表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒蛇の紋章 ~『黒蛇』と呼ばれた将校の戦記~  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/136

39.黒蛇復活

 共和国軍は多くの犠牲者を出しながらも、レイシールズ城のほとんどを制圧した。

 残っているのは中央に立つ主塔(キープ)だけだ。もはや勝負はついたと言っていいだろう。


 勝利の功労者であるガルズは、負傷者用の天幕に運び込まれていた。

 城壁の上から地面に落下したにもかかわらず、一命をとりとめたのだ。今は全身を包帯で覆われ、ベッドに横たわっている。


「信じられないぐらい頑丈な体だな。よくもまあ、あの高さから落ちて生きていたものだ」


 見舞いに訪れたアドリアンは、呆れたように言った。


「うむ、しっかりと受け身をとったからな」


 言葉もしっかりしている。


「ハハッ、まるで冗談のようにしか聞こえんな」

「味方はすでに城内に入っているのか?」

「そうだ。残っているのは主塔だけだ。これはおまえとウェアウルフたちの功績だ」

「マケランはどうなった?」

「主塔に運び込まれたようだ。おそらく死んではいない」


「むう……そうか……」


 ガルズは無念そうだ。「奴にとどめを刺すことができなかったのは俺の失態だ。命知らずな女兵士に邪魔をされてしまったのだ。あの女、まさか俺の肉をかみちぎるとは」


「心配はいらん、もう城は落ちたも同然だ。明朝、残った主塔に総攻撃をかける。それでこの攻城戦も終わりだ」

「そうか、俺も近くで最後の戦いを見届けさせてもらおう」

「好きにしろ」


 マケランを仕留めそこなったとはいえ、彼らは勝利を疑っていなかった。




―――




 マケランはベッドの上で目を覚ました。周囲は真っ暗で何も見えないが、ここが自分の部屋であることはわかった。


(俺は、生きているのか?)


 手足はなんとか動かせるが、起き上がるのは難しそうだ。


(熱い)


 爪でえぐりとられた胸の傷は、痛いというよりも熱かった。まるで焼きごてを押し付けられているようだ。


「苦しいのか?」


 横から心配そうな少年の声が聞こえた。


「ピットか?」

「うん」

「戦いはどうなった?」

「城壁は放棄して、みんな主塔に避難した。夜になってウェアウルフは引き揚げていったけど、代わりに人間の兵士が城内に入ってきてる。主塔(ここ)の周りは敵だらけだ」

「味方の被害は?」

「戦死者が84人で、重傷者が29人」


(なんてことだ……)


「グラディスはどうなった?」

「最後まで壁上に残って戦ってたそうだ」

「……そうか」


(俺を助けるために、死んだのか……)


 泣きたい気分だが、もちろんグラディスはそんなことを望んではいない。

 彼女はマケランが勝利をもたらしてくれると信じて、その身を犠牲にしたのだ。


「ピット、明かりをつけろ」

「わかった」


 ピットはサイドテーブルの上のランプに火を灯したが、自分は明かりの死角になる位置に移動した。


「どうした? 顔を見せてくれ」

「イヤだ」

「なぜだ?」


「泣いてる顔を……見られたくないからだよっ!」


 ピットは震え声で叫んだ。


「オレがどれだけ怖かったと思ってるんだよっ! 会いに行きたいけど戦闘中は主塔(ここ)から出るなって命令されてるし! 何もわからず待ってるのがどれだけつらいかわかってんのかっ! やっと戻ってきたと思ったら血だらけで意識がないし! このまま御主人が死んじゃったらって思ったら、オレは、オレは……!」


「すまん」


 マケランはそれ以上何も言えなかった。

 自分の体に目を向けると、上半身が包帯でぐるぐる巻きにされていた。


鎖帷子(くさりかたびら)がズタズタに引き裂かれてたんだ。ウェアウルフの爪って、やっぱりすごいんだな」


 ピットは感情を押し殺すようにして説明した。「司祭が言うには、安静にしていれば1か月後には歩けるようになるらしいぞ」


(冗談じゃない)


