28.魔法使い、動く
ルイは不満だった。
城壁の横に積み上げた粗朶に火をつけるという、実につまらない仕事を押し付けられたからだ。
(ちっ、アドリアンの野郎、このオレ様に対して脅迫まがいのことを言いやがって)
『命令に従わないなら13人委員会に報告する。そうすればおまえは龍神ビケイロンに魂を売った魔法使いとして処刑されるだろうな』
13人委員会はペルテ共和国の行政機関であり、魔法使いの管理も行っている。
魔法使いが生存を許されているのは、その力が国の役に立つと彼らが判断したからだ。もし軍への協力を拒んだことが知られれば、あっさりと処刑されるだろう。
(火をつけるだけなら、わざわざ魔法を使わんでもいいだろうに)
上下関係をはっきりさせる。ただそれだけのためにルイを戦場に送り込んだとしか思えない。
「ルイ殿、準備ができたので着火をお願いします」
兵士が火のついていない松明を差し出してきた。この松明を使って粗朶の山に火をつけるのだろう。
「燃えよ、『火』」
ルイは指先から火を出し、松明に火をつけてやった。この程度の魔法なら詠唱も簡単なものだ。
「ありがとうございます。では!」
兵士は逃げるように走り去っていった。魔法使いとはできるだけ関わりたくないのだろう。
(これでオレ様も攻城戦に参加したことになるのか? くだらんな)
ひょっとするとアドリアンは、ルイを形式的に戦いに参加させることによって、兵士たちとの間にある溝を埋めようと考えたのかもしれない。
だとすれば、やはり不愉快だ。魔法使いは、兵士など近付くことさえ許されない偉大な存在だからだ。
さっきの兵士が、粗朶の山に松明の火を移しているのが見えた。油をしみこませてある粗朶は、あっという間に燃え上がる。
(これでオレ様の仕事は終わりか。とっとと戻ろう)
踵を返そうとしたところで、護衛役の兵士が声を上げた。
「あっ! ま、待ってください! 火が……」
大きく燃え上がっていた火が、見る間に勢いを失っていく。城壁の上から大量の土が降ってきたのだ。土で空気の供給を断たれれば、火は消えざるを得ない。
「対応が早いな。たいしたもんだ」
ルイは他人事のように感心した。大量の土を掘り出し、それを城壁の上まで運ぶのは重労働だ。前もって準備していなければ、ここまで早くは対応できない。
(あらかじめ火攻めに備えてやがったな。敵の指揮官はアドリアンよりは頭が切れそうだ)
「へへーん、どんなもんよ! そんなチョロい火でアタシたちの城壁が燃えるわけないじゃない!」
場違いに明るい声が戦場に響いた。スコップを持った若い女兵士が、胸壁の上に立って叫んでいる。
「なんだありゃ? ずいぶん命知らずな女だな」
あれでは格好の的だ。実際、弓兵たちは女に向けて次々と矢を放っている。
驚くべきことに、女はこの危険な状況で楽しそうに笑っていた。弓兵たちはますますムキになって攻撃するが、矢は一向に命中しない。
「あれで死なねえとは、あの女は死神に嫌われてるな」
ルイは呆れたが、女の口から次に発せられた言葉が彼の逆鱗に触れた。
「魔法の火はどんなにすごいかって期待してたのに、土をかぶせただけで消えるなんて全然たいしたことないなー」
ルイはひときわプライドが高い。魔法使いである自分は特別な存在であり、他の者たちを凡愚の者と見下している。
そんな凡愚の者から自慢の魔法を侮辱され、彼はキレた。
「ふざけんなクソアマ! そこまで言うなら、消えない火があることを教えてやる!」
ルイは城壁に向かって走り出すと同時に、護衛兵に命令する。「おい兵士ども! ちゃんとオレ様を守れよ!」
「ま、待ってください! これ以上近づけば敵のクロスボウの射程に入ります!」
「んなこたわかってる! だからオレ様を守れと言ってんだ!」
「は、はい!」
護衛兵たちは懸命に走る。ルイが死ねば、彼らは処罰されるので必死だ。
「火の精霊サラマンダーよ、契約に従い我に力を与えよ」
ルイは走りながら魔法を詠唱する。「汝の強靭なる鱗にて、あらゆる攻撃を弾き返せ。火精霊鱗!」
護衛兵たちの持つ盾の表面が炎に包まれた。
「た、盾が燃えた!?」
魔法の力を目の当たりにした護衛兵たちが、目を丸くしている。
「魔法で盾を強化してやったんだ! その盾でオレ様を守り続けろ!」
ルイは護衛兵たちを叱咤しつつ、城壁に向かって走り続ける。
守備兵は当然のごとくルイをねらって矢を放つが、その矢は盾から放出される炎によってことごとく焼き尽くされた。
城壁の前にたどり着くと、ルイは再び魔法を詠唱する。
「古より生き続ける微小な火よ。分裂し、増殖し、燃え広がれ。燃焼菌!」
詠唱を終えると同時に、城壁に手のひらを押し付けた。
「よし、急いで戻るぞ!」
「え? もう終わったんですか?」
護衛兵たちは不審げだ。一見しただけでは、特に変化があったようには見えない。
「おまえら、オレ様の魔法を疑うのか?」
「い、いえ、そういうわけではないのですが」
「ふん、いずれわかる。これでこの城は終わりだ。城壁が焼け崩れる日が楽しみだな」
ルイは口の端を吊り上げて、レイシールズ城の運命を予言した。
神を恐れぬ魔法使いの不気味な笑顔に、護衛兵たちは震え上がった。




