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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦
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13.城内の散歩

「おい御主人、散歩に連れてってくれよ」


 共和国軍の破城槌(はじょうつい)を破壊した翌日、マケランが机の前で書類仕事をしていると、ピットがそんなことを言ってきた。


「散歩なんて、1人で行ってくればいいじゃないか」

「冗談はメガネだけにしろよ。飼い主抜きで散歩に行く犬がどこにいるんだ」


 ピットの言い分はもっともだ。ウェアドッグも犬と同様、毎日散歩をしてやることが飼い主の義務である。

 とはいえ今は非常事態だ。


「籠城戦においては、主導権は攻撃側が持っている。破城槌の攻撃を退けたとはいえ、敵はすぐに次の手を打ってくるだろう。それに備えるのが俺の仕事だ。今はそれ以外のことをする余裕はない」


 そう言うとピットは悲しそうに顔を伏せた。立っていた耳もシュンと垂れている。


「とはいえ俺は着任したばかりで、まだこの城のことがよくわかっていない」


 マケランはメガネをクイッと上げて続けた。「だから城内の各所をめぐって、どんな施設があるのかを見ておきたい。城に住む者たちに直接声をかけてやることも重要だな。部屋にこもっているだけでは指揮官の役目は果たせない」


 ピットの耳が再びピンと立った。その目は期待に輝いている。


(わかりやすいな、こいつは)


 マケランはペンを置き、立ち上がった。


「城内の視察に行くぞ。ピット、ついて来い」




 マケランはまず、主塔(キープ)の1階にある家令の部屋を訪れた。

 家令の仕事は住民の監督や、城内の物資の管理だ。城代となったマケランにとって、頼りにすべき人物である。


「これはこれは城代殿、わざわざご足労いただかなくとも、呼びつけてくださればいつでもうかがいましたのに」


 家令は人当たりがいい老人で、マケランたちを快く歓待してくれた。


「じいさん、お菓子はないのか?」


 マケランの隣のソファーで紅茶をすすりながら、ピットは図々しいことを言っている。


「ハッハッハッ、ごめんよピット君。この部屋にはそんな上等な物はないんだ。どうしても食べたければ、食料庫からとってきてあげるけど」


「その必要はありません」


 マケランは断った。「それより家令殿、食料の備蓄は足りていますか?」


「はい。なにしろ1500人もいなくなりましたので、毎日宴会をしても備蓄には余裕があります」

「そんな贅沢をするつもりはありません」

「もちろん宴会は冗談ですが、女性の兵士の方はあまり召し上がらない方が多いようで、私などは心配しているのです」

「そうなのですか?」

「若い女性ばかりですから、体型を気にしておられるのかもしれませんね」

「バカバカしい。太る心配をするなんて、どこの貴婦人だ」


 マケランは呆れた。食料を節約しなければいけない状況ならともかく、あり余っているのに食わない理由はない。


「腹いっぱい食わずに敵と戦えるものか。配給するパンの量を1.5倍に増やそう。残した奴には罰として――」


「城代殿、私には軍の方針に口を出す権限はありませんが――」


 家令はやんわりと異を唱えた。「兵士の方たちにとって、食事は唯一の楽しみです。どんな美味しい食事も、強制されるのはつらいものです」


「なるほど、確かにそうですね。わかりました、無理やり食わせるのはやめておきましょう」


 マケランは家令の意見に納得し、すぐに考えを改めた。「それにしても、まさかダイエットをしようとする兵士がいるとは思いませんでした」


「以前はそんなことはありませんでした。城代殿が来てからですね」

「俺が?」

「若くて凛々(りり)しい男性指揮官の前で、美しくありたいと考えるのは自然なことです」

「…………」


 家令の言葉が正しいかどうかはわからないが、男の兵士ではあり得なかった問題だ。


 女性兵士制度は導入されたばかりなので、軍では経験の蓄積がまったくない。

 それどころか、過去の歴史にも例がない。


(今後も思いもよらない問題が起きるかもしれないな)




 家令の部屋を出たマケランは、次は壁上歩廊に行くことにした。

 ピットは散歩のルートをマケランに任せきっているようで、自分は決して前に出ようとせず、ピタッと隣を歩いている。


「少尉、お疲れ様です」


 らせん階段を上って城壁の上に出ると、当直の兵士たちがビシッと左手を上げた。

 マケランも敬礼を返し、彼女たちに問いかける。


「ご苦労、敵の様子はどうだ?」

「今のところ、動きはありません」

「そうか」

「少尉はピット君の散歩ですか?」

「まあ、そんなところだ」


 兵士たちは顔をほころばせ、口々にピットに声をかけた。


「よかったねピット君、御主人様に散歩してもらえて」

「うわあ、耳がふさふさ!」

「肉球がぷにぷにしてて気持ちいい!」

「おまえら、勝手にオレにさわるな」


(こいつ、意外に人気があるな)


