26.黒蛇の計略
マケランの過激な提案に、リザードマンたちの目が飛び出た。
「そ、そんなことは無理だカゲ!」
「そうかな? 夜が更けてから、残っているリザードマン全員で襲撃すれば可能だろう。アドリアンはまさか味方の裏切りなんて警戒してないだろうからな」
「仮に成功したとしても、司令官を殺したらただじゃすまないゲト。オイラたちは犯罪者として処刑されるゲト」
「捕まる前にみんなで逃げればいい」
「どこに逃げるんだゲト?」
「サーペンス王国だ」
「無理だトカ。王国は亜人種の存在を認めていないトカ」
「俺の士官学校時代の友人にリンクードという男がいる。この地の領主であるハイウェザー公の嫡子で、慈悲深く正義感の強い男だ。彼ならきっと君たちを受け入れ、保護してくれる。俺が紹介状を書こう」
「そうなのカゲ?」
3人は興味を抱いたようだ。
「共和国軍の戦い方が、俺には許せないんだ」
これはマケランの本心だ。「アドリアン司令官は、君たちの命を塵芥のように扱っている。グラディスの言うとおり、指揮官失格だ」
リザードマンたちの目がキラキラと輝いた。打算ではなく真心から発せられた言葉には、人の心を動かす力があるのだ。
彼らは味方である共和国軍の者たちに差別され、死地に追いやられていた。まさか敵であるマケランが、そのことを本気で怒ってくれるとは。
「小生たちの指揮官が、マケランさんだったらよかったトカ」
「吾輩も同感だカゲ」
「オイラもマケランさんが好きゲト」
彼らの言葉が嘘でないことは、目を見ればわかる。
だが、そう簡単にうなずける話でもないようだ。
「だからマケランさんの言うとおりにしたいけど、やっぱり無理トカ」
「なぜだ?」
「他のリザードマンたちが、協力してくれないからだトカ」
フィリップが申し訳なさそうに言った。「小生たちはこうしてマケランさんと直接会って話をしたから、その言葉を信じられるトカ」
「でも他の者たちは、そうではないカゲ」
ジェレミーが続けた。「マケランさんの指揮によって、今まで多くの仲間が殺されたことは事実なのだカゲ。彼らはマケランさんの提案を、きっと罠だと思うカゲ」
「1000人もいれば、裏切って密告する奴が必ず出てくるゲト」
トテチテタも反対した。「1人でも裏切れば計画は失敗するゲト。そしてオイラたちはみんな処刑されるゲト」
「なるほど。君たちの言う通りだ」
マケランはうなずいた。そして、ますます3人を信じる気になった。無理なことは無理だと正直に答えてくれたからだ。
「わかった。では次善の策を提案しよう。結果が出るまでかなりの時間がかかる策だが」
マケランの言葉に、グラディスとシャノンは小首をかしげた。彼女たちには、まだその策について話していないからだ。
「どんな策だカゲ?」
「フィリップ、ジェレミー、トテチテタ、君たちの身柄は解放する。陣地に帰ったら、俺が言うように動いてほしい」
マケランは考えていることを3人に話した。
「おおっ、それは素晴らしい計略だトカ!」
「よくそんなことを考えつくものだカゲ!」
「わかったゲト! 絶対に成功させるゲト!」
3人のリザードマンはマケランの計略を称賛し、必ず実行すると約束した。
そして彼ら以上に、周りで聞いている兵士たちが衝撃を受けていた。常人が想像しうる計略の限界を超えているからだ。
特にグラディスは放心したような表情でマケランを見つめている。
「少尉はまさに黒蛇の名にふさわしい方です。歴史に名を残す偉大な英雄たちも、あなたの前ではひざまずいて教えを請わねばならないでしょう。どうかそのお力で、これからもサーペンス王国をお守りください」
グラディスはマケランの前で片ひざをつき、頭を下げた。
まるで主君に忠誠を誓う騎士のように。
―――
アドリアンは司令官用の天幕にガルズを呼び出した。
「今日のハシゴ登りでは、3人のリザードマンが城壁の上にたどり着くことに成功したようだ。もっとも後に続く兵士がいなかったため、場を制圧することはできなかった。その3人がどうなったかは不明だ」
アドリアンは不審に思っていた。
今まではハシゴの半ばまで到達することも稀だったのに、なぜ突然3人も城壁の上までたどり着けたのか。
「敵がわざとトカゲたちを引き入れ、捕虜にしたとしか思えぬ」
ガルズの言葉に、アドリアンはうなずく。
「ああ、私もそう思う。敵はその3人を使って何か企んでるな。たとえば、トカゲたちが裏切るように仕向けるとか」
「ありそうな話だ。トカゲは俺たちを恨んでいるだろうからな。警戒はしておいた方がよいだろう」
「うむ」
「失礼します」
天幕の垂れ布が持ち上げられ、人間の兵士が入ってきた。そして意外な報告をした。
「捕らえられていた3人のリザードマンが戻ってきました」
「なに? もう戻ってきたのか?」
「はい。3人は司令官への面会を求めていますが、いかがいたしましょうか」
(ほう、おもしろくなってきたな。敵が何を企んでいるか確かめてやろう)
「よし、連れてこい」
「はっ」
しばらくして、オドオドした様子のリザードマンたちが天幕に入ってきた。
「よし、そこに並べ」
3人は一列に立たされた。アドリアンは彼らを問いただす。
「貴様らは、レイシールズ城の敵に捕まっていたな?」
「そうですトカ」
「こうして戻ってきたということは、解放されたのか?」
「マケランさん……じゃなくてマケランが解放してくれましたトカ」
「マケランというのは敵の指揮官か?」
「そのとおりですトカ。若くてカッコいい男で、士官学校を出たばかりだトカ」
アドリアンとガルズは納得したようにうなずいた。
「なるほど、やはり士官学校を出た将校がいたのか。ガルズ将軍の言った通りだったな」
「うむ。そうでなければ、あのように統制がとれた戦いができるはずがないからな」
アドリアンは質問を続ける。
「城内の様子はどうだった?」
「どういう意味カゲ?」
「兵士の士気は高いかとか、栄養状態はどうかとか、気付いたことがあるだろう」
「えーと、みんな元気そうでしたトカ」
「毎日たくさん食べているみたいですカゲ」
「オイラたちもごちそうになってきましたゲト」
「なるほど。士気は高く、食糧が欠乏している様子もないか」
(それにしても頭が悪そうなトカゲたちだな。こんな奴らに裏切りは無理だろう)
そう思ったが、確認はしておかねばならない。
「それでマケランは、貴様らにどんな話をしたんだ? まさかメシだけ食わせて解放したわけではあるまい」
「マケランは我々に対し、共和国を裏切るようにそそのかしましたトカ」
(ふっ、思ったとおりだな)
それを正直に報告しているということは、彼らは裏切るつもりはないということだ。マケランの企みは失敗したのだ。
「具体的には、何をしろと言ってきたんだ?」
「他のリザードマンたちにも声をかけ、ここを襲撃しろと言いましたゲト」
三人とも正直に答えているようにしか見えない。リザードマンは根が善良なので嘘をつくのが苦手だし、駆け引きができるほどの知能もないのだ。
(マケランは読み誤ったな。そんな大胆なことを、トカゲたちが実行できるはずがないだろうに)
アドリアンとガルズは互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑った。




