45.レイシールズ城防衛戦、終結
深夜、すべての共和国軍の兵士たちが城を出て、彼らの祖国がある方角へ撤退していった。
その様子をずっと見ていた当直の兵士の表現によれば、まるで夜逃げをするように出て行ったとのことだ。
夜が明けると、マケランはピットを連れて主塔の屋上へやってきた。
すでにほとんどの兵士が集まっている。顔つきは厳粛さを保っているが、誰もが興奮を抑えられないでいるようだ。
マケランに気づいたシャノンが駆け寄ってきた。左目の黒い眼帯はすっかりなじんでいる。
「ここから見る限り、四方に敵の姿はありません」
マケランはうなずくと、屋上の縁へ移動して自分の目で確認する。
城内にも城外にも、空を舞う鳥以外、動くものの姿は一切ない。
(終わったか)
安心してへたりこみそうになるが、ここで情けない姿を見せるわけにはいかない。兵士たちは指揮官の言葉を待っているのだ。
振り返ると、拳を高く突き上げて叫んだ。
「俺たちの、勝ちだ!!」
ワァッと大歓声が上がった。兵士たちは近くにいた者と抱き合いながら、喜びを爆発させる。
「勝った! 勝った!」
「私たちが、勝ったんです! すごいです!」
「300人で1万人を撃退するなんて奇跡ですよ! 歴史的な偉業です!」
彼女たちは口々に歓喜の声を上げた。
「御主人、これでもう……誰も死ななくていいんだな……」
ピットは泣きながら、マケランの腕に触れてきた。普段は生意気だが、まだ11歳の少年である。今までずっと不安だったのだろう。
(こいつにはずいぶん心配をかけたな)
「そうだなピット、当分は平和を楽しめるだろう。だが、いずれは次の戦場に向かうことになる」
「オレも一緒に行っていいのか?」
「当たり前だ」
マケランはピットの頭にぽんと手を置いた。「今までよくがんばったな。これからは、もっと飼い主らしいこともしてやろう」
「う、うん。じゃあさっそく――」
ピットは首をグルングルンと回し、期待するような目を向けてきた。
「ああ、おまえは頭よりこっちのほうが好きなんだよな」
マケランは両手でピットの首をはさみ、力強くなでてやった。
「ウヘヘッ、手が冷たいな」
そんなことを言いながらも、頬がゆるむのは抑えられていない。もちろんしっぽは、右上に向かってブンブンと跳ねている。
「あーっ、2人でイチャイチャしてずるいっ! 少尉、アタシの首もなでてください!」
ググが強引に体を入れようとしてきた。
「この変態女、少尉に近付くな!」
しかし、すぐに周りの兵士たちに止められている。
と思ったら、代わって金髪の少女が頭を突き出してきた。
「では少尉、私の頭をなでていただけませんか?」
マイラだ。
「ちょっとマイラ、真面目な顔でしれっと変なことを言わないで!」
「抜け駆けは軍規違反だよ!」
リリアンとシエンナがマイラを押さえつけている。
(俺の兵士たちは、こんなに楽しい奴らだったのか)
戦闘が続いている間は、誰もが悲壮な顔つきをしていた。
戦いが終わった今、ようやく彼女たちは年相応にはしゃぐことができているのだ。
とはいえ、ここには15歳から32歳までの兵士がそろっている。大人の兵士は、簡単に浮かれるようなことはない。
「少尉、共和国がまた攻めてくることはないでしょうか?」
シャノンが隣に立ち、問いかけてきた。
「将来のことはわからないが、当分は大丈夫だろう。問題は王国の対応だな。再び休戦協定を結ぶか、講和条約を締結して平和を確立するか、あるいは報復としてこちらから攻め込むか、それを決めるのは王だ」
「ラッセル陛下は結局、援軍を送ってくれなかったようですね」
彼女の言葉には強烈な不満がにじんでいた。マケランも同感だが、兵士たちの前で王を批判するわけにはいかない。
「陛下には陛下の考えがあるだろう。援軍が到着する前に俺たちが勝ってしまった、ということかもしれない」
「考えてみれば、すごいことですね。籠城戦においては、外部からの援軍がないと勝てないというのが常識です。その常識をくつがえしたのは、すべて少尉のお力によるものです」
「俺だけの力じゃない。君たちがいるし、民間人たちの協力もあった。これは全員の勝利だ」
「ふふっ、そうですね」
シャノンは優しい笑みを浮かべてから、兵士たちに号令をかけた。「みんな、勝利を祝して少尉に敬礼をしましょう!」
「「はい!!」」
兵士たちはマケランの前に整列した。
「私たちの偉大なる指揮官に、敬礼!」
