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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦
19/79

19.『完璧』のリンクード

 ラッセルは玉座にゆったりと背を預け、マケランから届いた援軍要請の書状を読んでいる。

 玉座の間に立ち並ぶ家臣たちは、王が言葉を発するのを息を詰めて待っている。


 ラッセルは5年前にサーペンス王国の国王に即位し、現在は38歳だ。のっぺりとした締まりのない顔で、威厳を出すために薄いひげを伸ばしているものの、あまり効果は出ていない。

 しかし鮮血のように赤い髪の色は、彼が間違いなく王の血筋を引いていることを証している。


 彼の父親である先王タイパンは、士官学校の創設や女性兵士の徴募などの軍制改革を行った人物で、名君と評価されていた。

 ラッセルは国民から人気がないが、それは偉大な父親と比較されてしまうことも原因だろう。


「ハイウェザー家の騎士は能無しぞろいか。最前線の城を守っているというのに、のん気に模擬戦などしているからこんなことになるのだ」


 ラッセルは書状から顔を上げると、不機嫌な口調で吐き捨てた。


「陛下のおっしゃる通り、サー・レックスには油断がありました」


 書状を届けた伝令は、王の前で片ひざをついたまま言った。「ですが許せないのは、一方的に休戦を破って攻めてきた共和国です。奴らを倒さなければ、死んだ者たちが浮かばれません」


「さよう、すぐに兵を集めてレイシールズ城に援軍を送り、共和国軍を撃退するべきです。諸侯たちに対しても出陣要請を出しましょう」


 宰相が一歩前に進み出て進言したが、王は首を振る。


「今からレイシールズ城に援軍を送っても間に合わん。1万人の敵に対して300人の女兵士しかいないのでは、もうとっくに城は落ちているだろう。ハイウェザー公領もすでに占領されているかもしれんな」

「だとしても、これ以上の王国領への侵攻を阻止するため、援軍は出さねばなりません」


 宰相の言葉に他の家臣たちも「その通りです」と賛成するが、王はけわしい顔のままだ。


「いや、しばらく様子を見よう」

「それは……どういうことでしょうか?」

「これから季節は冬に入る。北部諸侯の領地には雪が降り積もり、極寒に苦しむ共和国軍は進軍もままならなくなるだろう。さらには補給線も伸び切って本国からの物資が届かなくなり、飢えにも苦しむことになる。そうして敵が弱ったところで、我らは兵を出して戦えばよい」


 ラッセルはどうだと言わんばかりに家臣たちを見回した。


「陛下、北部は無人の原野ではなく、多くの町があります。共和国軍がそれらの町を占領して拠点にすれば、冬の寒さにも耐えるでしょう。食料も略奪によって得ることができます」


 家臣の1人が発言した。


「だから北部諸侯たちに命令を出すのだ。領内の町はすべて焼き払うように、とな。もちろん周辺の畑も焼き、井戸には毒を入れておく」


 当然のように答える王に対し、別の家臣が色をなして反論する。


「陛下、町には住民がいることをお忘れなきよう! それに王家がそんな命令を出せば、諸侯たちの反発は必至です! どうかお考え直しください!」


「やかましい!」


 自信をもって出した案を否定され、ラッセルは声を荒らげた。「民主主義などというふざけた思想を広めようとする共和国に対して、王国は一致団結して戦わねばならんのだ! 諸侯たちも多少の犠牲は受け入れて当然だ!」


「おそれながら陛下」


 伝令はたまらず口をはさんだ。レイシールズ城はすでに落ちたものとして話が進んでいることに対し、黙ってはいられない。「今ごろレイシールズ城ではマケラン少尉を指揮官として、決死の防衛戦を行っているはずです! 王都から援軍が来ることを信じて戦っているのです!」


「勝ち目のない戦いを続けても意味がなかろう」


 伝令の必死な態度にも、王はまったく感情を動かす様子がない。「マケランはレイシールズ城など焼き払って逃げればよかったのだ」


 城を守るべき軍人が勝手にそんなことをすれば、死刑になるに決まっている。


「陛下の言葉は多くの者たちが聞いております。国のために戦う将兵の気持ちをお考え下さい」


 家臣の1人がやんわりと(いさ)めた。


「その通りです。タイパン様なら、そのような言葉は決して口にしなかったでしょう」


 別の家臣が先王の名前を出すと、ラッセルは激高した。


「なぜどいつもこいつも私の言うことに文句をつけるのだ! 貴様らは私の親父をやたら評価しているようだが、奴は女を兵士にしたような愚かな男だぞ! 士官学校をつくったのも共和国の真似をしただけではないか! それが今まで役に立ったことがあるのか!」


