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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦
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11.破城槌

「……燃えませんね」

「……そうだな」


 グラディスとマケランは顔を見合わせ、首をかしげた。


「よく見ると、粗朶(そだ)は皮のようなもので覆われています。そのせいで燃えないのではないでしょうか?」


 シャノンに指摘され、マケランはようやく気づいた。


(くっ、ぬかった……! そういうことか……)


「シャノンの言う通りだ。不燃性を持つ濡らした動物の皮で、粗朶を包んでいるようだ」


 マケランは余裕の態度を装って説明した。内心が顔に出ないのは、彼の長所である。


「なるほど、動物の皮は燃えないのですね」

「うむ。堀を埋めるだけの使い捨てのモノを、わざわざ皮で包むとは手の込んだことをする。敵ながら見事だ」


 マケランはメガネをクイッと上げてから、敵を称えた。「こういうところで手抜きをしないことが勝利につながる。君たちも肝に銘じておけ」


「「はい!!」」


 兵士たちは声をそろえて返事をした。彼女たちが不安な様子を見せないのは、指揮官がまったく動じていないからだろう。

 しかしマケランはあせっていた。


(打って出て作業を妨害するか……? いや、論外だな。たった300人で外へ出るのは自殺行為だ)


 妙案は思いつかないが、とりあえず火矢を射るのはやめさせた。矢や油を無駄にするべきではない。


「少尉、敵は何やら妙なものを出してきました」


 グラディスの指差す方向に目を向けると、共和国軍の陣地に木の小屋のようなものが見えた。大きな三角形の屋根がついた小屋で、車輪がついていて動かせるようになっている。小屋の中からは、先端を金属で覆った太い丸太が突き出ていた。


(ああ、これはまずい)


「あれは破城槌(はじょうつい)だな。振り子のように丸太をぶつける攻城兵器だ。堀を埋めた後は、あれを使って城門を破壊するつもりなんだろう」


 マケランはなんでもないことのように答えた。「攻城兵器としては単純なものだが、きっちりと手をかけてつくってあるように見えるな。壊すのが惜しいくらいだ」


「なるほど、攻城兵器ですか。そのように言われるということは、あれを破壊する手段があるんですね?」

「もちろんだ」

「おお、さすがです!」


 グラディスや兵士たちは、マケランの言葉を疑っていないようだ。


「あの破城槌も動物の皮で覆われているように見えますね。火は効かないかもしれません」


 シャノンが冷静な意見を述べた。


「そのようだな。共和国軍は手抜き工事をするつもりはないらしい」


(こちらには指揮官がいないと思って、油断してくれると期待してたんだが……)


 マケランとしては当てが外れた形である。


「このペースだと、あと2時間ほどで城門前の堀が埋まりそうです」


 敵の作業の様子を観察し、グラディスが推測を述べた。


「そうだな。こうなったら堀は埋めさせてやろう。後で破城槌を破壊した方が早い」

「なるほど、敵が破城槌を城門前に運んでくるのを待ってから破壊するわけですね」

「そういうことだ。それまでの間、こちらからの攻撃は控える。俺はしばらく部屋で策を練っているから、何かあればすぐに知らせろ」


「はい、ここは任せてください」


 グラディスは力強く請け合ってから、兵士たちに声をかけた。「おい、おまえら、あのフンコロガシどもが汗水たらして働く様子を、高みの見物といこうぜ」


 豪快な兵士長の言葉に、兵士たちは少女のように無邪気な笑い声を上げた。




 マケランは主塔(キープ)の自室に戻ってきた。


(さて……どうしたものか)


 破城槌への対策を考えながら、扉を開ける。


「…………」


 マケランのベッドで、ピットが布団にくるまって寝ていた。


(こいつ、俺のベッドを勝手に使っているとは)


 ピットはペットだが、従者でもある。主人のベッドで眠るようなことをすれば、殴られても文句は言えないだろう。

 叩き起こそうとベッドに近付く。


「ママ……」


 寝言が聞こえた。


「…………」


(寝かせておいてやろう)


