4.凶報
城を出た部隊が全滅したという報告を聞いたマケランたちは、急いで大手門前の中庭にやってきた。
すでに大勢の女性兵士が集まっていて、騒然としている。
そしてその中心には、もう季節は冬になろうとしているにもかかわらず、半袖シャツとハーフパンツの少年がいた。
いや、よく見ると普通の子どもではない。
顔立ちは人間の男の子だが、無造作に伸ばした薄緑色の髪の上には、犬のような耳がぴょこんと突き出ている。
ひじから手首にかけても柔らかそうな毛がびっしりと生えていて、ハーフパンツのおしりの部分からは、キツネのようなふっさりとしたしっぽが飛び出ていた。
(あれは……ウェアドッグだな)
ウェアドッグはウェアウルフの亜種で、狼よりも犬に近い性質を持っている。
狼に近い見た目のウェアウルフとは異なり、ウェアドッグの顔立ちは人間とほとんど変わらない。一説によれば、人間が好きすぎて人間に近い姿に進化したと言われている。
人間の従順なペットになるため、亜人種の中では例外的に、サーペンス王国内で生活することを認められている種族だ。
「模擬戦に出かけた部隊が全滅したことを知らせてくれたのは、犬くんなんです」
「犬くん?」
先ほど急報を届けた女性兵士の説明に、マケランは首をかしげた。
「あのウェアドッグの少年のことです」
副兵士長のシャノンが説明した。「狩りで獲物を見つけるのが得意なので、サー・レックスがこの城に置いていたんです。でも特定の飼い主はおらず、誰も名前を付けようとしないので、みんな犬と呼んでました」
ちゃんとした名前をつけてやれよと思うが、他にも気になる言葉があった。
「模擬戦とはどういうことだ? サー・レックスたちは国境の視察に行ったんじゃなかったのか?」
「騎士様がそんな真面目に仕事をするわけがないさ」
兵士長のグラディスがバカにした口調で言った。「あいつらが城の外に出るのは狩りか模擬戦か、近くの町で女遊びをする時だけだ」
(最前線の城だというのに、ずいぶん規律が乱れているな)
だからこそ、王家から派遣されたマケランを厄介者扱いしていたのかもしれない。
「少尉、詳しい話を聞いてみましょう」
シャノンにうながされ、マケランはウェアドッグの少年のところへ向かった。
「おい犬、部隊が全滅したとはどういうことだ? 詳しく聞かせろ」
グラディスは少年の前に立つと、強引に問いただした。
「またかよ。さっきから何度も同じ話をしてるんだぞ」
少年はグラディスの迫力に負けずに言い返す。つり気味の目がクリっとしていてかわいいが、外見に反してずいぶんと気が強そうだ。
「あたしたちはまだ聞いてない。もう1度話せ」
「ちぇっ……わかったよ」
少年は不満そうに舌打ちをしてから、話し始めた。「あいつらが模擬戦を行う場所に行くと、共和国の兵士たちが現れた。ヤツらは周囲の森に潜んでたんだ」
それから彼は詳しい顛末を語った。サー・レックスはウェアウルフに頭を握りつぶされ、それ以外の兵士たちは魔法使いの炎で焼き殺されたらしい。
(とんでもないことになったな)
マケランの背筋に冷たい汗が流れた。1万人いるという共和国軍は、じきにここへやってくるだろう。300人の女性兵士しかいない状況では、とても抵抗できない。
「あなたはどうして無事だったのですか?」
シャノンの問いかけに対し、少年はぶっきらぼうに答える。
「走って逃げてきたからに決まってるだろ。飼い主でもない人間と一緒に死んでやる義理はないからな。言っておくが、オレは道中であいつらに警告したんだぞ。この先で知らない人間たちのニオイがするから警戒しろって言ったのに、無視するからこんなことになったんだ」
「サー・レックスたちも、まさか共和国軍が襲ってくるとは思わなかったんだろう」
グラディスは顔に怒りをみなぎらせている。「それにしても休戦を一方的に破って不意打ちを仕掛けるとは卑劣な奴らだ! このままでは済ませない!」
「兵士長、このままでは済ませないって……もちろん逃げるんですよね?」
近くにいた女性兵士の1人が、不安そうにたずねた。
「何言ってやがる! 戦うに決まってんだろ!」
その勇ましい言葉に、兵士たちが大きくどよめく。
「無茶ですよ! ここには女の兵士しか残ってないんですよ!」
「相手は1万人の大軍です! そのうえ魔法使いまでいるんじゃ、勝ち目はありません!」
「こんな城は放棄して逃げましょう!」
兵士たちは泣き顔で、口々に言い返した。
「1度も戦おうとせずに逃げれば、敵前逃亡とみなされて処罰されます! 私たちがなんのためにここにいるのか、思い出しなさい!」
さっきまで名家の令嬢のようにおしとやかな態度だったシャノンは、表情が一変していた。さすがは副兵士長だ。
だが兵士たちは納得しない。
「だって私たちはもともと戦力として期待されてないじゃありませんか!」
兵士の言うことはもっともだ、とマケランは思う。
女性兵士の任務は後方支援であり、戦闘に参加することは期待されていない。逃げたとしても、罪に問われることはないかもしれない。
(だが将校である俺が逃げれば、きっと死刑だろうな)
「逃げるなんて言う奴は、この場であたしが叩っ斬ってやる!」
グラディスが怒鳴りつけた。「たとえ勝てなくても、あたしたちがここで敵を食い止めて時間を稼げば、その間に味方は戦力を整えることができる! それならここで死んだとしても、その死は決して無駄じゃない! あたしたちの任務は国を守ることだろうが! サーペンス王国軍の兵士の誇りはどうした!」
グラディスの愛国心あふれる言葉にマケランは驚いた。
(国を守るため? さっきは仕方なく兵士になったようなことを言っていたが……)
庶民は自分が生まれた町や村には愛着を感じていても、国家に帰属しているという意識は持っていないのが普通だ。国を守るために死ぬ、などという発想が出てくるのは普通ではない。
「でも兵士長、騎士様はみんな死んじゃったので、私たちには指揮官がいません!」
「指揮官ならここにおられる!」
グラディスはマケランの手をとって兵士たちの前に引っぱり出した。
(な!?)
「この方はマケラン少尉だ! 先月士官学校を卒業して、将校の資格を得られた方だ!」
「私たちにとって幸運なことに、少尉はついさっきこの城にやってこられたのです」
シャノンも続けた。「さあみんな、新しい指揮官の下で、一致団結して戦いましょう!」
しかし、やはり兵士たちは納得できないようだ。
「士官学校を出たといっても、実戦の経験はないんでしょ?」
1人の女性兵士がマケランを見て、蔑むように言った。「こんな頼りなさそうな男に、戦闘の指揮なんてできるとは思えないわ。まあ見た目は悪くないから女の相手をするのは得意かもしれないけど、非常事態だからって私たちを好きにできると思ったら大間違いよ」
グラディスはその兵士の前に移動し、腰に差した剣を素早く抜き放った。
「この非常時に、兵士が指揮官を侮辱することは死に値する」
女性兵士の頭が、ゴロンと地面に転がった。