 王は憤懣(ふんまん)やるかたない様子で立ち上がり、ドタドタと床を蹴って玉座の間を後にした。


 これでレイシールズ城へは援軍が送られないことが確定した。

 伝令は天を仰いだ。




―――




 マケランは王だけではなく、ハイウェザー公にも援軍要請を送っていた。レイシールズ城はハイウェザー家の城なのだから当然だ。


 仰天したハイウェザー公は急いで領内から兵をかき集め、なんとか1600人の軍を編成した。


 とはいえハイウェザー家が単独で戦っても勝ち目はないので、今は王家や他の諸侯の援軍が到着するのを待っているところだ。


 しかし王から送られてきたのは援軍ではなく、領内の町を焼き払えとの命令書だった。

 執務室でその書状を読み進めるハイウェザー公の手は、怒りで小刻みに震えていた。


「父上、ラッセル陛下はなんと?」


 ハイウェザー公に問いかけたのは、公の長男のリンクードだ。

 光を放つ黄金色の髪と、透き通るような青い目。たぐいまれな美貌によって世の女性たちの憧れの的になっている彼だが、優れているのは外見だけではない。


 彼は学問、武芸、芸術など、あらゆる分野において非凡な才能を示し、およそ苦手とするものがない。

 さらには正義感が強く、強大な敵に対しても恐れを見せず、弱者に対しては慈悲深いなど、性格も非の打ち所がない。


 そんな彼はマケランと同じく、王立士官学校の第8期卒業生である。

 諸侯の嫡男(ちゃくなん)でありながら王家の士官学校に入ったのは、もちろん王家の将校になるためではない。体系的に戦術を学び、時代遅れの騎士の戦い方から脱却するためだ。


 卒業時の序列は第3位で、同期生たちからは『完璧』の異名で呼ばれていた。


「領内の町を焼き払い、住民は王領に避難させろとのことだ」


 ハイウェザー公は書状から顔を上げ、フウッとため息をついてから答えた。


「なんと愚かなことを……! 我らが王に忠誠を誓っているのは、いざという時には助けてくれると信じているからです! それなのに援軍を送らないどころか、町を焼き払えとは!」

「共和国に勝つための大局を見据えた戦略とのことだ。理屈としてはわからぬでもない」

「父上、まさか命令に従って町を焼き払うつもりですか?」


「さすがにそんなことはできぬ」


 ハイウェザー公は苦渋に満ちた表情で言った。「とはいえ我らだけで共和国軍と戦っても勝ち目はない。他の諸侯が王命に逆らってハイウェザー家を助けに来るとも思えぬ。敵はレイシールズ城を落としたら、すぐに公都(ここ)まで来るだろう。どうすればよいのか……」


「レイシールズ城は簡単には落ちません。少なくとも1年は耐え抜くでしょう」


 リンクードが当然のように言うので、ハイウェザー公は意外な顔をした。


「どういうことだ? レイシールズ城は城主のレックス以下1500人の兵士が戦死し、残っているのは王家から押し付けられた300人の女兵士だけだ。それでどうやって、1万人の共和国軍の攻撃を止められるというのだ?」

「マケランがいます。私と同じく士官学校の第8期卒業生で、席次は首席でした」

「ああ、援軍要請を書いた王家の新任将校か。理路整然とした文章には感心したが、テストの成績がいいからといって指揮官として優秀とは限らぬ。その男は卒業したばかりで、実戦経験はないのだろう?」


「確かに彼に実戦経験はありませんが、仲間たちや教師からは『黒蛇(こくじゃ)』という最上級の異名で呼ばれていたほどの男です。

 私の考えでは、彼は1000年に1人の天才であり、サーペンス王国の将来を背負って立つ軍人です。どんな強大な敵が相手でも、その戦術知識と指揮能力を駆使して城を守り続けるでしょう。

 それでも外部からの援軍がなければ、いずれは攻め落とされます。そうなれば共和国軍は城内の者たちを皆殺しにするでしょう。

 もしここでマケランが死ぬようなことがあれば、王国は近いうちに共和国の一部となることは間違いありません。それほど彼は、この国にとって重要な軍人なのです」


 リンクードはそこまで一気に言うと、父親に向かって片ひざをついた。


「父上、どうか私を援軍の司令官に任じてください。1600人の兵士を率いて、共和国軍を蹴散らして参ります」

「ならぬ。いくらおまえでも勝てるはずがない。それに1600人は、公都を守るために必要な兵力だ」

「では、レイシールズ城は?」

「……見捨てるしかないな」


 リンクードは唇をかんだ。

 父の言うことはわからなくもない。マケランも300人の女性兵士も、所属は王家だ。王家が彼らを見捨てた以上、ハイウェザー家が助ける義理はない。


 マケランが王国の将来を担う軍人だという息子の言葉も、にわかには信じられないだろう。


「レイシールズ城にはハイウェザー家に所属する民間人もいます。彼らを助けることは領主の義務です」


 リンクードは食い下がった。


「バカな。わずかな人数の平民を助けるために、危険を冒せるものか」


 これはハイウェザー公が特別非情なわけではなく、どの諸侯に聞いても同じことを言うだろう。貴族でもない平民を助けることを義務と考えるリンクードが異常なのだ。


「わかりました。では私は自分の手勢だけを率いてレイシールズ城救援に向かいます。せめてそれだけはお許しください」

「なんだと!? おまえの手勢は100人にも満たぬだろうが」

「もちろん1万人を相手に正面から戦うことはできませんが、小勢には小勢なりの戦い方があります」


 リンクードは立ち上がり、父に背を向けた。

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