44.政治と軍人
レイシールズ城は静かだった。
共和国軍は城内に居座ったまま、もう1か月以上動きがない。攻撃を続けても犠牲が増えるだけだと判断したのだろう。
守備側にとってはありがたい話だ。兵士たちは高い士気を保ったまま、体を休めていた。
重傷を負っていたマケランも、普通に歩けるようになっている。今は自室の窓から敵軍の様子を観察しているところだ。
敵兵のほとんどは兵舎や塔に引きこもっており、見えるのは当番の兵士が城内を巡回している姿だけだ。
「表情が暗いな。かなり士気が低下しているようだ」
「そうですね」
シャノンがマケランの隣に立った。「犠牲を出したくないのはわかりますが、ずっと引きこもっていたら、兵士の士気が下がり続けるだけでしょうに」
「本国から援軍が来るのを待ってるんだろう」
「援軍が来るでしょうか? さすがにこれ以上敵が増えたら――」
「大丈夫だ」
マケランは安心させるように言った。「リザードマンたちの仕事が成功していれば、援軍は来ない」
「捕らえた3人のリザードマンに、反戦運動とやらを頼んだんだよな?」
掃き掃除をしていたピットが話に加わってきた。「オレはその場にいなかったから、くわしくは知らないけど」
「ピット君、あの時の少尉の計略にはみんな驚かされたんですよ。特に衝撃を受けていたのはグラディス兵士長で、あれ以来少尉のことをサーペンス王国の救世主とみなすようになりました」
「そうなのか? それ以前も御主人は優秀な指揮官だっただろ?」
「もちろんそうです。でもそれは軍人として優れていたということです。反戦運動を起こして世論を操作するというのは政治の領分です。軍人の頭から出てくる発想ではありません。戦場の外にまで視野を広げることは、普通の軍人にはできないんです」
「なるほど、御主人は政治の才能もあるんだな」
ピットは嬉しそうだ。飼い主が優秀なことは、ペットにとっても誇らしいことなのである。
「そんな才能は必要ない」
マケランは自嘲するように言った。「軍人が政治に関わろうとするのは、国にとって害悪とさえ言える」
「でも少尉は、政治についてずいぶん詳しいようにお見受けしますが」
シャノンの指摘に、マケランは仕方なくうなずいた。
「……まあ、責任のない立場で政治について論ずるのは、それなりに楽しいものだ。俺はペルテ共和国の政体について興味があったから、積極的に調べた。そしてあの国を動かしているのが世論であることに気付いた」
「確か共和国というのは、王がいない国という意味でしたね?」
「その通りだ。あの国は民主制を採用しているから、主権者は国民ということになる。だから戦争をする場合、政治家は国民を納得させる必要がある」
「じゃあたとえば、『サーペンス王国を攻めれば新しい領土が手に入るぞ』って国民に説明するのか?」
ピットが問いかけた。
「それで国民が納得すればいいが、難しいだろうな。侵略された側には戦う理由は必要ないが、侵略する側には大義名分が必要になる。だからペルテ共和国の政府はプロパガンダを積極的に行ったはずだ。
リザードマンたちが言っていたが、この戦争の大義は専制国家であるサーペンス王国に対し、民主主義の崇高な理念を広めることにあるらしい」
「専制ってなんだ?」
「権力者が独断で好き勝手に振る舞うことだ。
君主制の国では1人の王の意志で戦争を始められるから、共和国の国民はサーペンス王国が攻めてくることを恐れている。
だからそうなる前に、サーペンス王国の政体を民主制に変える必要がある。つまり今回の侵略行為は、自衛のための戦争という理屈になる」
「ひどい理屈ですね。民主制になったからといって、他国に侵略しなくなるということはありません。今のペルテ共和国がまさにそれを証明しています」
シャノンは憤懣やるかたないという様子だ。
「その通りだ。実は民主制の国でも専制は発生する。民主政治においては多数決によって物事を決めるが、それは多数派が好き勝手に振る舞い、少数派の意思は抑圧されるということだ。
共和国にもこの戦争に反対の立場の者はいただろうが、多数派が戦争をすると決めたら、逆らうことはできない」
「つまり多数派が戦争をやめたいと考えるようになれば、戦争をやめざるを得ないということですね?」
シャノンの言葉に、マケランはニヤリと笑ってうなずいた。
「そうだ。共和国の国民のほとんどは、サーペンス王国が悪で自分たちは正義だと思い込んでいる。そんな者たちが、実は共和国軍の方が非道なことをしていると知ったらどう思うだろうか?」
「リザードマンに対する虐待のことですね」
「敵の司令官は軍人としてはそれなりの力量を持っているが、政治を知らなかった。勝てば正義と思っていたなら、大きな間違いだ。正しく戦って勝たなければ、国民は納得しない。それが共和国の軍人に課せられた義務なんだ」
士気の上がらない敵軍の姿をながめながら、マケランは言った。
―――
「賛成161、反対286、棄権3。よって13人委員会の提出した補正予算案は否決されました」
大評議会の議長が結果を告げると、議場全体で盛大な拍手が巻き起こった。
「なんと愚かな選択だ!」
ベルナール総統は顔を真っ赤にして立ち上がった。「真に国を愛する政治家なら、目先の選挙よりも将来を見据えた判断をするべきだ! 大局的な視点に立てば、ここで戦争をやめることは――」
「総統、見苦しいですよ。すでに結果は出たのです」
議長は冷たく言い放った。「総統のやるべきことは、この益のない戦争を一刻も早く終わらせることです。それが民意です」
―――
「大評議会の奴らは何を考えているんだ!」
本国から届いた指令書を読んだアドリアンは、怒りで髪をかきむしった。
「やはり、援軍は来ないのか?」
ガルズは暗い表情でたずねた。
「来ない。それどころか、我々も首都に帰還せよとのことだ」
「そうか……やむを得ん。引き揚げるしかないな」
「くそっ、このままでは済まさんぞ! サーペンス王国が敵国である事実は変わらん! 新任将校のマケランが大軍を率いる立場になる前に、なんとかしなければ! 世論の風向きが変われば、また侵攻する機会があるはずだ!」
「そんな機会があったとしても、俺たちがそれに参加できるかどうかは怪しいな。今回の遠征の失敗により、軍人としてのキャリアは大きく傷ついてしまった」
「ぐぬぬ……おおおおおっ!」
アドリアンは悔しさを抑えることができず、絶叫した。
アドリアンもガルズも理解していなかった。すでに軍人としてのキャリアが傷ついた、では済まない事態に陥っていることを。
彼らにはリザードマン虐待、さらには民間人虐殺の容疑で、裁判にかけられる運命が待っているのである。




