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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦

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3.将校と下士官

 マケランの配属されたレイシールズ城は、純粋に防衛目的で建てられた城だ。


 城壁の高さは12メートルを超え、その周囲を10メートルの空堀(からぼり)がめぐっている。

 城壁の上は歩廊になっていて、兵士を配置することができる。さらに城壁の各所には塔が設置されており、そこにも兵を置くことが可能だ。


 兵士の居住する兵舎は、城壁の内側にぴったり張り付くように建てられている。

 城主に挨拶を済ませたマケランは、次は下士官に会うために兵舎を訪れた。


 下士官は兵士として経験を積んだ者が就く役職で、将校と兵士の間に立って兵士を統率するのが任務だ。何もわからない新任将校にとって、頼りになる存在である。

 しかし兵舎に来たものの、まったく人の気配がない。


(ひょっとしてサー・レックスは、すべての兵士を連れて国境の視察に行ったのか? 不用心だな)


 マケランはあきれたが、すべての()()()()を連れて行ったという方が正しい。

 男性兵士用の兵舎の隣には、こじんまりとした木造の建物がくっついていた。近づいてみると、無骨な城には場違いな甲高い声が聞こえてくる。


(なるほど……女性兵士の兵舎だな。ここの下士官にも会っておくか)


 レイシールズ城に300人の女性兵士がいることは知っている。マケランと同じく王家の所属で、最前線の防衛のために、ここに派遣されて来ているのだ。


 女性兵士制度を導入したのは、士官学校を創設したのと同じく先代の王だ。

 ただし女性兵士の主な任務は後方支援であり、戦闘に参加することは想定されていない。


「兵舎に御用ですか? 王家の将校の方とお見受けしますが」


 声を掛けられたので振り向くと、おだやかな笑みを浮かべた女性が立っていた。腰に剣を差しているので兵士なのだろうが、流れるような銀髪と彫りの深い顔立ちは、名家の令嬢のような品のよさがある。


「ああ、今日からレイシールズ城に配属されたマケランだ」

「あ、はい! 聞いております! 申し遅れました。私は女性兵士部隊で副兵士長を務めているシャノンと申します」


「そうか、よろしく頼む」


「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」


 シャノンは鷹揚(おうよう)な態度で頭を下げてから続けた。「ここへは兵士長に会いに来られたのですか?」


 兵士長は最上級の下士官だ。ぜひ会っておきたい。


「ああ、案内を頼めるか?」

「承知しました。こちらです」


 マケランはシャノンの後について兵舎に入った。

 女しかいないだけあって、どことなく甘酸っぱい匂いがただよっているような気がする。


「私と兵士長だけは個室が与えられているんです」


 シャノンはそう説明してから、マケランを兵士長の部屋の前まで案内した。そして扉をノックすると、


「兵士長、新任のマケラン少尉をお連れしました」

「入れ」


 シャノンが扉を開けてくれたので、マケランは部屋に入った。

 部屋の中央で、金髪のデカイ女が腕立て伏せをしていた。


 驚いたことに、鎖帷子(くさりかたびら)を着ている。あんな重いものを着こんで腕立て伏せをするなど、男でも難しいだろう。


「キリのいいところまで済ませたいから、少し待っててくれ」

「わかった」


 マケランとシャノンは、大女がトレーニングを続けるのを見守った。


「98……99……100っと!」


 大女は腕立て伏せを終えて立ち上がり、マケランに顔を向けた。


(む……なんて迫力だ)


