102.マケランの言葉
ラブレーの城館前の広場では、黒蛇軍団の兵士たちが整列している。
その前には、5つの棺が並んでいる。
盗賊たちと戦い、戦死した5人の兵士の遺体だ。
レイシールズ城防衛戦後に入隊した兵士にとっては、初めて経験する戦友の死である。
彼女たちの視線の先では、マケランがエンシェンの報告を聞いていた。
「――以上が、バフトン村を襲った盗賊団を撃退した顛末になります。詳細は、後ほど文書にて提出いたします」
その報告は、簡潔で要を得ていた。
(『猛虎』のエンシェンか……。実戦でこそ力を発揮するタイプの指揮官と聞いていたが、期待以上だな)
エンシェンの部隊は200人、対する盗賊たちは400人だった。わずか5人の犠牲で敵を壊滅させたことは、見事というしかない。
「君にとっては、これが初めての実戦だった。にもかかわらず最高の結果を出したな。狼煙を上げずに奇襲をかけたことも最善の判断だった。マニュアルにこだわらずに臨機応変な判断ができるのは、優れた将校の証だ」
マケランが褒めると、エンシェンの後ろにいるサマンサやサミがホッとした表情を浮かべた。
しかしエンシェン自身は浮かない表情をしている。
「で、ですが、5人の戦死者を出してしまいました。私が退路を塞いだため、盗賊たちが必死で抵抗したんです。敵の戦意をそぐためにも、逃げ道を与えておくべきでした。申し訳ありません」
(はあ……素直に勝ち誇ってくれればいいのに)
「兵力ではるかに劣っていたことを考慮すれば、これ以上の結果を求めるのは高望みしすぎだぞ。もっと胸を張れ」
と、彼女は言ってほしいのかもしれない。
だが今後のことを考えれば、それで済ますのはどうかと思えた。
「君も将校になったからには、学生気分は捨てろ」
マケランは険しい顔で、メガネをクイッと持ち上げた。
「戦場で得られる情報は不完全で、判断を下す人間も完璧ではあり得ない。そして戦闘の結果は運に大きく左右される。
そんな状況で下した判断が正解だったかどうかは、誰にもわからない。逃げ道を開けて盗賊を逃がせば、逃げた盗賊が再びどこかで略奪を行っていたかもしれない。
今回の件では、少なくとも村人には犠牲が出なかった。それは君たちがよく戦ったからであり、そのことは誇るべきだ。それなのに指揮官が後悔ばかりしていては、死んだ兵士が報われない。
自分の気持ちの整理のために謝罪をするよりも、兵士たちを褒め称えてやれ」
(よし、俺は心を鬼にして、ちゃんと言ったぞ)
言わなければならないことを言うのは、つらいものである。
マケランの威圧感を目のあたりにして、兵士たちも神妙な顔つきだ。
(最近は兵士から親しげに声をかけられることが多かったが、やはり指揮官は恐れられる存在であるべきだ)
しかし空気を読もうとしない人間というのは、いるものである。
「さっすがアタシの司令官です! いつもは優しいから、たまにこんなふうに厳しさを見せてくれるとゾクッとします!
でもどうせなら、もっと感情をあらわにして欲しかったなあ。司令官の言葉は、どうしても理知的に聞こえちゃうんですよねえ」
列の先頭に立っていた、ググだ。
(なぜこいつは、この厳粛な雰囲気の中で、こんなくだらない発言ができるんだろうか?)
「戦死した仲間の前で、不謹慎だぞ!」
などと言って怒鳴りつければ、彼女は快感に震え、体をねじってもだえるだろう。関わらないのが一番だ。
「時には言葉だけじゃなく、行動で示すのもいいと思いますよ。さあ、アタシに鉄拳制裁を――アイタタタッ!」
「余計な口をはさむな、変態女!」
ルーシーがググのほっぺを、指でグイッとひねり上げた。
「フヒヒッ、ひたいよルーシーちゃん」
もちろんググは喜んでいた。ルーシーは諦めたようにため息をつき、指を離す。
「司令官、申し訳ありません。すぐにこのゴミを片付けるであります」
「ああ、いや、もういい。そいつのことは放っておけ」
(なんだか、空気が緩んでしまったな)
マケランはエンシェンに声をかける。
「後で改めて、2人で話をしよう」
「はい」
「君は勇気を持って決断を下した。それこそが将校の仕事だ。よくやった」
「は、はい!」
「もちろん、戦死者が出たことは決して軽くはない」
マケランは兵士たちに向き直った。「ニコラ、アイリス、ヘザー、ウェンディ、エリンは虹蛇の背を渡った。彼女たちの魂がムーズの元へたどり着くことを、みんなで祈ろう」
マケランは右手の人差し指を上に向け、クルクルと回した。これはヘビがとぐろを巻く姿を表現している。
「はい。私は彼女たちのために祈ります」
エンシェンはそっと目を閉じ、同じ動作をした。
すべての兵士が、それに続いた。
彼女たちは知っていた。
戦死者の名を一人ずつ呼び、祈りを捧げる指揮官など、そういるものではないと。
―――
バフトン村を襲った旧ゲニントン家の遺臣たちは、まともな指揮官もいない盗賊集団にすぎなかった。
だが、旧バーシー家、旧ボトラー家、旧デザール家の連合軍は違う。実に3600人の兵力を集めることに成功していた。
将校の数もそろっており、本格的な「軍」の体裁をなしていた。
彼らは主家の恨みを晴らすため、王家の打倒を宣言し、王領に侵攻した。
そして村で略奪を行い、王家の地力を削ぎながら物資を補給していた。
王家としては、これを放置することは許されない。
「気の毒だが、これも大義のためだ。恨むなら王家を恨むがよい」
反乱軍の頭領は焼き払った村の残骸をながめ、満足そうに言った。
「王家は新たに得た領地に兵力の大半を派遣しており、王領に残っている軍はわずかのようです。せいぜい、デュランとかいう将校の軍がいるぐらいですね」
部下の将校が余裕の表情で続けた。
「ああ、聞いている。騎士を主力とする常備軍だな。だが騎士の突撃など、しっかりと隊列を組んで備えていればどうということはない」
「はい。それに騎兵なら、こちらにも1200騎います。野戦なら決して負けません」
そんな話をしているところへ、下士官が取り乱した様子で走ってきた。
「と、頭領! 斥候から報告が入りました! 東の方角から敵襲です!」
「ほう、もう来たか。敵の人数はどのくらいだ?」
「そ、それが……攻めてきたのは人間ではありません!」
「なんだと? まさかドラゴンが現れたとでも言うのか?」
「は? い、いえ、そんなことはありません」
(まあ、そうだろうな)
先だっての諸侯の反乱のさなか、北部にドラゴンが現れたらしいが、すでに討伐されている。
(待てよ……そのドラゴンを斬り殺したのは、確かデュランだったな)
頭領は、デュランが決してあなどれぬ相手であることを思い出した。
ドラゴンを倒したデュランは『龍殺し』と呼ばれるようになった。そのため彼の軍は、龍殺し軍団と呼ばれているらしい。
「では何が攻めてきたと言うのだ?」
改めて問いただすと、下士官は叫ぶように答えた。
「羊の大群です!」




