36.ウェアウルフの猛攻
共和国軍による猛攻が始まった。
壁上に立つマケランの眼下では、狼の頭部をもつウェアウルフの兵士たちが続々とハシゴを登ってきている。
ウェアウルフは身体能力が非常に高く、勇気もある種族だ。
体に矢が刺さっても、石をぶつけられても、ひるまずに登ってくるその迫力は、リザードマンとは段違いだ。
人間の兵士による地上からの援護射撃も激しい。なんとしても城を落とすという共和国軍の強い意志が、ひしひしと感じられた。
(ついに本気で攻めて来たか……)
犠牲をいとわない力攻めは、マケランがもっとも恐れていた事態だ。こうなると人数の少ない守備側は苦しい。
魔法使いを倒して楽観的な気分になりかけていた兵士たちは、突然の猛攻にとまどっていた。
「怖れるな!」
マケランは声を張り上げ、兵士たちを叱咤激励する。「ウェアウルフは無敵じゃない! 矢が刺されば死ぬ! 高いところから落ちても死ぬ! ここが地獄だということをあいつらに教えてやれ!」
「「はいっ!!」」
兵士たちはマケランの指揮に従い、クロスボウで迎撃する。
しかし数でも体力でも劣る味方は、徐々に押されていった。
(まずいな、兵力が足りない)
リザードマンの時と比べてハシゴの数が多く、守るべき拠点が多い。
今回は民間人の男たちも石を運んだり、負傷者の治療を行ったりして防戦に協力してくれているが、それでも手が足りなかった。
マケランも自ら剣を振って戦っている状況である。矢の雨をかいくぐって登ってきた敵兵に対しては、近接武器で対応する必要があるからだ。
「セイッ!」
胸壁に手をかけた敵兵の脳天を剣で突き刺す。ウェアウルフはうめき声をあげることもできず、12メートルの高さから地上に落下していった。
マケランにとって人を殺したのは初めての経験だが、そんな感慨にひたっている余裕もない。
「オラァ! サーペンス王国をなめんな犬ども!」
こんな時、もっとも頼りになるのはグラディスだ。特製の戦鎚を振り回し、登ってきたウェアウルフを次々と叩き落としている。
マケランとグラディスは、屈強なウェアウルフが相手でも近接戦闘で戦える強さを持っていた。
そして、そんな力を持つ兵士がもう1人いる。
「イィヤッホーッ!」
この危機的状況で実に楽しそうに戦っているのは、ググだ。彼女には自己判断で、手薄なところを援護しながら戦うように指示してある。
胸壁の上で宙返りをしたり、ハシゴを降りていってウェアウルフの頭に剣をぶっ刺したり、ずいぶんと無茶な戦い方だ。
あまりにも目立つので地上からの射撃の標的になっているのだが、なぜか彼女には矢が当たらない。
(あいつは死神に嫌われてるんじゃないのか?)
ググなら何をやっても死なないような気がする。
だが、他の兵士はそうではない。
「副兵士長っ!」
悲鳴が聞こえた方向に目を向けると、シャノンの左目に矢が突き刺さっているのが見えた。
マケランはあわてて駆け寄る。
「シャノン! 下がって治療を受けろ!」
「いえ、私がここを離れるわけにはいきません!」
意外にも力強い声が返ってきた。だが、どう考えても戦闘を継続できる状態ではない。
「そんな重傷で何を言ってるんだ!」
「大丈夫です。矢は脳には達していないと思います」
シャノンはためらうことなく、自らの手で矢を引き抜いた。矢じりに眼球がついてきた。
(彼女は常識人だと思っていたが……)
空洞になった左目から血を流しながらも、いつもの微笑を浮かべている姿に、背筋が寒くなる。
シャノンも実戦を経験し、歴戦という言葉がふさわしい軍人に成長したようだ。
いや、ヘビのごとく「脱皮した」と表現するべきかもしれない。
「無茶をするものだ」
「問題ありません。それより少尉、北側の防御が崩れかかっています!」
シャノンは片目を失ったにもかかわらず、冷静に戦況を把握していた。
「わかった、ここは任せたぞ!」
シャノンの状態が心配だが、今は構っている余裕が無い。マケランは北側の城壁に向かって走った。
現場に到着すると、1人のウェアウルフがまさに胸壁を乗り越え、歩廊に降り立ったところだった。
(まずい!)
ウェアウルフは近くにいた兵士の脳天に右腕を振り下ろす。
兵士は悲鳴をあげる間もなく、頭頂から顎まで鋭い爪で引き裂かれた。脳漿と血液が飛び散り、小さな顔は消失した。
「いやあああっ‼ メアリーっ!」
絹を裂くような女性兵士たちの絶叫が響き渡った。メアリーと呼ばれた兵士は倒れ伏し、ピクリとも動かない。
(くっ! 守れなかった!)
ついに戦死者が出た。1人も犠牲者を出さないのは無理だとわかっていたが、それでもショックが大きい。
「うおおおおっ!」
マケランはメアリーを殺したウェアウルフに突進し、その胸を剣で貫いた。
「ガアッ!」
断末魔の叫びをあげるウェアウルフを城外に蹴り落とし、呆然としている兵士たちに喝を入れる。
「メアリーの死を無駄にするな! ここは絶対に守るぞ! 俺も一緒に戦う!」
「は、はいっ!」
気持ちが萎えかかっていた兵士たちは、マケランの声に励まされて勇気を取り戻したようだ。
それからも各所でギリギリの戦いが繰り広げられたが、女性兵士たちは勇気をもって戦い、なんとか踏みとどまっていた。
しかし敵の戦意も並外れている。多くの戦死者を出しているにもかかわらず、ウェアウルフたちは仲間の屍を踏み越えてハシゴを登ってくるのだ。
(どうやら兵力を温存するのはやめたようだな。どれだけの犠牲を出そうとも城を落とす覚悟か)
強力なウェアウルフの兵士たちは、王国領へ侵攻するための切り札のはずだ。
それなのに犠牲を覚悟で強引に攻めてきたということは、侵攻よりもレイシールズ城を落とすことを優先したということだろう。
マケランはそう判断した。
敵の攻撃目標がレイシールズ城ではなく自分であるとは、さすがの彼も思い至らなかった。




