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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦
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18.最初の重傷者

 アドリアンは今日もリザードマンたちにハシゴ登りを命じたが、何の成果も得られなかった。

 だが、それは想定の範囲内だ。攻撃の本命は坑道戦なのである。


 アドリアンは坑道掘りの進捗(しんちょく)を確認するため、ドワーフのリーダーを呼び出した。


 ロージという名の、顔の下半分がモジャモジャの白ひげで隠れた老人だ。身長はアドリアンの胸までしかないが、その裸の上半身は鉱石のような硬い筋肉で覆われている。


「思っとったより地盤がゆるいな。城壁の下まで掘り進めるには、まあ1か月ってところだ」


 ロージは司令官のアドリアンに対しても遠慮がない。ドワーフたちは技術者として金で雇われているだけで、軍に所属しているわけではないからだ。


「遅い、20日でやれ」


 アドリアンが横柄な言い方をすると、ロージの顔が朱に染まった。


「若造がなめた口をきくな! ドワーフの仕事は早さよりも安全が優先だ! 突貫工事で死人が出たら、あんたは責任を取れるのか!」


(戦争なんだから犠牲が出るのは当たり前だろうが)


 と言ってやりたいが、ここでドワーフを怒らせるわけにはいかない。


「無理は承知だが、あまり時間をかけるとハシゴを登っているトカゲどもが全滅するのだ。敵は予想以上に統制が取れている」


 ガルズが言っていたように、守備側には士官学校を出た指揮官がいるのかもしれない。


「あんた、リザードマンたちに対してずいぶん酷な扱いをしておるようだな。あれじゃあ無駄死にだぞ」

「ハシゴ登りは坑道戦のカモフラージュのために必要なことだ。地下を掘り進めていることを敵に知られれば、おまえたちも危険な目にあうんだぞ」

「おい、わしらを共犯にするのはやめろ」

「共犯だと?」

「言うまでもないことだが、リザードマンの権利は法律で守られとる。あんなひどい戦い方が本国にバレたら、罪に問われかねんぞ」

「この遠征軍の司令官は私だ。戦いに関しては口を出さないでもらおうか」

「そうか、じゃあ勝手にしろ。わしらに責任を負わせるようなことはするなよ」


 ロージは足音荒く天幕を出て行った。




―――




 ハシゴ登りが始まってから3日が経過している。

 寒さのせいかリザードマンたちの動きは鈍く、城壁を越えられそうになったことは1度もない。


 敵が引き揚げていった後、マケランは壁上歩廊から地上を見下ろす。

 そこにはリザードマンたちの無残な死体が散乱していた。


(味方に対してひどい仕打ちをするものだ)


 敵の司令官の戦い方には怒りを覚えるが、ぬるい攻撃を続けてもらえるのはありがたい。

 もし敵が兵力の損失を気にせず全力で攻めてきたら、犠牲を出さずに守りきるのは厳しいだろう。


(共和国軍は坑道掘りを成功させ、無傷で城を落とそうと考えているはずだ。このまま俺たちのことをあなどっていてほしいものだな)


 マケランは夜間の警備を当番の第5小隊に任せ、城内に戻ることにした。


「マーガレット、後は頼む」

「はい、お任せください! 少尉はごゆっくりお休みください!」


 下士官の言葉にうなずき階段を下りようとしたところで、後ろから兵士たちの話し声が聞こえてきた。


「隊長だけ名前を呼んでもらえるなんて、うらやましいです」

「私の名前なんて、少尉は知らないんだろうなあ」

「仕方ないでしょ。300人もいる兵士の名前を覚えられるわけがないもの」


(名前……か)


 マケランが名前を知っている兵士は、下士官であるグラディスとシャノン、そして6人の隊長たちだ。

 一般兵士と話をすることはほとんどない。先日、ググという頭のおかしい兵士と関わることになったが、それはあくまでも例外だ。


(俺はもっと兵士たちと話をするべきだろうか?)


