42.13人委員会
アドリアンとガルズは、壁を登るウェアウルフたちが次々と殺されていく光景を、信じられない思いでながめていた。
強力な爪を使った外壁登攀は、過去に例のない斬新な戦術のはずだ。
にもかかわらず、まるで予見されていたかのように迎撃されているのだ。
「マケランにはすべてを見透かされているのか……! 奴を仕留めきれなかったのが、やはり痛恨の失敗だった……!」
部下に支えられて立つガルズは、悔しそうにつぶやいた。
「失敗と言うが、我々はすでに城内を制圧し、残すは主塔だけになっているんだぞ?」
アドリアンは納得がいかない。「もう勝負はついたも同然のはずだ。なぜ奴らは戦い続けられるんだ?」
城壁を越えられ、多くの兵士を殺され、唯一の指揮官が重傷を負わされた。絶望して心が折れるのが当然ではないか。
「アドリアン司令官、これは……ダメだ」
ガルズは力なく地面にへたりこんだ。
「お、おい、大丈夫か? やはり無理をせずベッドで休んでいるべきだったんだ」
「いや、体は大丈夫だ。心が萎えてしまったのだ」
「何を腑抜けたことを言っている。我々は圧倒的に優勢ではないか。このまま攻め続けていれば――」
「何年攻め続けようが無理だ。感じないのか? 主塔を覆っている異常な闘気を。敵の兵士たちは誰1人死を怖れていない。誰1人負けると思っていない。誰1人指揮官の力を疑っていない。こんな守備兵を相手にしては、どんな大軍で攻めようと、どんな強力な攻城兵器を使おうと、攻め落とすことは不可能だ」
ガルズの言葉に、アドリアンは唇をかんだ。口には出さないが、彼も同じように感じていたのである。
「……だからといって、ここで諦めるわけにはいかん」
それでもアドリアンは、毅然として言い返す。「私たちは負けるわけにはいかないのだ。ここで諦めたら、今までやってきたことが無駄になる」
「このまま攻め続けても犠牲が増えるだけだぞ」
「いくら犠牲を出そうとも、ここでマケランを殺しておかねばならん。奴を生かしておけば、将来のペルテ共和国が危険にさらされる。政治家たちにも同じ危機感を抱いてもらおう」
「本国に増援を求めるのか?」
「そうだ」
屈辱である。1万人もの大軍を与えられていながら、わずか300人の城を落とせずに援軍を求めるのでは、軍人としてのキャリアは大きく傷つくだろう。
それでも共和国の未来のために、やらねばならない。
「すぐに本国へ向けて早馬を送る。援軍は最低でも2万は送ってもらう。そして総司令官として、ドレキア夫人を派遣してくれるように要請する」
「ドレキア夫人を!?」
「あのクソババアでなければマケランの相手にはならない」
ガルズはウーンとうなってから、覚悟を決めたようにうなずいた。
「わかった、こうなったら俺も最後まで付き合おう。あんたの諦めの悪さは、さすがに人間族だな」
アドリアンはニヤリと笑った。
「人間には強力な爪も牙もない。だが諦めの悪さこそが、人間の最大の武器だ」
―――
ペルテ共和国の最高意思決定機関は、首都アウリーフでの選挙で選ばれた450人の評議員からなる「大評議会」である。
そして国家元首である「総統」は、評議員の中から選出される。
現在の総統は人間族のベルナールだ。4年前に38歳の若さで総統に選出されて以来、8つの種族が共生する国を無難に統治している。
官邸でアドリアンからの増援要請を受け取ったベルナールは、すぐに「13人委員会」を招集した。
13人委員会は国の行政を担う機関であり、総統もその一員だ。
「アドリアンからの書状には目を通してくれたな? 私としては彼の要請に応え、2万人の援軍を派遣しようと考えている。諸君の意見は?」
ベルナールは円卓を囲む委員たちを見回して問いかけた。
委員の顔ぶれは実に多彩だ。天をつくような巨人もいれば、小鳥ほどの大きさの妖精もいる。13人の委員には、各種族から必ず1人以上を入れなければならないという規定があるためだ。
「総統の考えに賛成します」
そう答えたのは人間のオリヴィエ委員だ。彼はベルナールの腹心である。「議論するまでもありません。勝つために援軍が必要なのであれば、派遣するべきです。遠征軍が何を得ることもなく撤退するようなことがあれば、国民の反発は必至です」
「オラもそう思うよう。援軍には巨人族の兵士を派遣してもいいよう」
のんびりした声で同意したのは、巨人族のロンガー委員だ。体が大きすぎて、1人で円卓の4分の1のスペースを占有している。
