101.トラの狩り
エンシェンの言葉に、その場にいた兵士たちは顔を見合わせた。
敵は400、こちらは200。普通に考えれば勝ち目は薄い。
しかし彼女の表情には、微塵も迷いがなかった。
「サマンサ」
「は、はい!」
「奴らは略奪に来た。ならば当然、村の中に入ってくる」
「そのとおりです。防衛戦を行うなら、すぐに村の門を閉めるべきかと」
「いや、門は開けておく」
「え?」
サマンサは理解できないという顔をした。
「さっきも言ったが、この村を囲む柵など、奴らがその気になればすぐに引き倒される。あんな簡素な柵を頼りに防衛戦をするつもりはない」
「まさか、こちらから打って出るのですか?」
「いや、兵力で上回る相手とまともにぶつかるのは無謀だ」
「では、どうなさるおつもりですか? 早く門を閉めないと、盗賊たちが村に入ってきます」
「入れてやればいい」
「へ?」
後ろで聞いていたサミは、思わず変な声を出してしまった。「む、村に入れるんですか!?」
「そうだ」
エンシェンは平然と答えた。「村の外で戦えば、数の差がそのまま出る。だが村の中なら話は別だ」
彼女は窓の外を指さす。
「あのだらしない姿を見てわかるように、奴らはまったく統率がとれていないし、戦う覚悟もできていない。村に入った後は思い思いに略奪に向かうだろう。家で金品をあさる者、家畜を奪おうとする者、若い女を犯そうとする者、てんでに散らばっていく」
サマンサの目が徐々に見開かれていく。
「つまり……」
「分断される」
エンシェンは言った。「400人いた敵が10人、20人の小集団に分かれる。そこを、こちらが叩く」
サマンサは息をのんだ。
「で、ですが……それでは村人が危険です!」
「だから避難させる」
エンシェンは即答した。「今すぐだ。村人は全員、この教会に集めろ。石造りだ、簡単には破れん」
「は、はい!」
「そしてサマンサ。君には50人の隊を任せる。敵の侵入後、北の門の付近に移動し、待機していろ」
「奴らが入ってきた門ですか?」
「そうだ。思わぬ反撃を受けた盗賊たちは、我先にと逃げようとする。そこを討ち取れ」
サミの背筋に、ぞくりとしたものが走った。
(逃げる者にも容赦しない……まさに『猛虎』)
「よし、諸君」
エンシェンはニヤリと笑って言った。「狩りの時間だ」
村人の避難は、驚くほど早く終わった。
黒蛇軍団の兵士たちは慣れた様子で家々を回り、事情を説明しながら住民を教会へ誘導していく。
最初こそ戸惑っていた村人たちも、武装した集団が近づいていると知ると顔色を変え、急いで荷物を抱えて走り出した。
やがて村の通りは、ひっそりと静まり返った。
窓は閉ざされ、家畜たちも納屋へ押し込まれている。
まるで村そのものが息を潜めているかのようだった。
サミとエリカの部隊も物陰に身を潜め、獲物がやってくるのを待っている。
(来た……!)
北の門から、盗賊たちがゾロゾロと入ってきた。
誰もがいやらしい笑顔を浮かべている。やはり何の疑いも抱いていないようだ。
数人が真っ先に走り出し、家の扉を蹴り開け始めた。
他の者たちは大声で笑いながら後に続く。
まさにエンシェンの予想どおり、男たちは瞬く間に村の中へ散らばっていった。
「今だ!!」
村の中心部から、エンシェンの号令が響き渡った。
よく通る高い声だ。すべての兵士の耳に届いただろう。
サミの部隊の兵士たちは、物陰から飛び出した。
素早く盗賊たちに向けて、装填済みのクロスボウを構える。
「放て!」
サミの指示により、一斉に矢が放たれた。
「ぐあっ!」
「ぎゃっ!」
油断していた盗賊たちが、その場に倒れ込む。
「どうした――!?」
家の中をあさっていた者たちが、慌てて飛び出してくる。
「撃てー!」
今度はエリカの部隊が、荷車の後ろから顔を出して矢の雨を降らせた。
またしても敵はバタバタと倒れていく。
「て、敵だと!?」
「あいつら村人じゃねえ……軍隊だ!」
「女の兵士……黒蛇軍団じゃねえか! やべえ!」
通りのあちこちで悲鳴と怒号が上がった。
混乱する盗賊たちに向かって、別部隊の兵士たちが盾を構えて突進する。
「どけ! 前が見えねえ!」
「押すな!」
混乱の中、兵士たちの剣が次々と突き立てられる。
盗賊たちは次々に倒れていった。
「南通り、制圧!」
「西側の敵も潰走していきます!」
味方優勢の報告が次々と上がる。
――しかし、盗賊の中にも骨のある男がいた。
「逃げるんじゃねえ! 相手は女だぞ!」
他の盗賊よりも一回り大きな口ひげの男だ。この状況でも不敵な面構えを崩していない。
「おらぁっ!」
「きゃあっ!」
彼は近くにいた兵士を、鋭い一振りで切り倒した。
(そんな……!)
