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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦

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37/99

37.決死

「メアリーの死を無駄にするな! ここは絶対に守るぞ! 俺も一緒に戦う!」



 地上で戦況を見守っていたガルズは、並外れた聴力によって城壁の上の声を聞き取った。


「そこにいたか! マケラン!」


 女たちの声の中に混じる、唯一の男の声。マケランに違いない。

 ガルズは全速力で北側の城壁前まで走ると、自らハシゴを登り始めた。


(ひたすら速く! とにかく速く!)


 武器も防具も身に着けず、身軽な体で登っていく。

 時間を与えれば、マケランは自分が狙われていることに気付いてしまう。


 マケランの指揮能力は、やはり並外れていた。突然のウェアウルフの猛攻に最初はとまどっていたようだが、今では対応され始めている。このままハシゴ登りを続けても、味方の犠牲が増えるだけだろう。


(だが、マケランさえ仕留めれば!)


 ガルズは先に登っている兵士を踏み台にして乗り越えながら、強引にハシゴを駆け上がる。

 自分が死地に向かって突き進んでいることは理解している。たとえマケランを討ち取ることができたとしても、生きて戻ることは難しいだろう。


(それでも構わぬ。祖国のためなら俺の命など安いものだ)


 矢の雨が降り注ぐ中、ただひたすらハシゴを登る。

 体に幾本もの矢が突き刺さるが、闘志が充満しているため痛みは感じない。


 最後の一歩は、ハシゴを蹴って跳躍した。


 ドスンッ!


 ついにガルズは壁上に降り立った。


「キャアアアアッ!」


 ひときわ大きなウェアウルフの姿を見て、周りの女たちが悲鳴をあげた。


「下がれ! こいつは俺が相手をする!」


 勇ましい声と共に、黒いサーコート姿の男が駆け寄ってきた。


(こいつがマケランだな!)


 細身でメガネをかけていて、一見学者のようにも見えるが、まとっている空気は完全に軍人だ。胸に光る階級章が、将校としての地位を示しているのだろう。


 そんなことを考えている間に、マケランは一瞬で距離を詰めて剣を突き出してきた。


(くっ、速い!)


 予想以上に鋭い剣筋だ。他のウェアウルフであれば突き殺されていただろう。


 ガルズは素早く床を蹴って剣をかわした。

 ――と思ったが、剣は肩に突き刺さっている。予想以上にマケランの剣が速い。


(だが、急所でなければ問題ない!)


「ゴアアァァッ!! 俺は共和国軍のガルズだ! マケランよ、その命もらったーっ!」


 ガルズは嵐のような咆哮(ほうこう)と共に、鋭い爪を相手の肩口に振り下ろした。

 サーコートの下には鎖帷子(くさりかたびら)を着込んでいるようだが、そんなものでウェアウルフの強力な爪は防げない。


 ガルズの爪は、マケランの胸を大きく引き裂いた。




―――




 肩から腹にかけて、大きく肉を削り取られた。


(ねらいは俺だったのか)


 目の前のウェアウルフのしてやったりという表情を見て、マケランは悟った。


(俺が……ここで死ぬわけにはいかない)


 追撃をかわすためなんとか距離をとろうとするが、足に力が入らない。たまらず、ひざをつく。


「とどめだ!」


 ガルズが再び鋭い爪を振りかざした。


「させないっ!!」


 そこへ1人の女性兵士が駆けつけてきて、マケランを守るように立ちふさがった。


「邪魔をするな!」


 ガルズはその兵士を手で振り払った。体格差を考えれば、それだけで吹っ飛ばされるだろうと思われた。

 しかし兵士は剣は取り落としたものの、その場に踏みとどまっている。


「少尉は私が守るっ!」


 なんと兵士はガルズに組みつき、その首筋にガブリとかみついた。人間がウェアウルフにかみつくなど、前代未聞の光景だろう。


(なんて気迫だ……! そこまでして俺を守ろうとするのか……!)


 マケランはその兵士に加勢しようとするが、立ち上がることができない。意識ももうろうとしてきた。


「早く少尉を城内に運べ!」


 グラディスの声がした。非常事態を察し、駆けつけてきたようだ。


(唯一の指揮官である俺が現場を離れるわけには……!)