巨人の身長は人間の3倍はあり、パワーだけならウェアウルフをもはるかに上回る。その代わり、動きは鈍重だ。
「あたしは反対よ。勝ち目がないんなら、とっとと引き揚げさせなさい。もちろんドレキア夫人が総司令官なんて論外よ。あのババアに任せたら、あたしたちの命令を無視して勝手に戦火を拡大するに決まってるわ」
円卓の上をちょこまかと飛び回りながら不機嫌そうに意見を述べたのは、フェアリー族のピピ委員である。
フェアリーは巨人とは対照的に、手のひらサイズの大きさだ。背中の羽を使って飛翔できるが、あまり高く飛ぶことはできない。
「そのとおりだ。速攻でレイシールズ城を落とせなかった時点で、作戦は失敗しているのだ。無駄に戦争を長引かせて、国民に負担をかけるわけにはいかぬ」
悪魔族の魔王ウルガンもピピに同意した。
彼の裸の上半身は漆黒の毛に覆われ、頭には羊のツノ、背中にはコウモリの翼が生えている。そして瞼のないギョロリとした目は、視線だけで人を殺せそうなほどの凶悪な光を放っていた。
「外見に似合わず、穏当な意見ですな」
オリヴィエが皮肉るように言った。「魔王殿は我々の中で唯一、サーペンス王国への侵攻に反対していましたが、民主主義の理念を広めることが、そんなに嫌なのですか?」
「民主主義は君たち人間が考えた素晴らしいシステムだ。私もその考え方を広めることに異論はない」
ウルガンは落ち着いた口調で言い返した。「しかし軍事力によって他国に強制することが正しいかどうかは、慎重に判断せねばならない。人間も悪魔も神ではないのだから、常に正しい選択をするわけではないのだ。戦争という重大事をわずか13人で決めたことこそが、民主主義に反していたのではないか。国民投票を行うか、せめて大評議会の議決が必要だったと思う」
「そんな大っぴらなことをしていれば、サーペンス王国に防衛の備えをされていた」
ベルナールが反論した。「我々だけで秘密裏に決めたからこそ奇襲が成功し、騎士が率いる1500人の兵力を壊滅させることができたのだ。それはウルガン殿もわかっているだろう」
13人委員会の会議の内容は、本来なら議事録として公開されるが、今回は軍事機密を理由に情報を制限している。
共和国が一方的に休戦を破棄して攻め込んだことも国民には知らせておらず、先に仕掛けてきたのは王国の方だと政府は発表していた。
歯に衣着せぬ言い方をすれば、国民をだましていることになる。それもウルガンがこの戦争に反対する理由だ。
「そんな卑怯なことをすると国民が知っていれば、きっとこの戦争に反対していたと思う。我々はマスメディアに対しても厳重な報道規制をかけているが、自由な報道こそが民主主義の条件であることを思い出してほしい」
「ウルガン委員、もう戦争は始まっているのです」
人間のディアーヌ委員が異議を唱えた。「ならば勝つことを第一に考えなければなりません。もはやこの戦争の是非を議論する段階ではないのです」
「……君の言うとおりだ」
ウルガンは諦めたようにうなずいた。「わかった、では建設的な話をしよう。アドリアン司令官によれば、これ以上の王国領への侵攻は諦め、レイシールズ城を落とすことに力を注ぐべきとのことだが」
「そもそも1万人もの兵力を与えられていながら、女性兵士が300人しかいない城を落とせないとはどういうことですの? 希少な魔法使いまで殺されるなんて」
上品な口調で遠征軍を批判したのは、エルフ族のサレンティア委員だ。見た目は若い美女だが、その年齢は2000歳を超える。
とがった耳が特徴のエルフ族は、異常なほど長命な種族なのである。
「アドリアンによれば、敵の指揮官のマケランという男が強すぎるのだそうだ」
ベルナール総統が答えた。
「俺もガルズから報告を受けてるぜ」
ウェアウルフ族のシュリンガー委員が荒っぽい口調で続ける。「マケランは将来のペルテ共和国にとって脅威になるから、今のうちに殺さなきゃならんってな」
「将軍たちは自分の無能をごまかすため、敵を過大に評価しているのではありませんの?」
サレンティアはやはり手厳しい。
「マケランは騎士ではなく、士官学校を出ているそうです。体力に劣る女性兵士を強力な戦力に仕立て上げたことといい、魔法使いを殺した手際といい、非凡な指揮官であることは確かでしょう」
ディアーヌが語気を強めて言い返す。「戦場から遠い安全な場所にいる私たちよりも、現場の軍人の意見を尊重するべきだと思いますが」
それから13人の委員たちは援軍派遣の是非について、喧々諤々の議論を繰り広げた。




