30.あきらめない指揮官
「オレ様の偉大な魔法によって、いずれ城壁は焼け崩れるだろう。感謝しろよ」
レイシールズ城に対して火攻めを行ったその夜、ルイはアドリアンの天幕にやってきて、燃焼菌という魔法を使ったことを得意げに説明した。
「そうか、よくやった。さすがは魔法使いだ」
アドリアンはとりあえずルイを称えたが、文句を言うことも忘れない。「だが、そんな便利な魔法があるなら、なぜ最初から使わなかった?」
そうすれば坑道を掘る必要もなかったし、ハシゴ登りでリザードマンを大量に死なせることもなかったのだ。
「城壁に近付くとオレ様の身が危険だったというのもあるが――」
ルイはあざけるような口調で答えた。「女の兵士しかいない城なんて、すぐに落ちると思ってたからだな。おまえらがこんなに無能だとは、オレ様も予想外だった」
(おのれ、龍神ビケイロンに魂を売った背教者の分際で……!)
怒りで顔を赤くするアドリアンに代わって、ウェアウルフのガルズが問いただす。
「それで城壁が焼け崩れるまで、どれぐらいかかるのだ?」
「さあな。あの城壁の強度を知らんから何とも言えん」
「厚みは3メートルあるらしい」
「そんなに分厚いのか? じゃあ城壁の内部に菌が侵食していくとして……大雑把に予想すれば2週間ぐらいか」
「ずいぶんかかるな。坑道を掘っているドワーフたちが、城壁の下に到達する方が早いかもしれんぞ」
「ふん、そりゃ結構だ。なんにせよオレ様は仕事を果たしたぞ」
ルイは肩をそびやかして天幕を出て行った。
入れ替わるようにして、ドワーフのリーダーのロージが入ってきた。
「司令官に話がある」
「どうした? 難しい顔をして」
「昼間の火攻めについてだ」
「ああ、ルイの魔法によって火攻めは成功したが、坑道掘りが不要になったわけじゃないぞ。城壁が焼け落ちるにはまだまだ時間がかかるそうだから――」
「そういうことを言っとるんじゃない」
ロージはイライラしている。「粗朶に火をつけた時、敵は上から土をかけて消火していたな」
「ああ、用意のいいことだと感心したが、それがどうかしたか?」
「あんなに大量の土を用意してたってことは、ひょっとして敵も坑道を掘ってるんじゃないか?」
アドリアンはあごに手を当て、ロージの言葉の意味を考えた。
「坑道を掘って出た土を消火用に使ったわけか。あり得るな」
「ずいぶんのん気な口調だが、これがどういうことかわかってんのか? 守備側が坑道を掘る理由は、攻撃側の坑道に対抗するためだ。つまり、わしらが坑道を掘ってることがバレてる可能性があるってことだ」
「なるほど。敵の指揮官は士官学校を出ているそうだし、対敵坑道についての知識も当然持っているだろうな」
「なるほどじゃないだろっ! このままじゃ、いずれわしらが掘ってる坑道が敵の坑道とつながるんだぞ! 向こうで敵が待ち構えていたら、わしらが殺されるだろうが!」
(なんでこいつは喧嘩腰なんだ?)
