43.民主主義国家の急所
「すぐに援軍を送るべきだ! ここで戦いをやめれば死んだ兵士たちが浮かばれねえし、今まで費やした戦費も無駄になるだろうが!」
これはウェアウルフのシュリンガー委員の意見。
「もう認めなさい! 遠征軍は失敗したの! 知能も獣並みだと、損切りができないの?」
これはフェアリーのピピ委員。
「ピピ殿、口を慎みたまえ。議論が白熱するのは結構だが、罵詈雑言はよくない。我々は国民の代表であることを忘れないでくれ」
冷静なのは魔王ウルガン。
「シュリンガーさんの言う通り、一刻も早く援軍を送るべきです。もちろん2万もの大軍をすぐに編成するのは難しいでしょうが」
と、人間のオリヴィエ委員。
「じゃあ兵糧だけでも先に送ろうよう。兵士たちがお腹をすかせたらかわいそうだからねえ」
これは巨人のロンガー委員だ。
「兵糧だけ送るというわけにはいきません。輸送隊にはかなりの人数の護衛兵をつける必要があります。物資集積所を襲撃した者たちが近くにいるわけですから」
人間のディアーヌ委員。
「総統、これ以上の兵士を動員するには、予算が足りないのではありませんの?」
議論の趨勢が援軍派遣に傾きかけたところで、エルフのサレンティア委員が確認した。
「その通りだ」
ベルナールは渋い顔でうなずいた。「すでに予備費も使い切っている。政府予算の範囲内では、これ以上の兵士の動員はできない」
「ということは、補正予算を組む必要がありますわね。そしてその予算案を、大評議会に承認してもらわなければなりませんわ」
「ではすぐに補正予算を組みましょう」
オリヴィエが前のめりになって言った。「援軍派遣に反対する評議員など、いるはずがありません。これは専制政治によって国民を苦しめるサーペンス王国に、偉大なる民主主義を広めるための正義の戦争であり――」
ドンッ!
誰かが拳を叩きつけ、円卓が激しく揺れた。
「正義の戦争ですって!? あなたは本気でそう思っているのですか? ペルテ共和国はサーペンス王国よりも国民を苦しめていないと、自信をもって言えるのですか?」
語気を強めてオリヴィエを詰問したのは、リザードマン族のジャクリーヌ委員だ。その目は怒りに燃え上がっている。
「そ、それはそうでしょう。世襲の王が権力を握り続けるサーペンス王国とは違い、我が国の主権者は国民です。だからこそ、国民のための政治が行われるのです」
「その国民の中には、リザードマンも含まれているのかしら?」
「もちろんですよ。ジャクリーヌさんも8種族協和の理念をご存じでしょう?」
「わしもその理念を信じておったのだがな」
苦虫を嚙み潰したような顔で発言したのは、ドワーフ族のブブダラ委員だ。「どうやらそれは勘違いだったようだ。戦場というのは、狂気に支配されている場所なのかもしれん」
「どういう意味だ?」
ベルナールは首をかしげる。
「まさに今日、戦場から戻ってきた者たちがデモ行進を行っている」
ブブダラは会議室の窓の向こうを指差した。「あんたも街に出て、直接国民の声を聞いてきたらどうだ? そうすれば何が起こっているかわかるだろう」
―――
「政府が唱える8種族協和の理念は嘘だったトカ!」
「レイシールズ城の戦いではリザードマンがひどい差別を受けていたカゲ! 無謀なハシゴ登りをさせられ、死ぬことを強制されていたカゲ!」
「サーペンス王国軍の指揮官の方が、よっぽど人道的だったゲト!」
3人のリザードマンを先頭に、500人を超える集団が首都アウリーフの街路をデモ行進している。
レイシールズ城で一時的に捕虜になっていたフィリップ、ジェレミー、トテチテタの3人は除隊を許された後、帰国して首都へやってきた。
そしてマケランの指示に従い、反戦運動を始めたのである。
「国民を守るべき軍隊が、そのような非道な行為をしていたとは許しがたいことです! 偉大なるムーズは、リザードマンに対する差別を決して許さないでしょう!」
リザードマン保護協会の会員たちもデモに参加していた。種族の壁を越えて集まった、人権意識の高い者たちだ。
彼らはめいめいに、「リザードマンへの差別をやめろ」と書かれたプラカードを掲げている。
「彼らが言っていることは本当だ! わしらもこの目で見た!」
戦場から戻ってきたドワーフたちも行進に加わり、3人のリザードマンを支持する。
「そして遠征軍の悪事はそれだけじゃない! 奴らは周辺の村で略奪を行ったのだ! 抵抗する男は殺し、女は犯した! もちろん相手は民間人だ!」
沿道の住民たちは、その事実に強い衝撃を受けた。
「正義の軍隊であるはずの共和国軍が、罪のない民間人を虐殺しただと!?」
「軍は犯罪組織なのか!」
「責任者はどこにいるの? すぐに処罰して!」
首都で平和に暮らす住民たちは、これまで政府の発表以外に戦争の実態を知る手段がなかった。
しかし今、戦場から帰ってきた者たちが事実を伝えた。この戦争の大義をゆるがす事実だ。
「13人委員会は国民を無視して、サーペンス王国への侵攻を自分たちだけで決めたトカ!」
リザードマンたちの糾弾の対象は、政府にも及んだ。
「共和国軍は休戦協定を一方的に破って、卑劣な奇襲で1500人の敵兵を皆殺しにしたんだカゲ!」
「そうすることを決定したのは軍ではなく、13人委員会なんだゲト!」
それを聞いた住民たちの怒りは、さらに燃え上がる。
「共和国の方から休戦を破って侵攻しただと!? これは王国が仕掛けてきた戦争じゃなかったのかよ!」
「政府は都合の悪い情報を隠していたのね!」
「ベルナールの野郎が、また国民をだましやがったのか!」
人々の間で、この戦争に対する疑問の声が高まっていった。
選挙権を有する首都の住民の支持がなければ、戦争を継続することはできない。予算議決権を持つ評議員たちは、有権者の声を無視できないからだ。
マケランはそのことを熟知していた。
だからこそ、世論という民主主義国家の急所を攻撃したのである。