 マケランは上体を起こそうとしたが、激痛で気を失いそうになり、再びベッドに倒れこんだ。


「おい動くなよ!」


 ピットが怒声を上げた。


「問題ない」

「問題ないわけないだろ! 頼むから寝ててくれ! 無理して傷口が開いたらどうするんだ! まだ動くのは危険なんだよ!」


「動かないほうがよっぽど危険なんだ。敵は明朝にも総攻撃をかけてくる。そんな時に指揮官がずっと寝ていたら、戦いにならない」


 マケランは諭すように言った。「そして主塔(ここ)が落とされれば、間違いなく俺たちは皆殺しになる」


「ウー、じゃ、じゃあせめて今夜はゆっくり休めよ。明日の朝になって、少しは体調がよくなってれば――」


「それじゃ遅い、今動かないとダメだ」


 マケランは痛みをこらえ、強引に上体を起こした。「今ごろ兵士たちは絶望して戦意を失っているはずだ。勇気を取り戻させるには、今すぐ指揮官が元気な姿を見せ、実はそれほど重傷ではなかったことを示す必要がある」


「いや、重傷なんだよ。そんな弱った姿を見たら、みんな余計不安になるぞ」

「弱った姿は見せない。俺は兵士たちの前ではずっと虚勢を張ってきた。これからもそうするつもりだ。さあ、俺のメガネはどこだ? ――いや、それよりもワインだ。ワインを飲ませろ」

「そんな体で酒を飲んで大丈夫なのか?」

「今こそ酒が必要な時だ」


 ピットはもう反論しなかった。戸棚からボトルを持ってくると、サイドテーブルに置いたグラスに薄い琥珀(こはく)色の液体を注いだ。


(ん? 琥珀色?)


「ウー、なんかすごいニオイがするな」

「なんだ、その酒は? ワインじゃないな」

「よくわからないけど、シングルモルトウイスキーって書いてある」

「ウイスキーがここにあったのか」

「サー・レックスは一番強い酒だって言ってた。よくわからないけど、強いのはいいことだよな。飲めばきっと元気になる。オレが飲ませてやるよ」


 ピットはグラスをマケランの口元に近づけた。

 薬品のような磯の香りが鼻をくすぐってくる。


(この独特のスモーキーさは、イーラック島産のウイスキーだな)


 ピットはマケランの口に琥珀色の液体を流し込んだ。

 アルコールの強さにむせ返りそうになるが、なんとかこらえる。今むせ返るのは非常によくない。


「うまいな。そして力強い」


 強烈な煙り臭さの中に、ほのかな柑橘(かんきつ)系の甘さが感じられる。

 ピットは水のようにグイグイと飲ませてくるが、マケランはそれをすべて受け入れた。


「どうだ、元気になったか?」

「なった」


 嘘ではない。アルコールが血中をめぐるにつれ、傷の痛みが薄れていく。

 頭もクリアになってきた。ウイスキーが覚醒の酒と言われるのもうなずける。


 そして体の奥からわきあがってくるのは、闘志だ。

 大勢の仲間の死は悲しいことだが、今は嘆いている場合ではない。


「確かに顔色がよくなったな」

「ああ、もう大丈夫だ。――ピット、おまえに命令だ」


 命令と言われて、ピットの目が輝いた。


「おう、何をすればいいんだ?」

「残っているすべての兵士を大広間に集めろ。今すぐにだ」

「わかった!」


 ピットは走って部屋を飛び出していった。


(さあ、ここからが勝負だ。見ていろよ、グラディス)


 マケランはサイドテーブルに置いてあったメガネをかけた。

 そして顔を横に向ける。あの窓の向こうには彼の大事な84人の兵士を殺し、レイシールズ城の大部分を占領した者たちがいるのだ。


「共和国軍よ、黒蛇の本当の恐ろしさを教えてやる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