 マケランはベッドから離れ、机に移動した。そして椅子の背もたれに体を預けて、ふうっと息をつく。


「げえっ、もう帰ってたのか」


 音で目を覚ましたのか、ピットが飛び起きた。


「か、勘違いするなよ。オレは眠ろうとしたわけじゃなくて、御主人のニオイをかいでたかっただけなんだからな」


 よくわからない言い訳をしている。


「寝ててもいいぞ。今はおまえの相手をしてやる余裕はないんだ」

「何かマズイことでもあったのか?」


 ピットはベッドから下りて寄ってきた。

 マケランが事情を説明すると、


「そんな大変な時に、指揮官がこんなところにいてもいいのか?」

「俺が悩んでる姿を、兵士たちに見せるわけにはいかないからな」

「ここにはオレしかいないから、好きなだけ悩んだり弱音を吐いたりできるってことか」

「まあ、そういうことだ」

「ふうん。オレだって御主人の情けない姿は見たくないんだけどなあ」


 文句を言いながらも、なぜかニヤニヤしている。


「なんだ、その顔は?」


「別に? せっかく来たんだから、まずは休めよ」


 ピットは強引にマケランの手を引いて、ベッドの上に座らせた。「とりあえず靴を脱いで楽にしろ。サーコートと鎖帷子(くさりかたびら)も脱げ」


「2時間ほどで戻らなきゃならないんだが」

「2時間もあればひと眠りできるだろ。休めるときはしっかりと休むんだ」


 ピットは甲斐甲斐しくマケランの靴を脱がせる。

 だが、なぜか途中で動きを止めた。


「ん? どうかしたのか?」

「ウー……なんか我慢できなくなった」


 ピットはそう言うと、マケランの靴を口にくわえて、部屋の隅っこまで走っていった。


「…………」


 意味がわからない。

 ピットの奇行に首をかしげていると、


「おい、オレに靴を取られたんだから、さっさと追ってこいよ!」

「なんでそんなことをする必要があるんだ?」

「ペットと遊ぶのも飼い主の義務だろうが! 2時間も一緒にいられるんなら、それぐらいしてくれてもいいだろ!」


 どうやらピットは追いかけっこをして遊びたいらしい。


「はあ……休ませてくれるんじゃなかったのか」


(そういえば昔飼ってた犬も、俺の靴をくわえて走り回っていたな。俺が追いかけると、楽しそうに笑っていたっけ)


 ピットは不安そうにマケランの表情をうかがっている。こんな顔を見せられては、無下にはできない。


(仕方ない、遊んでやるか)


「ええい、このいたずら犬め! 俺の靴を返せ!」


 マケランは怒ったふりをして、ピットに向かっていった。


「へへっ、つかまるもんか!」


 ピットは靴を口にくわえたまま、笑顔で逃げ出した。

 そして追いかけっこが始まった。


 ウェアドッグの脚力は人間よりもはるかに上だ。相手は子どもとはいえ、広い場所で逃げられればとても追いつけるものではない。だが室内であれば、いい勝負になる。

 ――と思ったのだがピットの動きが素早く、巧みに身をかわすので、まったくつかまえられない。


「ぜえ……ぜえ……今日はこのくらいで勘弁してやる」


 20分ほど追いかけっこを続けたところで、息が切れたマケランはベッドに寝転がった。


「もう終わりか? しょうがないなあ」


 そんなことを言いつつも、ピットの表情は生き生きしている。遊んでもらって、かなり満足したようだ。

 彼は戸棚から何かを取り出して持ってくると、


「さあ、これを飲め」


 グラスを差し出してきた。透き通った薄い黄金色の液体が入っている。今回は白ワインだ。


「いや、戦闘中だというのに酒を飲むのは――」

「酒は適量なら、心も体も強くなるらしいぞ」


 ピットが強引に勧めるので、マケランはグラスを受け取った。心が浮き立つようなフルーティーな香りが鼻の奥をくすぐってくる。


(まあ、少しくらいならいいか)


 ゆっくりとグラスを傾けて舌を湿らせた。


「これは……かなり上等の白ワインだな」


 柑橘系の果物のような爽やかな酸味が感じられるものの、口当たりはやわらかで、かすかに残る苦みも心地よい。

 マケランはこんなときだというのに――いや、こんなときだからこそ、高価なワインをじっくりと楽しむことにした。


(これも将校の特権だな)


 兵士たちは水のように薄いエールを飲むことしか許されていない。それに比べてマケランは恵まれた身分である。

 それは重い責任を負っているからだ。


「あんまり飲み過ぎるなよ」


「大丈夫だ」


 アルコールのおかげか、勇気がわいてきた。「破城槌を壊す手段があると言ったのは嘘じゃない。あの形状を見た時、すぐに対策は思いついた」


 マケランは考えていることをピットに話した。


「ずいぶん単純な対策なんだな」

「単純であることが重要なんだ。複雑になるほど、どこかで失敗する可能性が高まる」

「なるほどな」

「もちろん、絶対に成功するという確証はない。だから迷っていたんだ」

「人間のやることに絶対なんてあるわけないだろ」

「よくわかってるじゃないか。でも今なら何をやってもうまくいきそうな気がするな」

「それは酒のせいで気が強くなってるだけじゃ……」

「いや、まだ適量には全然足りない。もっと()げ」


 マケランがグラスを差し出すと、ピットはやや不安そうな顔をしながらも、たっぷりと注いでくれた。

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