シャノンの号令に続いて、兵士たちは一斉に左腕を上げた。脱走兵をかばうためにつけた傷跡が残る、左腕を。
こうして96日間におよぶ戦いは、防衛側の勝利という形で幕を閉じた。
翌日、勝利に沸き立つレイシールズ城を、マケランの友人たちが訪れた。花の第8期の同期生、『完璧』のリンクードと『暴風』のリヴェットだ。
マケランは兵士たちと共に、大手門前の中庭で彼らを迎えた。
「おおーっ! 無事だったかマケランっ!」
「ぐへっ!」
リヴェットが走って近づいてきたと思ったら、いきなり抱きついてきた。隣にいるピットは、驚いてポカンと口を開けている。
(くっ、相変わらずの馬鹿力だ)
リンクードはともかく、リヴェットも来ているのは予想外だった。
背が高い彼女に頭から抱きかかえられると、圧迫されて呼吸が止まりそうになる。
「あの人、少尉の同期生らしいけど、どんな関係なんだろ?」
「ずいぶん豪快な人みたいだけど、少尉と気が合うのかな?」
後ろで見ている女性兵士たちがざわついている。自分たちの指揮官に抱きつく女を見て、心穏やかではいられないようだ。
「それにしてもあの状況で勝っちまうとは! すげえな、おまえ!」
リヴェットは体を離すと、今度は肩をバンバンとたたいてきた。
「なああんた、御主人の友達なのか?」
ピットが興味深そうに話しかけた。
「おうよ! あたしは最強の女、クライトン・リヴェットだ。おまえはマケランのペットか?」
「おう、オレは最強のウェアドッグ、ハマーチルド・ピットだ」
ハマーチルドはマケランの姓である。
「リヴェット、しばらくピットと遊んでやってくれないか?」
リンクードとじっくり話がしたいマケランは、そんなことを頼んだ。
「いいぞ。おうピット、特別にあたしの馬に乗せてやるよ。こっちだ」
リヴェットはピットの体を片手で抱え上げ、走り去っていった。
「相変わらずだな、彼女は。まさに風のようだ」
リンクードが苦笑いをしながら近づいてきた。
透き通るような金髪をなびかせる正統派の美男子の登場に、兵士たちもホウッと息をついている。
「リンクード、君なら来てくれていると信じていた」
「当然だ。私たちは親友なのだから」
マケランたちは固い握手を交わした。その姿を見た兵士たちは、口々に感想を言い合っている。
「あの方、ハイウェザー家の公子様なんだって!」
「そんなすごい人が親友だなんて、やっぱり少尉はすごいよね!」
「アタシは少尉に友達がいたことが意外だよ」
(くっ、誰か失礼なことを言ってる奴がいるな。あの声はググか)
「何より、ここは我がハイウェザー家の城だ」
リンクードは手を離すと、かしこまった態度で片ひざをついた。「マケラン、レイシールズ城を共和国軍の攻撃から守り抜いてくれたこと、我が父ハイウェザー公に代わって礼を言う」
リンクードは胸に手をあて、深々と頭を下げた。
後ろで整列しているハイウェザー家の騎士たちも、主君にならって片ひざをつき、頭を下げている。
「あれは君の直属の騎士たちだな。さすがにいい面構えだ」
「すまない。本来ならハイウェザー家の全兵力で援軍に来るべきだったのに、100騎しか連れてこられなかった」
リンクードは立ち上がると、申し訳なさそうに言った。「さすがに100騎では、1万の敵に戦いを仕掛けることはできない。共和国軍が城内に入ってしまってからは、まさに手も足も出なかった」
「それでも敵の物資集積所を襲撃し、兵糧を焼いたそうじゃないか。わずか100騎でそんなことができるのは、君ぐらいだ」
「そう言ってくれるのはありがたいが、そのせいで周辺の町や村が略奪にあってしまった。私の思慮が足りなかったせいだ」
「そうなのか? 略奪は共和国では戦争犯罪に当たるのに、愚かなことをするものだ。なるほど、リザードマンたちの反戦運動が、より説得力を増したということか」
「リザードマンの反戦運動だって?」
リンクードは意外な言葉に驚いている。「それは共和国の話か? ずっとこの城にいたのに、なぜそんなことがわかる? 君の目には何が見えているんだ?」
「実は――」
マケランはメガネの位置を直してから、3人のリザードマンにペルテ共和国の首都で反戦運動をさせたことを説明した。
「国民の間に厭戦気分が広まれば、世論に敏感な大評議会は戦争の継続を認めないと考えたんだ」
説明を聞いたリンクードは、魂を抜かれたような顔になった。
「やはり勝てないな、『黒蛇』には」
しばらくすると首を振り、それだけを口にした。