 だが何を話せばいいのかわからない。女ばかりの集団の中に男1人というのは、難しい立場なのだ。


(兵士たちも、俺に話しかけられるのは嫌がるかもしれない)


 マケランは外見のせいで、冷酷な人間と思われることが多いのだ。それに指揮官という立場では、ある程度威圧的にならざるを得ない。


 それでも今日は主塔(キープ)に戻る前に、兵舎に寄ることにした。

 そうする理由があった。日中の戦闘で兵士の1人が腕に矢を受け、重傷を負ったのである。


 重傷者が出たのはこれが初めてだ。指揮官として様子を見ておくべきだろう。

 兵舎に顔を出すと、シャノンがすぐに気付いて近寄ってきた。


「少尉、兵舎に御用ですか?」

「怪我をした兵士の様子を見ておきたいんだが」

「わかりました、ご案内します」


 シャノンと共に、医務室として使われている部屋に入った。ほとんど家具のない殺風景な部屋だ。

 部屋の中央にベッドがあり、そこに怪我をした兵士が横たわっていた。

 兵士にしては上品な顔立ちの、肌の白い少女だ。金色に光る長い髪は美しく、街にいればきっと男たちの目を引いたことだろう。


 すでに治療は終わったと思っていたのだが、右上腕の傷はむき出しのままだ。今も兵士は苦痛にあえいでいて、見ていてつらい。


 ベッド脇には、司祭とグラディスが難しい顔で立っていた。司祭がいるのは治療のためだろう。この城には専門の医師がいないため、代わりに司祭が医療を担当しているのだ。


「司祭殿、どんな具合ですか?」


 マケランは司祭に声をかけた。


「これは城代殿。……実は、あまりよくありません。先ほど矢を抜いて治療を施したのですが、グラディス殿の見立てでは、矢じりが残ってしまっているそうです。私の腕が未熟なため、申し訳ありません」


 体の中に矢じりが残ったまま放置すれば、感染症で死ぬ。しかし矢じりを摘出するのは本職の医師でも難しいので、司祭を責めることはできない。


「肉ごと切り出すしかありません」


 深刻な顔で告げるグラディスの手には、ナイフが握られていた。「あたしがやります」


 その言葉を聞いた兵士の顔色が、真っ青になった。


(とんでもないところに来てしまったな)


 肉を切られる者は地獄の痛みを味わうことになる。ググなら喜ぶだろうが、普通の人間には耐えがたいことだ。

 マケランは気持ちを落ち着かせるため、中指と親指でメガネの位置を直した。


「君、名前を教えてくれるか?」


 できるだけ優しい声で、兵士に声をかける。


「え? 私の名前ですか? えーと、マイラといいます」

「マイラ、耐えられそうか?」


 聞いてから後悔した。無理でも耐えてもらうしかないのだ。


「……正直、怖いです」

「そうか、無理もない」

「あの、少尉、お願いがあるのですが、言ってもいいでしょうか?」

「なんだ?」

「えーと……あの、やっぱりいいです」


「マイラ、それはないでしょう」


 シャノンが注意した。「そこまで言ったのなら最後まで言いなさい。怪我人なので、多少の無礼は大目に見てあげます」


「わ、わかりました。それでは少尉」


 マイラは覚悟を決めたように言った。「治療の間、手を握っててもらっても……いいですか?」


 実にささやかな願いだった。




 グラディスは手際よく矢じりを取り出すと、傷口をワインで洗った。


(けん)は切ってません。治れば、また普通に腕を動かせるようになると思います」


「そうか、よくやった」


 グラディスをねぎらってから、少女に声をかける。「マイラ、君もよく頑張ったな」


「はい」


 意外にもしっかりした声が返ってきた。

 彼女は悲鳴は上げたものの、よく耐えた。華奢な左手でずっとマケランの手を握っていた。

 マケランもその手を最後まで離さなかった。今も離していない。


(今回はこの程度で済んだが、四肢の切断が必要になる怪我をすることもあるだろう。そしていずれは戦死者が出る)


 なぜか笑みを浮かべているマイラの手を握りながら、マケランは心の中で願った。


(援軍よ、早く来てくれ)

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