味方が斬られる姿を目にして、サミの背筋が凍り付く。
「さあてめえら! 一気に押し返すぞ!」
「お、おお!」
その力強い声につられて、盗賊たちが勇気を取り戻しかける。
そこへ――
「雑魚が吠えるな!」
エンシェンが馬を走らせて突っ込んできた。
彼女は後方で指示を出すだけの指揮官ではなかったのだ。
剣が一閃する。
次の瞬間、口ひげの男の首が宙を舞った。
「諸君、わたしに続け!」
彼女はさらに続けて、単騎で盗賊たちの群れに突っ込んでいく。
ぽっちゃりした体格に似合わぬ素早い剣捌きで、馬上から次々と盗賊たちを屠っていった。
「な、なんだこの女は!?」
「強そうに見えねえけど、強えっ!」
「だめだ、逃げろっ!」
虎に襲われた獲物たちは、算を乱して逃げ惑う。
「少尉、1人で突っ込むのは危険です!」
「私たちの指揮官を守れ!」
部下の兵士たちは指揮官に遅れじと全力で走り、逃げる敵に後ろから斬りかかる。
「全員、クロスボウを置いて剣を抜け! 獲物は北へ追い込むんだ!」
エンシェンは自ら剣を振るいながらも、全体を見渡していた。
「よし、ボクたちも行くよ!」
サミも剣を抜き、逃げる盗賊たちに向かっていく。
まったく恐怖は感じない。
指揮官が自ら最前線に立って戦う姿を見ると、体の底から勇気がわき上がってくる。
対する盗賊たちは、誰もが逃げることしか考えていなかった。
彼らは団子状になって北の門に殺到する。しかし、そこにはサマンサの部隊が待ち構えていた。
「げえっ、待ち伏せされてるぞ!」
「囲まれたぞ!」
恐怖が一気に広がった。
檻に閉じ込められた獲物たちは、次々と討ち取られていく。
しばらく戦闘が続いてから――
「うわああぁぁっ! 降参する! 降参するから命だけは助けてくれえっ」
誰かが叫んだのを合図に、盗賊たちは次々と武器を捨てていった。
「もう勝っちゃったみたいだねー」
エリカがのんびりした声でつぶやいた。
サミは興奮が収まらない。
敵は倍の人数だったはずだ。
だが実際に戦ってみると、圧勝だった。
(盗賊たちは烏合の衆だった。それに対し、ボクたちには優れた指揮官がいた)
サミはその指揮官に目を向けた。
「もう終わりか?」
エンシェンは物足りなさそうに眉をひそめていた。
村の広場。
戦いが終わり、村人たちも集まってきている。
サミの目の前では、縄で縛られた盗賊たちが地面に座らせられていた。150人はいるだろう。
それ以外の者は、死んだ。逃げおおせた者はいない。
対するこちらの被害は、戦死者が5人。
仲間の死は悲しいことだが、まごうことなき完勝だ。
「あああ、わたしのせいで死なせてしまってごめんなさい」
エンシェンは味方の死体の前でガックリと膝をつき、嘆いている。
「退路をふさいでしまえば、死に物狂いで抵抗する敵も当然いる。逃げる敵は放っておけばよかったんです。どう考えても、わたしの判断ミスです。マケラン先輩になんて言えばいいか……」
彼女は戦闘が終わると、また頼りない指揮官に戻っていた。体も重そうに見える。
(……不思議な人だなあ)
近くで見ているサミは、首をかしげた。さっきまでの荒ぶる指揮官と同一人物とは、とても思えない。
「少尉、どうか顔を上げてください」
サマンサがいたわるように声をかけた。「私たちは兵士です。戦いで死ぬ覚悟はできています。400人の盗賊団を1人も逃がさず壊滅させたことを、どうか誇ってください」
「その方のおっしゃるとおりでございます。おかげでこの村は守られました。本当になんとお礼を言っていいか……」
この村の村長が言った。
「そうですよ!」
「あんたたちがいなけりゃ、財産だけでなく命まで奪われてた!」
他の村人たちも口々に同意する。
「いえ、私たちは任務を遂行したまでです」
エンシェンはヨロヨロと立ち上がり、村人たちに向き合った。「これから盗賊の死体を片付けますので、皆さんは家に戻っていてください」
「いえ、兵士の方たちはお疲れでしょうから、それは私どもでやります。せめてそれぐらいはさせてください」
「そうですか……では、お言葉に甘えさせていただきます」
エンシェンはそう答えると、村人たちに背を向けた。