アドリアンは腹が立った。ルイもそうだが、司令官に対する敬意がなさすぎる。
「そうか、そいつは願ったりだ」
「どういうことだ?」
「地下で坑道がつながれば、そこから攻め入ることができるだろうが」
「地下で白兵戦を行うってのか? ドワーフ族は生まれながらの戦士だが、今回の遠征では戦闘は契約外だぞ」
(まったく……どいつもこいつも自分のことしか考えていないのか)
「ドワーフが戦う必要はない。坑道がつながる前に、おまえたちは地上に出ろ。代わりに兵士を坑道に送り込む」
「そうか、兵士が対応してくれるんだな?」
ロージはとりあえずは納得した様子で、天幕を出て行った。
―――
燃焼菌が城壁に付着してから、6日が経過した。
強い雨が降った日もあったが、菌は消えることなくどんどん増殖し、南側の城壁はまるで赤い絨毯で覆われたかのようになっている。
せめてもの救いは、敵が攻めてこないことだ。放っておけば城壁が焼け落ちるから、無理をして攻撃する必要はないということだろう。
「まずい、まずい、まずい。城壁の悲鳴が聞こえてきそうだ。早くなんとかしなければ」
マケランは独り言を言いながら、室内をぐるぐると歩き回っている。
「そうか、そりゃあ大変だな」
気をもむ飼い主とは対照的に、ピットは楽しそうに窓を拭いている。マケランには理解しがたいが、彼は掃除が大好きなのだ。
「きっと兵士たちは不安な日々を過ごしているだろうな。また脱走しようとする者が出て来なければいいが」
「それは大丈夫だと思うぞ。あいつらは危機から目をそらしてない。左腕の傷を互いに見せ合って気合を入れてた」
「そうか、あの時の俺の言葉を忘れてないんだな」
「まあ結局は御主人がなんとかしてくれるって信じてるんだろ。燃焼菌について問われるたびに、メガネをクイッと上げて『問題ない』って答えてるそうじゃないか。さすが黒蛇はどんな時でも冷静だって、みんな感心してたぞ」
「今の俺が冷静に見えるか?」
「わかってるよ」
ピットはこちらに顔を向けた。からかうようにニヤニヤと笑っている。「オレの前でだけは素の姿をさらせるんだよな? だって家族だから」
「まあそうだが……俺が虚勢を張ってるのを知ってるのに、おまえは怖くないのか?」
「御主人と一緒に死ぬんなら、仕方ない」
(こいつは生意気なくせに、なんでこんなクサいセリフを平気で口にできるんだ?)
飼い主と一緒に死ぬというのは、ウェアドッグにとっては理想的な死に方なのだろうか。
マケランがじっと見つめていると、
「か、勘違いするなよ。オレは死にたいわけじゃなく、御主人が好きなだけなんだからな」
照れ隠しをするかのようなツンケンした口調で、実に恥ずかしいことを言った。よくわからない生き物だ。
(死なせるわけにはいかないな)
この絶望的な状況で指揮官が取り得る選択肢は3つある。
第1の選択肢は、降伏することだ。
しかし、それは死と同義である。戦闘が始まる前の降伏なら相手の慈悲を期待できるが、籠城を続けてどうしようもなくなってからそんなことを言い出しても、皆殺しにされるに決まっている。
第2の選択肢は、逃げることだ。
敵の攻囲は西側だけが空いているので、一見すると西門から脱出できそうにも見える。
しかし1方向だけ逃げ道を残すのは攻城戦の定石で、ねらいは守備側に決死の抵抗をさせないことにある。
敵のねらいどおりに逃げ出せば、後ろから追撃されて全滅させられる。共和国軍には騎馬隊がいるので、すぐに追いつかれるに違いない。
第3の選択肢は、城外に打って出て玉砕することだ。前の2つよりはマシかもしれない。
(どれもあり得ないな)
マケランは生きることをあきらめない。勝利をあきらめない。
(俺が黒蛇と呼ばれるにふさわしい指揮官ならば、勝つための方法を思いつくはずだ。考えろ)
コンコン。
「城代殿、お休みのところ失礼いたします。ルパートでございます」
ノックをしたのは家令のルパートだ。
ピットが素早く動いて入口の扉を開けると、ルパートは一礼してから優雅な足取りで入ってきた。
「家令殿、どうかしましたか?」
「フレッドから連絡がありました。坑道を目標地点まで掘り終えたとのことでございます」
(坑道か……。共和国軍は燃焼菌で城壁を崩落させる見込みがついたとはいえ、坑道掘りも続けているはずだ)
「わかりました、すぐに行きます」
そう答えてから、ピットに顔を向けた。「グラディスとシャノンを呼んで来い。俺は坑道の入り口で待ってる」
「よっしゃ、任せろ!」
ピットは命令されたことに喜び、部屋を飛び出していった。




