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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦

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41.不落

 レイシールズ城の主塔(キープ)は城郭の中心部に位置し、その高さは20メートルを超える。まさに「最後の砦」と呼ぶにふさわしい威容だ。


 だが実際の籠城戦において、守備側が主塔にこもって最後まで抵抗することは滅多にない。攻撃側に城壁を越えられた時点で、守備兵は戦意を喪失するのが普通だからだ。


 しかしレイシールズ城の女性兵士たちの戦意は、まったく衰えていなかった。


「仲間を殺された恨み、晴らさせてもらうわ!」

「ここが共和国軍(おまえら)の地獄だよっ!」

黒蛇(こくじゃ)の兵士の力を思い知りなさい!」

「ヒャッハーッ! 死ねえええッ!」


 近付く者はすべて殺すとばかりに屋上から、そして壁に穿(うが)たれた射眼(しゃがん)から豪雨のごとく矢を降らせる。

 共和国軍の兵士たちは、まったく近づくことができなかった。




―――




 城内に入ったアドリアンは、後方から自軍の苦戦を見ていた。


「なんなんだ、これは! 追い詰められて降伏するかと思いきや、狂ったように攻撃が激しくなってるぞ」


「やはりマケランが健在なのだ」


 重傷のガルズはその隣で、部下に支えられて立っている。「それにしても、この絶望的な状況で兵士の戦意をさらに高めるとは、いったいどんな魔法を使ったのか……」


「反対にこちらの兵士たちは、完全に気が抜けているな。どいつもこいつも自分の身を危険にさらさずに、勝利の果実を得ることしか考えておらん」

「一度勝ったと思ってしまった兵士に、再び闘志を取り戻させることは難しいだろうな」


「こちらが圧倒的に有利なのは間違いないのだが……」


 アドリアンはあごに手をあて、主塔を見つめながらじっと考え込む。そしてしばらくすると、ニヤリと笑みを浮かべた。「いいことを思いついた。破城槌(はじょうつい)を使おう」


 ドワーフたちは帰国してしまったが、置き土産として1基の破城槌を残していっている。


「破城槌は以前に失敗しているだろう」

「そうだ。あの時は屋根にフックをかけてひっくり返されてしまった。だから今回は、フックを下ろせる窓のない場所に破城槌を設置するのだ。もちろん屋上からでは遠すぎて、フックを操作することはできない」

「1階部分に城門はないが、どこを破壊するのだ?」


「あの主塔の形状を見ろ。四角形で構成されているだろう?」


 アドリアンは得意げに説明する。「四角形の主塔は、構造的に角の部分が衝撃に弱い。あれでは破城槌で壊してくださいと言っているようなものだ」


「なるほど、確かにそうだ」

「我がペルテ共和国では四角形の主塔の弱点に気づいていて、とっくに多角形や円筒形に切り替えている。それに比べてここはずいぶん時代遅れだ。所詮は騎士が造った建造物だな」

「さすがにあんたの戦術知識はたいしたものだ。司令官に任命されるだけのことはある」

「ふっ、これはマケランでも防ぎようがない。破城槌を見て、あわてふためくことになるだろうな」




―――




 重傷を負っているマケランは、さすがに動き回ることは控えて、自室から指示を出している。

 敵が破城槌を持ち出したことを知ったマケランは、動じることなく民間人の男たちを呼んだ。


「君たちに頼みがある」

「なんなりと言ってくだせえ!」


 マケランの指示を聞いた男たちは、屋上にやってきた。

 そこには共和国軍の奇襲を受けて殺された、レイシールズ城の元城主レックスの巨大な石像があった。

 着任初日、マケランが掃除をするように命じられた石像である。


「主塔は城壁よりもはるかに高い。高いということは、上から物を落とした時の衝撃も大きいということだ」


 これがマケランの説明である。

 男たちは力を合わせて、石像を破城槌の真上に来るように移動させた。力仕事は男の得意分野だ。


「俺たちも活躍して、マケランさんに名前を覚えてもらうぞ!」

「「おうっ!!」」


 男たちは屋上の縁から、レックスの石像をエイヤッと押し出す。


「共和国軍よ、サー・レックスの怒りを思い知れ!」


 石像はグラリと傾き、地上へ落ちていく。

 そして激しい衝突音と共に、石像は破城槌の屋根を直撃した。


 破城槌は完全に破壊された。

 もちろんレックスの石像も粉々になった。




―――




「どうなってるんだ!? また破城槌が破壊されたぞ!?」


 アドリアンは髪をかきむしった。


「案ずるな。まだ俺には秘策がある」


 ガルズが自信ありげに言った。


「秘策だと?」

「外壁を登って、屋上から侵入するのだ」

「近づくことさえできないのに、どうやって外壁を登るというんだ?」

「四角形の主塔には必ず死角が存在する。少人数なら見つからずに近づくことができるはずだ。外壁に張り付いてしまえば、射眼からは矢でねらえない」

「ハシゴの高さがまるで足りないが」


「ハシゴなど使う必要はない」


 ガルズは自身の爪をむき出し、アドリアンに見せつけた。「ウェアウルフの強力な爪なら、クライミングの要領で外壁を登ることが可能だ」


「爪で外壁を登るだと!?」


 アドリアンは驚き、目を大きく見開いた。「いや……不可能ではない! 外壁は滑らかな平面ではなく、爪をひっかけられる凹凸が無数にある!」


「うむ、これは俺がずっと胸に秘めていたとっておきの戦術だ。戦史にも例がないので、マケランとて見抜けるはずがない」

「もちろんだとも! こんな奇抜な戦術を思いつく奴は、おまえぐらいだ!」


 これなら間違いなく敵の不意をつけると、ガルズとアドリアンは確信した。




―――




 マケランは自室にシャノンを呼び出した。


「ウェアウルフが爪を使って壁を登ってくるはずだ。場所はこことここ、それからここだ」


 当然のように言いながら、テーブルの上に広げられた主塔の平面図に印をつけていく。

 横で見ているピットは首をかしげた。


「御主人、なんでその場所から登ってくるってわかるんだ?」


「今印をつけた場所は、守備側からは死角になっているからだ。壁に張り付かれてしまえば、角度がないので矢でねらうこともできない。

 この主塔は四角形の組み合わせで構成されているから、どうしても死角になる部分が存在するんだ。ペルテ共和国ではずっと前から四角形の主塔の弱点に気付いていて、すでに円筒形や多角形の主塔に切り替えているらしい」


「少尉の知識には、いつもながら感服いたします」


 シャノンが賛辞を送った。「ですが爪で外壁を登るなどという戦史に例のない戦術を、共和国軍が思いつくでしょうか?」


「俺は身をもって体験したが、ウェアウルフの爪は非常に強力だ。強力な武器を持っている者は、その武器をどうやって活用するかを毎日のように考えている。だからきっと思いつくはずだ。

 戦史に前例がないのは、ウェアウルフが城塞を攻めるという特殊な状況が今までなかったからに過ぎない。

 ウェアウルフ族がペルテ共和国の国民になって戦争に参加するようになってから、まだ30年も経っていないんだ」


「ウェアウルフが毎日のように考えて編み出した戦術を、少尉はすぐに見破ったわけですか」


「そうだ。わかっていれば対処は難しくない。屋上から石を落とせばいい。

 ただし南西側だけは壁面の突起物が邪魔になるから、5階の礼拝室に応急の出窓を設置し、そこからクロスボウで狙い撃つ。

 出窓の設置作業は危険だからググにやらせろ」


「御主人の目には、この平面図が立体的に見えているんだな」


 ピットは誇らしげに言った。

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