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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦

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35.ガルズの覚悟

 共和国軍は多くの兵糧を失った。残りは2週間分しかない。

 アドリアンは対応をせまられた。


「至急兵糧を送るよう本国に伝令を送った」


 ガルズの報告だ。「だが、この戦争に反対する政治家どもが、予算がどうのと難癖をつけるかもしれぬ。2週間以内に届くとはとても期待できんな」


 アドリアンはうなずいた。


「兵糧は我々でなんとかしよう。近くの町や村で略奪を行う」


 略奪は敵地で物資を調達する手段として、昔から普通に行われてきたことだ。


「うむ、それがいいだろう。反対する将校もいるだろうが」


 しかしペルテ共和国においては事情が異なる。たとえ他国民であっても、民間人に対する攻撃は禁じられているのである。


 アドリアンが将校たちを集めて略奪を行うことを告げると、


「司令官、それは法律に違反する行為です」


 予想通り、将校の1人が異を唱えた。他の者たちも同意するようにうなずいている。


「その法律をつくった政治家どもは戦争の現実を知らんのだ」


 アドリアンは教え諭すように言った。「戦場には戦場のルールがあり、きれいごとだけでは勝てない。そもそもサーペンス王国の騎士どもは、自国民に対してすら平気で略奪を行ってきたではないか。なぜ我々だけが、お行儀よく戦わねばならんのだ」


「我が国はサーペンス王国とは違います。この戦争の大義は、時代遅れの専制国家であるサーペンス王国に対し、崇高な民主主義の理念を広めることにあります。私たちが民間人に危害を加えるのは、その大義に反しています」


(小賢しいことを言いやがる)


 政府はこの戦争の大義について美辞麗句で飾り立てているが、その実態は紛うことなく、領土を得るための侵略戦争である。将校たちがそれを理解していないことに腹が立つ。


「それに近辺の町や村は、この後の制覇行で我が国の領土となるはずです」


 さらに別の将校が発言した。「となればそこに暮らす者たちは共和国の国民になるのですから、略奪を行って憎悪を買うことは避けるべきだと思いますが」


(なにがこの後の制覇行だ! レイシールズ城を落とさねばそれもできんだろうが! こいつは現状をわかっておらんのか!)


 アドリアンが反論しようとしたところで、


「現状では略奪を行うしか手がない」


 ガルズが断固たる口調で告げた。「そうせねば兵士を飢えさせることになる。つまらぬ道徳に縛られている場合ではないぞ」


 その言葉に力を得たアドリアンは、有無を言わせぬ口調で将校たちに告げた。


「明朝、略奪を開始する。これは決定事項だ」




 共和国軍は各地の町や村に兵士を派遣し、略奪を行った。

 すると興奮した兵士たちは、指揮官に命じられた以上のことを行った。


 食糧を奪うだけではなく、民家に押し入って金目の物を持ち出し、さらには若い女を見かけては犯したのだ。抵抗する者は容赦なく殺した。


 報告を聞いたアドリアンは眉をひそめたが、略奪をすると決めた以上、こうなることも予想はしていた。

 それでも規律を守るため、命令違反を犯した兵士には減給処分を下さざるを得なかった。もちろん勝手に持ち出した金品は没収した。


 アドリアンはガルズを呼び出し、今後のことを相談する。


「とりあえず、これで食糧の心配はなくなった。兵士たちの不安も解消されただろう」


 アドリアンがそう言うと、ガルズは深刻な顔で首を振った。


「処罰された兵士は不満を持ったし、そうでない兵士は共和国軍が非道な略奪を行ったことに失望している。明らかに士気は下がっているな。ドワーフたちは、もうこんな戦いには付き合いきれんと言って、帰国の準備を始めている」

「くっ……どいつもこいつも勝手なことを!」


 ドワーフの技術者たちがいなくなれば、力攻めで城を落とすしかなくなる。しかしこの後の王国領への侵攻を考えると、兵力の損失は避けねばならない。


「これ以上の王国領への進軍は、あきらめたほうがよいかもしれぬな」


 ガルズが意外なことを言った。


「なにを言っている? 我々の任務は王国の領土を奪うことだろう。あわよくば王都スネークデンを攻め落とすことまで期待されているんだぞ」

「こんな小さな城さえ落とせぬのに、どうやって王都を落とすと?」

「む……」

「今の俺たちには、領土を奪うよりも大事なことがある」

「なんだ、それは?」

「マケランを殺すことだ」

「なんだと?」


「たった300人の女兵士しかいない城など、すぐに落ちると俺たちは思っていた。しかしまったく落ちる気配がないどころか、魔法使いまで殺されてしまった。これはすべてマケランの力によるものだろう。

 いつか奴が大軍を率いて攻めてきたらどうなるか、想像してみるがいい。ペルテ共和国の将来のために、今ここで始末しておく必要があるのだ」


 アドリアンは想像して鳥肌が立った。

 わずか300人の女性兵士を率いてこれほどの強さを示すマケランが、大軍を率いて共和国に侵攻してきたとすれば、誰が止められるだろうか。


「優秀な指揮官が何よりも脅威ということか。だがマケランを殺すなら、やはりレイシールズ城を落とさねばならんぞ」

「そうだ。だからこれ以上の侵攻はあきらめ、兵力の損失を気にせず、レイシールズ城を落とすことだけを目標とするのだ」


 アドリアンは渋い顔になった。多くの兵を失った上に戦果がレイシールズ城だけでは、司令官として責任を問われるだろう。


「この遠征は、すでに想定外の事態になっているのだ」


 ガルズは噛んで含めるように説明する。


「13人委員会がわずか1万の兵力で王国領に侵攻することを決めたのは、相手が騎士だと思っていたからだ。騎士が率いる軍なら、どれほどの大軍でも俺たちは負けない。だがマケランのような将校たちが、すでに一軍を率いる立場になっているなら、1万人ではとても足りぬ。我が軍の物資集積所を襲ったのも、おそらく士官学校を出た将校だろう。騎士にできる芸当ではないからな」


「士官学校を出た者たちの中でも、マケランは別格だと思うが」

「もちろんそうだろう。だからマケランを仕留めることで、今回の遠征は成功とするしかない。1人の優秀な指揮官は、領土よりも価値があるのだ」


 アドリアンの眉間のしわが、これ以上ないほど深くなった。


「たくさんの兵士を死なせました、魔法使いも殺されました、領土は奪えませんでした、でも敵の指揮官を1人殺したので功績を認めてください。

 そんな報告ができるわけがないだろう! 私とおまえはともかく、政治家どもはマケランの恐ろしさを知らんのだ」


「むう……確かにな」


 ガルズもうなずかざるを得ない。「ではせめて、ウェアウルフの兵士だけでハシゴ登りをすることを認めてくれ。この俺の手でマケランを討ち取ってくる。人間の兵士の被害がないなら、人間第一主義のベルナール総統は言いくるめられるはずだ」


「おまえ自らハシゴを登ると!? 危険すぎるぞ!」


「危険は承知だ」


 ガルズは鋭い爪をむき出して、アドリアンに見せつけた。「死ぬ覚悟を決めたウェアウルフの強さを、マケランに教えてやる」

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