15.ハシゴ登り
マケランは南の中庭に手の空いている男たちを集め、坑道を掘る作業を依頼した。
拒否する者はいなかった。彼らの命もかかっているのだから、当然だ。
「俺が指示するルートを掘り進めてくれ。そうすれば、いずれ敵の坑道とつながるはずだ」
「坑道がつながったら、俺たちが敵の兵士と戦うことになるんすか?」
大工のフレッドが不安そうに質問した。現場のリーダーは彼が務めることになっている。
「いや、そんなことはさせない。硫黄を燃やし、ふいごを使って敵の坑道に有毒な煙を送り込むつもりだ」
「おおっ! そんな方法があるんすか! さすがはマケランさんだ!」
民間人の男たちも、マケランを指揮官として信頼しているようだ。破城槌を破壊した手際を、その目で見ているからだろう。
「急ぐ必要はあるが、安全が第一だ。坑道が崩落しないよう、しっかりと補強しながら掘り進めてほしい」
「へいっ、任せてください!」
フレッドはどんと胸を叩いて請け合った。
「頼もしいな」
「当然ですぜ。こういう力仕事こそ俺たちの出番でさあ。そうだろ、おまえら!」
「おうっ!」
「女たちに戦わせておいて、男の俺たちが黙って見てるだけなんてありえねえ!」
「そうだそうだ!」
男たちの野太い声が中庭にこだました。
(彼らに任せておけば大丈夫そうだな)
何かあればすぐに知らせるようにと言い残し、マケランは敵軍の様子を見るために壁上歩廊に向かった。
らせん階段を上って城壁の上に降り立つと、見張りをしていた女性兵士たちが一斉にこちらを向き、敬礼した。
「今のところ敵軍に動きはありません」
そう報告したのは、第2小隊の隊長だ。
300人の女性兵士は、50人の小隊で6つに分けられている。50人の小隊は、さらに10人ずつの班に分けられている。
グラディスとシャノン以外の下士官は、6人の小隊長たちだけだ。班長以下は一般兵士の扱いであり、マケランが直接指示を出すことはほとんどない。
「そうか、引き続き警戒にあたれ」
「はい!」
スネイカーは胸壁に近付き、自分の目で地上の様子を観察する。
「あの野外防壁が怪しいな」
南東の方角にある、衝立のように建てられた木製の壁を指差す。「昨日までは、あんな壁はなかった」
「確かにそうですね。何のためにあんなものをつくったのでしょうか?」
城側に向けられた防壁の目的は、守備側が打って出てくるのを防ぐことだ。
だが、わずか300人で城外に打って出られるわけがない。共和国軍とて、それはわかっているはずだ。
「あの防壁の裏で坑道を掘り始めているんだろう。俺の予想していた地点とぴったり合う」
「例のドワーフの坑道ですか?」
「ああ、共和国軍としては、自分たちが坑道を掘っていることは隠さねばならない。そのためには掘り出した土を、俺たちに見えない場所に積み上げておかねばならない。そのための防壁だ」
「なるほど! 敵の魂胆など少尉にはお見通しなのですね!」
小隊長、そしてその部下の兵士たちはマケランの慧眼に感服している。
「あの場所から城壁の下まで掘り進めようとするなら、いくらドワーフでもまだまだ時間がかかるだろう」
マケランはメガネの位置を直してから言った。「だが警戒は怠るな。攻撃側は複数の手段を使って攻めるのが定石だ。坑道を掘っていることをカモフラージュするためにも、別の方法で攻撃を仕掛けてくるはずだ」
このマケランの予想も当たることになった。
2日後、共和国軍はハシゴ登りを仕掛けてきたのである。
報告を聞いたマケランは、急いで壁上歩廊へとやってきた。
地上を見下ろすと、リザードマン族の兵士たちが長いハシゴをかかえて、城壁に向かって走ってきている。
リザードマンはトカゲのような外見を持つ亜人種だ。性格は温厚で、知能は人間よりもやや低いが、身体能力は高い。
「やはりハシゴ登りですか。少尉の言っていた通りでしたね」
グラディスの言葉に、マケランはあいまいにうなずく。
「そのはずなんだが……」
「何か、気になることでも?」
「ハシゴを掛けようとしている地点が、たった5か所だ。坑道掘りのカモフラージュだと考えても小規模すぎる。あれでは無駄な犠牲者が出るだけで、俺たちにとってはさほど脅威にならない」
ハシゴを登って城壁を越えようとするのは、非常に危険な戦術だ。上からは矢や石が降ってくるし、高所から地面に落下すれば悲惨なことになる。
たとえ城壁の上までたどり着けたとしても、その後に味方が続いてくれなければ、守備兵に殺されるだけだ。
だからハシゴ登りをやるなら、大人数で大規模にやらねばならない。そうでなければ、殺される兵士は無駄死にだ。
「確かにそうですね」
シャノンも同意した。「弓による援護射撃の人数も少ないようです。あの程度の規模の攻撃なら、経験の少ない私たちでも対処は容易でしょう。敵の意図が理解できません」
「じゃあトカゲどもは本気でハシゴ登りをやるつもりはなく、登るふりだけしてすぐに撤退するんじゃないか? それでも坑道掘りのカモフラージュにはなるしな」
グラディスの言うことはもっともではあるが、マケランは否定した。
「いや……おそらく敵は、危険を覚悟でハシゴを登ってくる」
「なぜ、そう思われるのですか?」
「リザードマンの兵士たちの表情が、悲愴感に満ちているんだ」
「そうですか? あたしにはトカゲの顔の判別ができませんが……」
首をかしげるグラディスに、マケランは説明する。
「共和国軍の想定している戦いは野戦であり、この攻城戦では兵力の損失を避けようとする。以前にそんな話をしたな?」
「はい。だから危険なハシゴ登りはしないはずです」
「だが、もともとリザードマンを戦力として見ていないとすれば、ここで犠牲を出すことを厭わないかもしれない」
「え!? それはどういう意味ですか?」
「敵軍の中にリザードマンがいると知った時から、俺はずっと違和感を感じていたんだ。なぜこの季節の遠征軍にリザードマンを参加させたのかと」
「季節……ですか。今は冬に入ったところですね」
そう答えるシャノンの吐く息は白い。城壁の上は風が冷たく、寒さが身に染みた。
「変温動物であるリザードマンは体温を一定に保てないから、寒いと動きが鈍くなるんだ。冬眠する個体もいるくらいだ」
「そうなのですか。言われてみると、確かに動きが鈍いですね」
「そんな種族を冬に戦わせても力を発揮できないから、おそらくは後方支援を担当させるか、ただの数合わせで連れてきたんだろう。戦闘を行うことは想定していなかったと思う」
「ですがこうしてリザードマンは最前線に出てきて、危険なハシゴ登りをしようとしています」
「もしあいつらがこのままハシゴを登ってきたら、考えられることは1つだ」
マケランは吐き捨てるように言った。「共和国軍は、リザードマンなら死んでもいいと思ってるんだ」