27.火攻め
「それで貴様らは、マケランに言われたとおりに私を殺すつもりか?」
アドリアンがすごんで見せると、リザードマンは慌てて否定した。
「そ、そんなことはしないトカ! いくら司令官を恨んでいたとしても、国を裏切るようなことはできないトカ」
「なるほど、やはり私のことを恨んでいるのか」
「こ、言葉のあやですトカ」
バカ正直に本音をもらしたリザードマンに対し、アドリアンは怒る気にもならない。下等な種族が何を思おうと、どうでもいいことだ。
「フィリップの言うとおりだカゲ! 8種族協和の理念を掲げるペルテ共和国でしか、リザードマン族は生きていけないカゲ!」
「オイラたちは今後も、共和国の発展のために全力を尽くすゲト!」
他の2人があわてた様子で国への忠誠を誓うと、アドリアンは満足そうにうなずいた。
「よく言った。貴様らは共和国軍兵士の鑑だ」
「光栄に存じますトカ」
「では貴様らの忠誠心と、城内の情報を持ち帰った功績に対して褒美をやろう。何か希望はあるか?」
「それなら、お願いがありますトカ」
「なんだ?」
「小生たち3人を除隊させてほしいですトカ」
「もう戦いたくないカゲ」
「寒いから冬眠したいゲト」
3人の願いを聞いたガルズは眉をひそめた。
「除隊だと? 仲間を見捨てて、自分たちだけ助かろうというのか?」
「ガルズ将軍、まあいいではないか。トカゲが3匹いなくなったところで戦局に影響はない」
(まさかこいつらが反乱を企てることはないだろうが、他のリザードマンとは接触させずに追い出したほうが無難だろう)
「わかった、貴様らの除隊を認める」
アドリアンがそう告げると3人は口々に感謝の言葉を述べ、嬉しそうに天幕を出ていった。
「それはそうと司令官」
3人がいなくなったところで、ガルズが進言した。「このままトカゲたちだけでハシゴ登りを続けるのもどうかと思う」
「成功する見込みのないハシゴ登りを続けていると、敵に怪しまれるからか?」
ハシゴ登りの本当のねらいは、坑道を掘っていることから敵の目をそらすことにある。
だがあまりにもぬるい攻撃を続けていると、かえって守備側は不審に思うだろう。こちらが坑道戦を仕掛けていることを、マケランに悟られてはならないのだ。
もちろんリザードマンたちに坑道掘りのことは伝えていないから、マケランがあの3人から情報を聞き出せたはずはない。
「それもあるが、人間やウェアウルフの兵士たちが退屈で倦んできているのだ。ずっと何もしないでいると、いざという時に戦えなくなる」
「なるほど、兵士たちに無為な日々を送らせるのはまずいな」
「それにルイにも働かせるべきだ。奴は威張り散らしているだけで何もしようとしない。兵士たちも反感を抱いている」
「ふむ、我が軍の切り札である魔法使いを、いつまでも遊ばせておくわけにはいかんか。わかった、そうしよう」
「問題は、あの傲慢な男が素直に命令に従うかどうかだが」
「従わせるさ。魔法使いは国のために働かなければ処刑される身分だ。そのことを思い出させてやろう」
―――
今日はリザードマンのハシゴ登りが行われなかったため、マケランは自室で待機しつつ、ピットと遊んでいた。
そこへ兵士が報告にやってきた。
「敵は南側の城壁前に、粗朶の山を積み上げています」
粗朶は木の枝を集めて束にしたもので、以前に空堀を埋めるために使われたことがあった。
「作業を行っているのはリザードマンか?」
「いえ、人間とウェアウルフの兵士たちです」
「なるほど、敵は方針を変更したようだ」
マケランは敵のねらいを読み取った。「火攻めだな。粗朶を燃やして、熱で城壁を焼き崩すつもりだ」
石の城壁であっても長時間高温にさらされれば、結合材料のモルタルが溶解して崩壊する。放っておくことはできない。
「すぐに行く。案内しろ」
「はい!」
自分も一緒に行きたいと言いたげなピットに背を向け、マケランは部屋を出た。
兵士に案内されて壁上歩廊へやってくると、すでにグラディスの指揮によりクロスボウで迎撃が行われていた。
地上では、人間とウェアウルフの兵士たちが盾で身を守りながら、粗朶の山を城壁の横に積み上げている。
マケランに気付いたグラディスが声をかけてきた。
「火攻めでしょうね」
「さすが君はよくわかっているな」
褒めると、グラディスは誇らしげに胸を反らせた。
「はい、だから今回は火矢を使うようなことはしてません。それより少尉、あれを見てください。おそらくあいつが魔法使いです。トカゲたちの言ってた特徴にそっくりです」
グラディスの指差す方向に目を向けると、大盾を構えた兵士たちに守られるようにして、黒いローブ姿の男が立っていた。不気味なほど顔が白く、ギョロリとした真っ赤な目でこちらをにらんでいる。
「ついに姿を見せたか。確かルイとかいう名前だったな。なんとかして討ち取りたいが……」
「残念ながら、クロスボウの射程外にいます。城門から打って出ますか?」
「それはいくらなんでも危険すぎる。この兵力差で城外に出て戦えば、間違いなく死ぬだろう」
どこからともなく、ググが現れた。
「お呼びですか?」
「お呼びでない。なぜ君がここにいる? 坑道掘りを手伝っていたはずだろう」
「危険とか死とかいう言葉が聞こえたので、アタシの出番かと思って」
「無駄に耳がいいな」
「少尉、アタシが1人で城外に出て魔法使いを討ち取ってきます! 命令してください!」
ググは目を輝かせて提案した。
(こいつは死ぬために危険な場所に行きたいだけだな)
「却下する。だが、ちょうどいいところに来てくれた。坑道を掘ってる男たちを呼んで来い。敵が火攻めをしようとしているから、彼らに消火作業を手伝ってもらう」
「がってんです!」
ググは元気よく返事をすると、階段を駆け下りていった。
「それにしても、やはり火攻めを仕掛けてきましたか。少尉の予想していた通りでしたね」
「ああ、敵がいつまでもリザードマン以外の兵士を遊ばせておくはずがないからな」
マケランたちがあわてていないのは、すでに消火作業のための土を城壁の内側に積み上げてあるからだ。坑道を掘って出た土である。
「マケランさん、敵が火攻めを仕掛けてきたらしいっすね!」
坑道掘りのリーダーのフレッドが、息を切らして壁上に登ってきた。「消火作業ならあっしらに任せてください! すぐに土を上まで運びます!」
中庭を見下ろすと、すでに男たちがもっこをかついで土を運んでいた。
「さすがだ。指示を出す前に動いてくれるとは頼もしいな」
「いつか火攻めがあるだろうって聞いてやしたからね。ググちゃんもやる気になってますよ」
ググは持ち前の人懐っこさで、坑道掘りの男たちの間で人気者になっているらしい。
「よし、みんなで協力して作業にあたってくれ。火がついたら、すぐに土をかけて消火するんだ。兵士たちにも手伝わせる」
「へい!」
リザードマンのハシゴ登りはなくなったが、火攻めという新たな危機が生まれた。
しかし女性兵士と男たちの表情に焦りの色は見えない。事前にマケランが火攻めを予想し、対策を講じていたからだ。
それでもマケランは安心していない。
(通常の火なら、土で消火できるだろうが……)
遠くに立つ、不気味な姿の魔法使いに目をやった。
(問題は、魔法だな)




