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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦
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14.ドワーフの技術者集団

 マケランが自室に戻ってしばらく待っていると、ピットが誇らしげな顔で入ってきた。


「おい御主人、連れてきたぞ」


 彼の後ろにはグラディスとシャノンがいる。


「よくやった」

「おう、当然だ」


 褒められたピットは誇らしげに胸を反らし、キツネのようなしっぽをブンブンと右に振り上げている。実にわかりやすい。


「それで少尉、お話というのはなんでしょうか?」


 3人でテーブルを挟んで向かい合って座ったところで、グラディスが切り出した。ちなみにピットは話に加わろうとせず、自主的に部屋の掃除を始めている。


「これはレイシールズ城と、その周辺の土地の絵図面だ」


 マケランはテーブルの上に資料を広げた。「俺はこれを見ながら、共和国軍の司令官ならどうやってこの城を落とそうとするか、考えてみた」


「それは興味深いですね。敵はどうやって攻めてきますか?」

()()()()だ」


 坑道を掘って、地中から城壁まで掘り進める戦術のことだ。城壁の下まで達したところで基部を支えている支柱を燃やせば、城壁を崩壊させることができる。


「レイシールズ城の周囲は岩盤が多くて本来坑道堀りは難しいんだが、南東側は以前に川だったところを埋め立てているので、地盤が柔らかい。この方向からなら、地中を掘り進むことは充分に可能だ」

「敵の司令官は、そんな気の利いた戦術を思いつきますかね」


「共和国軍の司令官なら、士官学校を出ているはずだ。ならばきっと思いつく。これはある程度の戦術知識を持つ者なら頭に浮かぶ戦術だからな。

 ただし思いついた本人は『こんなことを考えるのは自分だけだ』と思ってしまう程度には卓越した戦術だ。だから軍を率いる者としては、試みずにはいられない」


「そこまで読んでいるとは、さすがです」


 グラディスは、改めてマケランの洞察力に感嘆している。


「ですが、それだけ大規模な工事には何か月もかかるでしょう。敵はそこまで時間をかけてこの城を落とそうとするでしょうか?」


 シャノンが疑問を呈した。


「共和国軍には、さほど時間をかけずに坑道を掘り終える目算があるんだ」

「どういうことでしょうか?」

「おそらく共和国軍は、ドワーフの技術者集団を連れてきている」

「えっ!?」


 亜人種であるドワーフ族は、身長は低いが屈強な肉体を持ち、鍛冶や工事において優れた技能を持っている。

 また、穴を掘って地中に住んでいるため、坑道を掘るような仕事はお手の物だ。


「確かにドワーフなら、人間よりもはるかに短期間で坑道を完成させるでしょう」


 シャノンは納得したように言った。「ですが敵軍にドワーフがいることが、どうしてわかるのですか?」


破城槌(はじょうつい)を作るのが早すぎたんだ」


 マケランはメガネをクイッと持ち上げた。「共和国軍は1500人の騎士と兵士を全滅させたことで、レイシールズ城は戦わずに手に入ると考えていたはずだ」


「はい。降伏を勧告した使者の態度からも、それは間違いないと思います」


 グラディスが答えた。


「ならば攻城戦をやると決意したのは、降伏勧告を拒否された後だ。にもかかわらず、わずか3日で完璧な出来栄えの破城槌を戦場に投入してきた。そんな短期間で破城槌を作成できるのは、並外れた技術を持つドワーフだけだ」


「なるほど、おっしゃるとおりです」

「さらに付け加えると、俺はどうも敵の動きがちぐはぐな気がしていた」

「どういうことですか?」


「敵は使い捨ての粗朶(そだ)をわざわざ動物の皮で包んでいた。破城槌もそうだ。ずいぶん几帳面(きちょうめん)な仕事をするものだと俺は感心した。

 だが城門を攻撃する時は、地上から援護射撃を行わなかった。かなり雑な攻め方だと不思議に思った。

 敵の司令官は几帳面なのか雑なのか、よくわからなかった。

 今ならどういうことか見当がつく。粗朶や破城槌の作成はドワーフが担当していたんだ。ドワーフ族は職人気質の持ち主だから、どんな状況でもいい加減な仕事は絶対にしない。

 それに対して、司令官の方は俺たちをなめていたから攻め方が雑になったんだ」


「それで破城槌を作ったのはドワーフだと、見抜くことができたのですか」

「さすが少尉です」


 マケランの洞察力を2人は褒め称えた。


「おう、もっと御主人のことを褒めていいぞ」


 マケランに対する賞賛の言葉を聞きつけて、ピットが(ほうき)を持ったまま寄ってきた。


「そりゃあ少尉は『黒蛇のマケラン』と称される方だからな」

「ピット君には頼りになる御主人がいてうらやましいわね」

「ふん、まあ当然だな」


 グラディスとシャノンの言葉に満足したのか、ピットは再び掃除に戻っていった。


(何をしに来たんだ、あいつは)


「攻撃側が坑道を掘っていることを守備側がこんなに早く気づくなんて、戦史にも前例がないんじゃないですか?」


 グラディスはピットのことを気にする様子もなく、愉快そうに続けた。


(俺の読みが当たっていれば、だがな)


 今まで自信ありげな態度で語ってきたが、神ならぬ人間が、他人の考えていることを確実に見抜けるわけがない。だから不安は当然ある。

 それでも堂々としていなければならないのが、指揮官だ。


「敵が坑道を掘り進んでいるとして、私たちはどうやって対処すればよいのでしょうか?」


 シャノンがたずねた。


「こちらも対抗して坑道を掘る。敵が城壁の下に到達する前に、その行く手を(はば)みたい。南の中庭(ウォード)から掘り進めれば、ドワーフたちより早く目標地点に到達できるだろう」

「では、すぐに掘り始めましょう」


 グラディスがやる気になっているが、兵士にやらせるつもりはない。


「いや、兵士は戦いに専念しなければならないから、掘る作業は男たちに頼むつもりだ」

「それで手が足りますか?」

「充分だ。それより君たちの方がこれから大変になるぞ。気を引き締めておけ」

「坑道掘り以外にも、警戒すべきことが?」


「当然だ」


 マケランは断言した。「敵は下から攻めると同時に、()からも攻めてくるぞ」

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