さげす)むような言い方が、マケランには意外だった。

 タイパンは軍制改革によって平民にも士官になる道をひらいたが、騎士がいなくなったわけではない。

 王家は今も多くの騎士を召し抱えているのだ。


「陛下は騎士を嫌っておられるのですか?」

「ええ、あいつらは頭が悪いくせに、プライドだけは高いですからね。あなたがレイシールズ城を守り抜くことができたのも、先に騎士が全員死んでくれたからでしょう?」


 確かに城主のレックスが健在であれば、マケランは何もさせてもらえなかっただろう。

 とはいえ、「その通りです」と言うのはさすがに気がひける。


「確かに現状では、私のような平民出身の将校が、騎士と協力して戦うのは難しいと思います」

「そうでしょうとも。平民将校と騎士が同じ軍にいれば、内部分裂するに違いありません。だから騎士を除いた常備軍を新設することにします。あなたがその軍団の司令官になりなさい」

「…………」


 驚きで言葉を失った。

 マケランは将校になったばかりである。一時的に軍の総指揮を任せられることはあっても、自分の軍団を持つなどあり得ない。


「どうしました? 嬉しくないのですか?」

「えーと……私より先に士官学校を卒業した先輩たちも、まだ自分の軍団を持っていないはずですが」

「年功序列などクソくらえだ、とタイパンは言っていました。あなたには軍の象徴となる独自の旗を掲げることも認めます」

「私の独自の旗!? ひょっとしてそれは、紋章旗のことですか?」


 独自の軍旗を掲げて戦う権利を持った騎士を、旗騎士(バナレット)と呼ぶ。

 旗には紋章と呼ばれる図案を描くのが通例だが、紋章は本来貴族のためのものだ。


「ええ。騎士の真似をするのは嫌でしょうが、軍団の一体感を高めるには有効でしょう。図案は適当なものを考えなさい」


(とんでもないことになったぞ)


「私を高く評価してくださるのはとても光栄ですが、新任将校がいきなり常備軍の司令官に任命されれば、他の将校たちはどう思うでしょうか?」

「他人のやっかみを気にしているのであれば、その心配はないでしょう。うらやましいと感じる者は、ほとんどいないはずです」

「どういうことでしょうか?」

「その軍団を構成する兵士は、()()()()なのです。何人かの将校に話を持ち掛けてみましたが、誰に聞いても、そんな軍を指揮する自信はないと答えました」

「全員が女!?」

「ええ、もちろんレイシールズ城で戦った兵士たちも、その軍に参加します」


 彼女たちとこれからも一緒にいられるのは嬉しいが、簡単にうなずくわけにはいかない。


「私の軍団の任務は、後方支援が中心になるのでしょうか?」

「そんなはずがないでしょう。あなたのような優秀な軍人には、最前線で戦ってもらわねばなりません」

「ならば、女性兵士を軍団に加えることは避けたいと思います」

「なぜですか?」

「今回はやむを得ない状況でしたが、女性兵士の本来の役割は後方支援のはずです」


「それは認識が違います」


 メロディアは強い口調で否定した。「タイパンは女でも戦力になると判断したからこそ、女性兵士制度を導入したのです。それが間違いでなかったことは、あなたが証明してくれました」


「非力な女性兵士たちが結果を出せたのは、籠城戦だったからです。城壁に守られた場所からクロスボウを射ることはできても、剣や槍を持っての近接戦闘は厳しいと思います」


「我の母上は、戦鎚(せんつい)を振り回してウェアウルフたちをなぎ倒したと聞いてるぞ」


 ヒャンが誇らしげな顔で口をはさんだ。


「そのとおりです」


 メロディアはうなずいた。「タイパンはグラディスにレスリングを挑んで、いつも投げ飛ばされていました」


(タイパン様は使用人を相手に何をやっていたんだ)


 この部屋に入ってから、偉大だと思っていた先王に対するイメージが揺らいでいる。


「グラディスは例外のような気がしますが……」

「そうかもしれません。ですが軍の強さにおいて重要なのは、兵士の質よりも指揮官の能力です。あなたが指揮を執るならば、非力な女でも力を発揮するでしょう」

「せめて3分の1ほどは、男の兵士を入れてはどうでしょうか?」


 それなら男性兵士に近接戦闘をさせ、女性兵士は遠距離攻撃に徹することもできる。


「男の兵士と女の兵士が同じ軍営で生活すれば、間違いなく風紀が乱れます」

「そうでしょうか……」


 偏見のような気もするが、そうでないとも言い切れない。


「マケラン、あなたを新たに創設する女性兵士軍団の司令官に任命します。これは命令です。あとでラッセルから正式に辞令があるでしょう」


「……承知しました」


 命令と言われては、断ることはできない。

 それでもマケランには主張しておくべきことがある。


「ですが女性兵士が大きな功績を上げた場合、男と同じようにきちんと評価される必要があります」

「ああ、ラッセルがまたバカなことを言ったようですね。あれでは今後、兵士になろうとする女がいなくなります。レイシールズ城を守り抜いた兵士たちに対し、充分な褒美を与えるよう私から言っておきましょう」


(王とは比べ物にならないほど、聡明な方だ)


「ありがとうございます。彼女たちは喜ぶことでしょう。ですが先の戦いで重傷を負い、これ以上の軍務を続けることが困難な者もいます。そのような者たちには除隊を認め、今後の生活を保障してやりたいと思います」

「いいでしょう。負傷を理由に除隊する者には、生涯にわたって年金を支給します」

「ありがとうございます。それともう1つお願いがあるのですが」

「おい、さっきからずうずうしいぞ。軍人なら黙って命令に従え」


「あなたが黙りなさい」


 メロディアはヒャンを注意してから、改めてマケランに顔を向けた。「言いたいことがあるなら言っておきなさい。今後、こんな機会はあまりないでしょうから」


「はい。レイシールズ城で戦った兵士たちですが、もし除隊を望む者がいれば、負傷していなくてもそれを認めてやりたいと思うのです。国を守った彼女たちにはその資格があります」

「わかりました。除隊を望む者にはそれを認めましょう。任期中に自ら辞めるのでは年金はやれませんが、働きたい者にはきっと仕事があるでしょう。国を救った英雄である彼女たちは、引く手あまたでしょうからね。妻に欲しいと望む男もいるはずです」


「寛大な処置、感謝の申し上げようもございません」


 マケランは深々と頭を下げた。


 これでもう、彼女たちは死におびえることはなくなるのだ。

 生活手段が他にあるならば、誰が兵士として最前線で戦おうなどと考えるだろうか。


「でも彼女たちの中で、兵士をやめたいと申し出る者が何人いるでしょうね?」


 メロディアは不敵な笑みを浮かべた。

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