12.初勝利
マケランが壁上歩廊に戻ってくると、敵軍を監視していた兵士たちは左腕をビシッと上げて迎えた。
これは先代の王タイパンが考案した軍隊式敬礼で、蛇神ムーズに自らの腕を差し出すという意味がこめられている。
「少尉、城門前の空堀はほぼ埋められました」
「うむ」
マケランは下士官の報告にうなずき、眼下をながめる。
ウェアウルフの兵士たちが破城槌を押して、坂を上ってくるのが見えた。
その後ろには人間の兵士たちも続いている。城門を破壊した後に城内に突入するつもりだろう。
「さすがにウェアウルフのパワーはたいしたものですね。傾斜があるのに軽々と運んでいます」
シャノンが感心したように言った。
「そうだな。だが共和国軍は、やはり俺たちのことをなめているようだ」
「どういうことでしょうか?」
「地上から弓矢で援護射撃をしようとしていない」
攻撃側が城門を破壊しようとしている間、守備側は当然それを妨害するため、城壁の上から弓矢などで攻撃する。
攻撃側はそれに対抗して地上から援護射撃をするのが普通だ。そうしなければ破城槌を動かす兵士を守れない。
「こっちには女しかいないと思って、甘く見てるってことですか」
グラディスはフンと鼻を鳴らした。「だったら好都合だ。少尉の策で奴らの目を覚ましてやりましょう」
彼女の手には、金属製のフックがついたロープが握られている。
「まだだぞグラディス。破城槌が真下に来るまで待て」
「はい」
敵が近づくのをじっと待ち、破城槌が城門に隣接したところでマケランは指示を出した。
「今だ、フックを下ろせ。慎重にな」
「任せてください」
グラディスは歩廊から身を乗り出してロープを垂らす。そして素早くフックを揺らし、破城槌の屋根の妻側の横木にしっかりと引っかけた。
「よっしゃあっ! うまくいったぜ!」
グラディスは快心の叫びをあげた。
「よくやった!」
「当然です!」
(グラディスはこういうことをやらせると、見事にやってのけるタイプだな。頼もしいことだ)
「よし、みんなでロープを引っ張ってくれ!」
「「おーーっ!!」」
城壁の上には男たちも呼んであった。彼らは民間人とはいえ、力仕事では頼りになる。
男たちはマケランの指示に従い、一気にロープを引っ張った。
「せいっ! せいっ! せいっ!」
「俺たちだって女に守られてるだけじゃないぞ!」
「根性見せたらぁっ!」
野太い声が飛び交い、フックをかけられた部分から破城槌が大きく引き上げられる。
そしてウェアウルフたちが唖然として見守る中、破城槌はガシャンという激しい音と共にひっくり返った。
「今だ、火矢を放て!」
待ち構えていた女性兵士たちは、裏返しになった破城槌に向けて次々と火矢を放っていく。
さすがに裏側まで防火処理はなされていない。破城槌は大きな炎に包まれ、燃え上がった。
続けてウェアウルフたちにも矢を射かけると、彼らは這う這うの体で逃げていった。
「見て! 奴らが逃げていく!」
「こんなにうまくいくなんて!」
「さすがは少尉ですね!」
兵士たちは大歓声をあげ、マケランを称えた。
「私たちに少尉がいる限り、この城が落ちることは絶対にないっ!」
グラディスが断言すると、他の兵士たちも同意するように雄叫びをあげた。
―――
アドリアンはガルズとルイを呼び出し、今後の方策について話し合った。
「まさか破城槌を燃やされるとはな……。フックをかけてひっくり返すとは聞いたことのない戦術だ。ウェアウルフの兵士たちも驚いただろう」
「驚いて何もできなかったようだ。敵には頭の切れる指揮官がいるのかもしれぬな」
ガルズの指摘に、アドリアンは苦い顔でうなずく。
「レイシールズ城の騎士はすべて殺したはずだったのだが」
「騎士ではないな。突撃しか能のない騎士には、こんな戦術は思いつかぬ」
「では、誰が指揮を執っていると?」
「サーペンス王国でも士官学校が創設されたのは知っているだろう? 貴殿と同じように士官学校で学んだ将校が、レイシールズ城にいるのかもしれぬ」
「だとすれば、騎士よりもはるかに厄介だな」
アドリアンとガルズが深刻な顔を突き合わせていると、
「ふん、おまえら口ほどにもねえな。女の兵士しかいない城にてこずってんのか?」
こんな無礼な口を利く人間は、魔法使いのルイしかいない。
「だまれ! だったらおまえが、自慢の火の魔法で城壁を焼き落としてみろ!」
ガルズが大きな牙をむき出して怒鳴りつけた。
「ふん、石の壁なんか燃やしてもおもしろくねえ。生きてる人間なら喜んで焼いてやるがな」
「じゃあ城壁の上にいる敵兵を焼き殺してこい! 遠距離攻撃の魔法もあるはずだろうが!」
「もちろんあるが、敵のクロスボウの射程のほうが長い。魔法が届く距離まで近づけば、オレ様に矢が当たっちまう」
「自分の身は危険にさらしたくないか。ふん、腰抜けが」
「腰抜けだと! オレ様を腰抜けと言ったのかオオカミ野郎! だったらその身でオレ様の魔法を味わってみるか?」
「やる気か? 俺の爪で引き裂かれる前に詠唱を終えられると思うなら、やってみろ!」
ルイとガルズは一触即発の状態でにらみ合う。
「やめろ! くだらんことで味方同士が争っている場合か!」
アドリアンが叱りつけると、二人は渋々といった様子で矛を収めた。
(まったく……ルイは実力はあっても性格が最悪だ。しかも攻城戦では役に立たん)
愚痴を言いたい気持ちを抑え、アドリアンは2人に告げる。
「私はもう敵をあなどることはしない。こうなったからには、じっくりと腰を据えてレイシールズ城を攻略するつもりだ」
「どうするのだ?」
「土木工事だ」
アドリアンはニヤリと笑みを浮かべて答える。「向こうは、我々がドワーフを連れて来ていることを知らない」
「なるほどな。貴殿の考えていることがわかったぞ」
ガルズも笑みを返した。「どんな堅城もドワーフの技術力の前では、砂の城も同然だ。敵のあわてふためく姿を見るのが、今から楽しみだな」