「待て! 俺はこの場に残る!」


 と言おうとして口をパクパクさせるが、声が出てこない。


「くっ……この女……ぐあっ!」


 兵士にかみつかれているガルズが、たまらず苦悶の声を上げた。硬くて分厚いウェアウルフの皮膚を傷つけるとは、驚くべき咬筋(こうきん)力だ。


 しかしガルズの腕力も度外れている。兵士の肩をつかむと、強引に引きはがした。

 それでも兵士は歯を離さなかったため、ガルズは肉を食いちぎられた。毛むくじゃらの首から、勢いよく鮮血が噴き出す。


「ぐむう……指揮官を守ろうとするその気迫、見事なり! だが、ここまでだ!」


 ガルズはその兵士の頭に鋭い爪を振り下ろす。


 ガシュッ!


 兵士の顔の右半分が消失した。


「はあ……、はあ……、マケラン様……」


 驚くべきことに、それでも兵士は倒れない。さすがのガルズも恐怖を感じたのか、動きを止めている。


「やあああああっ!!」


 ググが走ってきて、ガルズに体当たりを敢行した。体重では大きく劣る彼女でも、速度が加われば大きな衝撃が生まれる。


「ウォッ!? き、貴様っ!」


 ガルズは城壁のきわまで押し込まれ、胸壁に足がかかった。その後ろには何もない。

 ググのねらいは、ガルズを地面に突き落とすことだ。


「くっ! マケランにとどめを刺すまでは、俺は死なぬ!」


 ガルズは必死に体勢を立て直そうともがく。ググはそうはさせまいと相手の腰に手をまわし、腰を落として組みつく。


「これが怒涛(どとう)の寄り身っ!」


 ググは激しく体を揺らしながら、ガルズを空中へ押し出そうとする。自分も一緒に落ちようとする勢いだ。


「ぬうっ、貴様も指揮官を助けるために自ら犠牲となるか!」


 ガルズは感嘆の言葉をもらしたが、ググに悲壮感はない。子どものように無邪気な笑顔を浮かべている。


(あいつ、死ぬ気か……!)


 マケランはググを怒鳴りつけたかったが、やはり声が出ない。


「ググのことなら、放っておいてください」


 マケランの隣でひざをついたのは、グラディスだ。

 彼女はググには目もくれず、自分のマントを使って即席の担架(たんか)をつくり始めた。マケランを運ぶためだろう。


「どっこい……しょおっ!」


 ググは躊躇なく自分の体を預け、ガルズと組み合ったまま地上に落下していった。


(ググーっ!)


 ――と思いきや、落ちたのはガルズだけだ。ググは相手の大きな腹を蹴って、その反動で胸壁の上に飛び乗ったのだ。


「あーあ、また死ねなかったかー」


 彼女しか言わないであろうセリフだ。


(なるほど……あいつのことは心配するだけ無駄か)


 安心したとたん、体が強烈に痛み出した。


「少尉、しっかりしてください!」

「そんな! 出血が多すぎる!」


 兵士たちのあわてふためく声が聞こえる。

 痛い。熱い。現実感がない。意識がもうろうとして、自分がどこにいるのかわからなくなる。


 見えるのは、澄み切った青空だ。いつの間にか、担架の上で仰向けに寝かされていた。


(俺がここを離れるわけには……)


 しかし気力だけではどうしようもない。


「ここまでだ! 城壁を放棄し、主塔(キープ)へ撤退しろ!」


 グラディスが大声で指示を出した。「早く少尉を運べ! シャノン、少尉を頼む!」


「わかりました!」


 いつの間にかシャノンも近くに来ていたようだ。「兵士長はどうされますか?」


「あたしはここに残る!」

「だめだグラディス……おまえも撤退しろ……」


 ようやく声が出た。


「少尉、誰かがここに残って敵を食い止めなければ、主塔にまで侵入されます!」


(ああ……いまいましいことに、まったくその通りだ)


「兵士長! 私も残ります!」

「なんとしても、ここで敵を食い止めましょう!」

「少尉や仲間たちを助けるために死ぬなら、本望です!」


 兵士たちが次々に声をあげた。


「よく言った! ではおまえらも、あたしと共に死んでくれ! 国のために死んでくれ!」


(ダメだ! 俺が生きるために戦えと言ったのを忘れたのか!)


 そう言いたいのだが、口からはヒューヒューと息がもれるだけだ。マケランは指一本動かせないまま、担架に乗せられて運ばれていった。


 もはや考える力もなく、ゆっくりと目を閉じる。

 きれいな青空だけが、目に残った。

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