 ピットは今まで男の騎士や兵士と行動を共にすることが多かったと聞いている。女たちにとっては物珍しい存在なのかもしれない。


「おい、おまえケガしてるのか?」


 ピットが1人の兵士を指さし、そんなことを言い出した。意外なことを問われた兵士は困惑している。


「え? ケガなんてしてないけど、どうして?」

「おまえから血のニオイがする」


 ピットはその兵士の股間に顔を近づけ、クンクンとにおいをかいだ。


「ちょ、ちょ、ええっ!?」

「やっぱりそうだ。おい、すぐに御主人に傷を見せ――バウアッ!」


 マケランはピットの襟ぐりをつかんで引きずっていった。


「何するんだ御主人、ケガをした兵士が――」

「いいから次の場所へ行くぞ」


(はあ……後でこいつに女の生理について説明しとかなきゃならんな)




 壁上歩廊の次は、西門のそばにある礼拝堂を訪れた。

 こぢんまりとした建物で、中には8人分のベンチしかないが、正面にある蛇神(じゃしん)ムーズの像は立派なものだ。


 真面目そうな顔の司祭が、その像を乾いた布で拭いていた。

 司祭の仕事はもちろん神に祈ることだが、神学校では医学も教えているため、ここでは医者の代わりもしているらしい。


「城代殿、神に祈りに来られたのですか?」


 マケランたちに気づいた司祭が声をかけてきた。


「散歩の途中で寄っただけですが、せっかく来たので祈っていきましょう」


 マケランはさほど信心深い人間ではないが、もちろんジャラン教徒としてムーズを信仰している。


(偉大なるムーズ様、レイシールズ城を共和国軍の攻撃からお守りください)


 マケランはムーズ像の前で片ひざをつき、祈りをささげた。


「ピット、おまえは祈らないのか?」

「オレはいいよ。ヘビの神様なんて信じてないから」

「おい、司祭殿の前で罰当たりなことを――」


「構いませんよ、城代殿」


 司祭は苦笑いをして言った。「ウェアドッグにとっては、飼い主こそが神なのですから」


(…………重いな)




 礼拝堂を出たマケランたちは、今度は厩舎(きゅうしゃ)にやってきた。

 ここには20頭ほどの馬が残っているそうだが、籠城戦ではおそらく馬の出番はないだろう。


 立ち並ぶ馬房の前で、馬丁(ばてい)と大工が立ち話をしていた。


「おお、マケランさんとピット君! やることがなくて退屈してんですよ。何か仕事はありやせんかね?」


 フレッドという名の中年の大工が、気さくに声をかけてきた。


「女たちに戦わせて、男であるわしらが何もせんのは気が引けるでのう」


 馬丁の老人は申し訳なさそうに言った。


「いや、何もしてないなんてことはない。昨日は破城槌を引き上げるのを手伝ってくれたじゃないか」

「ああ、あの破城槌はよくできてやしたね。壊すのが惜しいくらいでしたよ」


 フレッドの言葉に、マケランはうなずく。


「そうだな。こちらも兵器をつくることができればいいんだが、可能か?」

「兵器ですか。たとえばどんな?」

「投石機があればありがたい。壁上歩廊に設置して、敵陣に向かって石を飛ばすんだ」

「そういうのはつくったことがないんで難しいすねえ。せめて設計図があれば……」

「単純なカタパルトの設計図なら、俺が描けないこともないが」

「マジっすか! 士官学校ではそんなことも教えてるんすねえ」

「いや、そうじゃない。興味があったから覚えただけだ」

「はー、やっぱり首席で卒業するような人は違いますねえ」


 フレッドは本気で感心している。


「そんなことより、設計図があれば投石機をつくれるか?」

「うーん、見てみないとなんとも言えませんが、まあ2か月ぐらいあれば」

「なに? そんなにかかるのか?」

「人手が全然足りないんすよ。軍隊が攻城兵器をつくるようにはいきませんや」

「そんなものか」


(よく共和国軍はあれだけのものを、短期間で製作できたものだ。まさか本国から運んできたわけではないだろうが……)


 そこまで考えたマケランは、重大な事実に思いあたった。


(そうだ……ペルテ共和国には亜人種がいる。人間にはない能力を持つ者たちが)


「ピット、俺は主塔に戻る。おまえはグラディスとシャノンを呼んで来い」


 そう命令すると、ピットは目を輝かせ、鼻息が荒くなった。

 散歩を切り上げられる寂しさよりも、命令される喜びが勝ったようだ。


「任せろ!」


 ピットは勇んで走り去っていった。

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