33.遠隔殺人のトリック
城壁を覆いつくしていた燃焼菌が、一斉に消滅した。
術者のルイが死んだということだ。
女性兵士と民間人たちは手を取り合い、歓喜の声を上げた。
(うまくいったか)
マケランも歓喜の輪に加わりながら、ホッと胸をなで下ろしていた。
成功するとは思っていたが、人間の考えることに絶対はない。魔法使いがこちらの想定通りに動いてくれないことも、充分にあり得た。
しかし魔法使いは策にはまり、ムーズの絵を燃やそうとして自滅した。
以前にピットに対して、指揮官にもっとも重要な資質は運だと言ったことがあるが、これでマケランも名将と呼ばれる資格を得たのかもしれない。
ただしマケラン以外の者たちは、運がよかったから成功したとは思わなかった。黒蛇が考えた計略であるからには、100パーセントうまくいくと信じていたようだ。
つまりマケランがどのように考えてその計略を実行したのかを、理解しているわけではない。
説明を求められたマケランは、主だった者たちを自室に招いた。
兵士からはグラディスとシャノンと6人の小隊長。民間人からは家令と司祭とフレッドの3人だ。
彼らはピットが並べた椅子に座り、学生のような態度でマケランの解説を待った。
「計略といっても複雑なものじゃない。蛇神ムーズの絵が描かれた板を敵の坑道のルート上に設置し、その板の手前に木炭の山を積み上げておいた。やったのはそれだけだ」
マケランは机の上で手を組みながら、集まった者たちに向かって説明した。
「つまり魔法使いはムーズ様の絵と一緒に、大量の木炭も燃やしてしまったのですね」
そう確認したのは司祭だ。ムーズの絵を利用したことについて苦言を呈されるかと思ったが、少なくともその表情から不満の色はうかがえない。
「もし木炭があるとわかってりゃ、火をつけるようなバカなことはしなかったでしょうね。木炭を燃やすなら、外でやらなきゃいけないってのが常識でさあ」
フレッドが言った。
「それでも屋内で木炭を燃やしたい場合は、充分な換気が必要です」
グラディスが補足した。
「そのとおりだ」
マケランはうなずいた。「ドワーフたちも換気には気を使っていただろうが、坑道の中では限界がある。燃焼に必要な空気が不足した場所で木炭を燃やせば不完全燃焼を起こし、有毒な気体が発生するんだ。吸った者たちはすぐに意識を失っただろう」
「御主人がムーズの絵の下に挑発的な文章を書いたのは、魔法使いを怒らせるためだったんだな」
マケランの隣に立つピットも、しっかりと話についてきている。
「そうだ。ルイはプライドが高く、キレやすい性格だ。特に自分の魔法をバカにされることは絶対に許せない。だからムーズの絵は移動させたり叩き壊したりするのではなく、魔法によって燃やさねばならなかったんだ」
マケランの言葉に、シャノンは首をかしげている。
「なぜ少尉はルイの性格を知っておられたのですか? リザードマンたちもそこまでは話していませんでしたが」
「共和国軍が火攻めを仕掛けてきた日、ググがルイを挑発していたのを覚えているか?」
「はい。後で無茶をするなと厳しく叱っておきました」
「あの時ググは、ルイの魔法を侮辱したんだ。すると、それまで戦いに興味がなさそうに突っ立っていたルイは激高し、矢にあたるおそれがあるのに城壁に近付いてきた。それで俺は、奴は魔法をバカにされるとキレることがわかった。危険を冒してまでも突っ込んでくるほどにな」
「おっしゃるとおりです……! だからあの挑発的な文章で、坑内で火の魔法を使うことの危険性を顧みないほど激高してしまったのですね」
シャノンは感嘆するように言った。
「そしてルイはムーズの絵を燃やすことにまったく抵抗がない。なぜなら魔法使いはムーズを信仰していないからだ。ムーズと敵対する龍神ビケイロンの配下の精霊と契約しているのだから、当然だ」
これには誰もがうなずいた。
「少尉は初めから、魔法使いは怖くないと言っておられましたね」
グラディスが指摘した。
(あれは虚勢を張っていた、というのが実情に近いんだが……)
「その通りだ」
マケランはメガネを指でクイっと持ち上げ、自信たっぷりに答えた。「ルイは火属性の魔法しか使えないことがわかっていたからな。火の魔法は野戦では強力だが、城壁で守られた城を攻撃するには向いていない」
「ですがその後、燃焼菌で城壁が覆いつくされることになりました。その……予想外だったのではないですか?」
家令が遠慮がちにたずねた。
(そうだよなあ)
「そのとおりです。魔法を過度に恐れる必要はないですが、あなどってもいけないということです」
マケランはゴホンとせきばらいをしてから、家令の言葉を認めた。「ただ、魔法使いは怖くないと言ったのにはもう一つ理由があります」
「それは?」
「魔法使いは魔法しか使わないから、怖くないのです」
意味がわからないのか、一同は首をかしげている。
「俺が怖いと思う敵は、状況に応じて臨機応変な対応をしてくる敵です」
マケランは解説する。「問題に対処するやり方は押すことが正解のこともあれば、引くことが正解のこともあります。何もしないことが最善の場合もあるでしょう。でも魔法使いは、どんな問題も魔法を使って解決しようとします。だから行動を読みやすいのです」
地中にムーズの絵が埋まっていたことに対して、対処する方法はいくつもあった。
絵を移動させることもできたし、迂回して別のルートから坑道を掘り進めることもできた。一番いいのは、何もせずに城壁が焼け落ちるのを待つことだったろう。
しかしルイは魔法という強力な武器を持っているからこそ、それを使うことしか頭になかったのだ。
「なるほど、その通りです」
家令は納得したようにうなずいた。他の者たちも同様だ。
「あたしは確信しました」
グラディスが改まった口調で言った。「少尉の智謀はまさに蛇のごとしです。指揮能力についても、これまでの戦いで群を抜いていることがわかっています。つまりは最高の軍事指揮官です。『黒蛇のマケラン』がいる限り、サーペンス王国はいずれ世界を制することになるでしょう」
「せ、世界!? いや、今はこの防衛戦に勝つこと以外、考える余裕はないが……」
「少尉はこのような小さな戦いで収まる器ではありません!」
グラディスは立ち上がり、マケランの前に進み出て片ひざをついた。「どうかそのお力で、サーペンス王国を唯一無二の覇権国たらしめてください!」
(覇権国ときたか……。野心的な王族以外に、そんなことを言う者がいたとは)
ただの下士官の頭から出る発想ではない。愛国心が強い、という言葉ではとても説明できない。
(グラディスはどんな環境で育ってきたんだろうか?)
他の者たちはグラディスの言葉が理解できないのか、キョトンとしている。
当然だろう。今は生き残ること以外を考える余裕はないのだ。
それでもマケランが最高の軍事指揮官である、という部分だけは理解できたようだ。
ピット以外の者たちはグラディスにならい、その場で片ひざをついて頭を下げた。
自分たちの指揮官に対する敬意と信頼が、体からあふれていた。




