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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦

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31.坑道戦

「おい御主人、2人を連れてきたぞ!」


 マケランが坑道の入り口で待っていると、ピットが走ってやってきた。その後ろにはグラディスとシャノンがいる。


「よし」

「それだけか?」


 ピットは不満そうに頬をふくらませた。

 マケランはふうっとため息をついてから、改めて褒めてやる。


「よくやった、おかげで助かった」

「へへっ、そうだよな」


 調子に乗ったピットは、グイっと頭を突き出してきた。


(やれやれ)


 ガシガシと頭をなでてやると、ピットのしっぽは右方向に大きく振れた。


「おい、おまえら、何をニヤニヤしている」


 マケランはグラディスとシャノンを問い詰めた。


「ハハッ、少尉は優しい飼い主だなって思っただけですよ」

「ピット君が幸せそうで何よりです」


「まったく……」


 マケランは苦笑しながら、自分に向かって突き出されたもう1つの頭に目をやった。「……で、君は何をやってるんだ?」


 オレンジ色のポニーテールは、ググの頭だ。彼女はマケランたちを坑内(こうない)に案内するため、ここにいるのである。


「アタシもなでてもらえるかな、と思いまして」

「そんなことをする理由がない」

「じゃあ殴ってください」

「意味がわからん。とっとと坑道を案内しろ」

「むー。わかりました、こちらです」


 ググは地面にぽっかりと空いた坑道の入り口へと足を向けた。


(ちょっと冷たい対応だったかな)


 気がとがめたマケランは、彼女の背中に向かって声をかける。


「君は俺の命令に従って戦闘には参加せず、ずっと坑道掘りを手伝っていた。その功績は、決して他の兵士たちに劣らない」


 指揮官の意外な言葉に、ググは歩みを止めた。


「男たちに混じって力仕事をするのは大変だったはずだ。しかし君は一度も疲れた様子を見せなかったそうだな。

 男たちは君に感謝していたぞ。『ググちゃんがいると、暗い穴の中が太陽のように明るかった。たくさんの元気をもらった』とな。 

 こんなに早く坑道が完成したのはきっと君のおかげだ。よく頑張ったな」


「少尉……!」


 くるりと振り向いたググの目は、うるんでいる。「アタシは褒められてうれしいと思うことはめったにないのに、今の言葉は胸に響きました。これが恋ですか?」


「違うから、とっとと案内しろ」




 マケランたちはググに先導され、暗い坑内を奥へと進んでいく。


「足元に気をつけてくださいね」


 ところどころにランプが置いてあるものの、目が暗さに慣れるまでは慎重に歩いたほうがよさそうだ。


 それでも坑内は充分な高さがあるため、腰をかがめる必要はない。

 一定間隔ごとに支柱が建てられ、天井と左右の壁も木材でしっかりと補強されていた。


(完璧な仕事だな)


 マケランは感心した。女性兵士たちが戦っている間、非戦闘員の男たちはつらい掘削(くっさく)作業を文句一つ言わずに続けていたのだ。

 やがて坑道は行き止まりになり、そこで数人の男たちが待っていた。


「マケランさん、指示された地点まで無事に掘り終わりやしたよ」


 薄暗い坑道内にフレッドの声が響く。この辺りはもう城壁の外側だ。


「ご苦労だった。君たちのすばらしい仕事ぶりに感謝する」

「なあに、人間だってドワーフに負けてられませんや」

「ドワーフたちが坑道を掘っている気配は感じるか?」

「耳をすましてください」


 一同は口を閉じ、辺りの音に耳をすます。土壁の向こうのどこかから、かすかな物音が聞こえるような気がする。


 フレッドは地面に置いてある桶を指し示した。桶は北、東、南の3か所に置いてあり、それぞれに水が張ってある。敵の坑道の位置を知るため、マケランが置かせたものだ。


 東の壁際に置かれた桶の水が、振動によって不規則に揺らいでいた。つまり、ドワーフたちは東からここに向かって掘り進んでいるということだ。


「少尉の読み通りでしたね。さすがです」


 グラディスが称賛した。


「まあ当然だな」


 ピットが偉そうに胸をそらした。


「敵の坑道とつながったら、硫黄(いおう)を燃やして煙を送り込むんでしたね?」


 フレッドの言葉に、マケランはうなずく。


「そのつもりだ。硫黄を燃やすと有毒なガスが発生するからな」

「硫黄って、そんなヤバいもんだったんすね」

「硫黄自体にさほどの毒性はないが、火をつけると刺激臭の強い気体が発生し、吸い込むと呼吸器系に深刻な障害が――」

「よくわかりませんが、魔法みたいなもんすか?」


 マケランの言い方がまだるっこしかったのか、フレッドがさえぎった。


「いや、これは魔法じゃなく化学の領域だ。化学は錬金術とも呼ばれ、魔法のようなものと勘違いされることもあるが――」


 そこまで話したところで、マケランの脳内で小さな光が点滅した。


(魔法……化学……、そうか、それなら……)


 突然黙り込んだマケランに対し、一同は怪訝(けげん)な顔だ。


「少尉、どうなさい――」

「シッ。御主人が考えてる。静かにしろ」


 心配して声をかけようとしたシャノンを、ピットが口に人差し指をあてて止めた。


(火攻めの時、ルイはやる気がなさそうに見えた。それなのに突然危険を冒して城壁に近づいてきた。ググに挑発されたからだ。あの時ググは何を言った?)


 熟考するマケランを、一同は静かに見守る。


(1人の人間が使える魔法の属性は1つだけ。つまりルイは火の魔法しか使えない。ならば……)


 それからさらに10分ほど経ってから、マケランはゆっくりと口を開いた。


「城壁を覆いつくす燃焼菌を、なんとかする方法を思いついた」

「本当ですか!?」

「ああ。――グラディス、この城でもっとも絵が上手いのは誰だ?」


 突然意外なことを問われ、グラディスはキョトンとした表情になった。


「絵ですか? そうですね……絵を描くのが趣味の人間は何人かいますが、1番上手いのは――」

「ハイハーイ! アタシです!」


 ググが勢いよく手を挙げた。


「君が? 本当に?」


 マケランは疑わしげにググの顔を見つめるが、


「いえ、確かにそいつの言うとおりです」


 グラディスはググの言葉を認めた。「少尉が納得できない気持ちはわかりますが、ググの絵の腕前は宮廷画家並みなんです」


「彼女はこう見えて、芸術の分野で非凡な才能を持っています」


 シャノンも続けた。「役者として舞台に上がったこともあるし、どんな楽器でも演奏できるし、美しい詩もつくります」


(ググの詩だと……?)


 まったく想像できない。


「少尉、偉大な芸術家であるアタシに絵のご依頼ですか?」


 ググは得意げに言った。


「そうだ」

「お任せください! アタシ、少尉の絵を描きたいです! 裸体と着衣、どっちを描きますか?」

「どっちも描かなくていい。君に描いてほしいのは、蛇神(じゃしん)ムーズの絵だ」

「ムーズ様の絵を? なんのためにですか?」


 マケランは右手でメガネをクイッと押し上げてから答えた。


「魔法使いを殺すためだ」

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