 全身から後ずさりしたくなるほどの覇気が発せられている。その切れ長の目は、視線で相手を突き刺そうとするかのように鋭い。

 年齢は20代後半といったところだろうが、すでに歴戦という言葉が似合いそうな風格だ。


「待たせたな」


 大女はマケランの前に立った。


「構わない。俺は今日からここに配属されたハマーチルド・マケラン、階級は少尉だ」


「そうか、よく来た若人(わこうど)よ。あたしは兵士長のグラディスだ」


 大女は名乗ってから、マケランの全身をジロジロとながめた。「あんた、軍人には見えないな。それにずいぶんと冷酷そうだ」


「さっき城主殿にも同じことを言われた」

「ああ、サー・レックスか。ひょっとして、主塔(キープ)の屋上の石像を掃除しろとか言われなかったか?」

「言われたが、従うつもりはない」

「それでいい、そんなのは将校の仕事じゃない」


 グラディスは初めて笑みを見せた。


「でも、それでは少尉が処罰されることになりませんか? サー・レックスは命令違反を理由に追放しようとするかもしれません」


 シャノンが心配そうに口をはさんだ。


「それならそれで構わない」

「どういうことだ?」


 マケランの答えに、グラディスは怪訝(けげん)な表情になった。


「君は俺が軍人に見えないと言ったが、俺だって軍人になりたかったわけじゃない」


「ほう」


 グラディスは壁際までスタスタと歩くと、ベッドにドスンと腰を下ろした。「詳しく聞かせてもらおう。軍人になりたくないのに、なぜ士官学校に入った?」


 マケランは近くにあった丸椅子をベッドの前に持ってくると、向かい合って座った。


「平民で、実家が金持ちでもない俺が高等教育を受けるには、士官学校に入るしか道がなかったからだ」

「あんたは勉強がしたかったのか? まあ見るからにガリ勉ぽいからな」

「それもよく言われる」


 そう言って、メガネの位置を直した。


「ハハッ、悪い意味で言ったんじゃない。まるで学者のように頭がよさそうだってことだ」

「それはどうも。実は動物学者になることが俺の夢だ」

「へえ、どんなことを研究するんだ?」

「特に興味があるのはヘビについてだ。ヘビは神聖な生き物とされているが、だからこそ今まで研究の対象にはならず、生態がよくわかっていない」

「なるほど、ヘビか。それは意義のある仕事だ」


 笑みを浮かべていたグラディスとシャノンが、一転して厳粛な表情になった。


「1日でも早くやらねばならないのは、ヘビ毒の抗毒素血清をつくることだ」

「なんだ、それは?」

「毒ヘビにかまれた場合の治療薬だ」

「まさか、そんなことをしてもよいのですか!?」


 シャノンが驚くのも無理はない。ヘビは神の使いであるため、毒ヘビにかまれた場合は何もせず、運命を神の意志にゆだねるというのが常識だ。


「ヘビといえども動物に過ぎない。大事なのは人間の命だ。偉大なる蛇神(じゃしん)ムーズが、人間が毒で死ぬことをよしとするはずがない」

「大胆な発言だな。僧侶が聞いたら怒るぜ」


 グラディスはそう警告しながらも、どこか楽しそうだ。


「では少尉は軍をやめて、学者になられるのですか?」


 シャノンが確認するように問いかけた。


「いや、王家に学費を出してもらって士官学校を卒業したからには、そうもいかないだろうな」

「それはそうですよ。今期の卒業生は『花の第8期』と呼ばれるほど優秀な学生がそろっていたと聞いています。少尉もそのうちの1人なのでしょう?」

「それならあたしも聞いたことがある。『常勝』のストラティスラとか、『完璧』のリンクードとか、すごい異名をもった奴らがいるんだろ?」


(彼女たちも軍人である以上、士官候補生の情報は当然耳にしているか)


「ストラティスラやリンクードの名前を知ってるのに、俺のことは知らなかったのか?」

「ハハッ、すねるなよ。中央の情報はなかなか入ってこないんだ。そういえば、あんたにも何か異名がついてたのか?」

「俺は『黒蛇(こくじゃ)』と呼ばれていた」


 そう答えると、グラディスとシャノンが目を見張った。


「なに!? そうなのか?」

「それはすごいですね!」


 神聖な動物であるヘビの異名で呼ばれることは、この上なく名誉なことである。


「ところで君たちは、なんで兵士になろうと思ったんだ?」


 マケランは話題を変えた。


「あたしの場合は、働き手の夫が死んだからだ」


 グラディスは平然と答えた。「農民なら寡婦(かふ)になっても生活できるが、都市に住む女は技術を持ってない限り、娼婦になるか兵士になるかしか選択肢がない。兵士になれば王都でガキを預かってもらえるから、あたしには都合がよかった」


「なに? 君には子どもがいたのか?」

「まあな」


(我が子と離れ離れになり、遠い地で兵士として軍務に就いているのか。つらいな……)


「私は未婚ですが、生活のために兵士になったのは同じです」


 シャノンも続けて言った。

 マケランが返す言葉にこまっていると、グラディスは肩をすくめてつぶやく。


「ここにいる女は一部の変人をのぞき、なりたくて兵士になったわけじゃない」


(自分で生き方を選べる人間など、ほとんどいないということか)


 軍人をやめたいなどと言ったことを、マケランは悔やんだ。

 その時バーンとドアが開かれ、動転した様子の女性兵士が部屋に入ってきた。


「兵士長、大変です! すぐに大手門に来てください!」


 声が震えている。明らかにただごとではない。


「どうした?」


 グラディスはベッドに立てかけてあった剣を手に取り、立ち上がった。


「城を出た部隊が敵襲を受け、全滅したそうです! サー・レックスも戦死しました!」

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