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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第3章 激動の王国

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101.トラの狩り

 エンシェンの言葉に、その場にいた兵士たちは顔を見合わせた。

 敵は400、こちらは200。普通に考えれば勝ち目は薄い。


 しかし彼女の表情には、微塵も迷いがなかった。


「サマンサ」

「は、はい!」

「奴らは略奪に来た。ならば当然、村の中に入ってくる」

「そのとおりです。防衛戦を行うなら、すぐに村の門を閉めるべきかと」

「いや、門は開けておく」

「え?」


 サマンサは理解できないという顔をした。


「さっきも言ったが、この村を囲む柵など、奴らがその気になればすぐに引き倒される。あんな簡素な柵を頼りに防衛戦をするつもりはない」

「まさか、こちらから打って出るのですか?」

「いや、兵力で上回る相手とまともにぶつかるのは無謀だ」

「では、どうなさるおつもりですか? 早く門を閉めないと、盗賊たちが村に入ってきます」

「入れてやればいい」


「へ?」


 後ろで聞いていたサミは、思わず変な声を出してしまった。「む、村に入れるんですか!?」


「そうだ」


 エンシェンは平然と答えた。「村の外で戦えば、数の差がそのまま出る。だが村の中なら話は別だ」


 彼女は窓の外を指さす。


「あのだらしない姿を見てわかるように、奴らはまったく統率がとれていないし、戦う覚悟もできていない。村に入った後は思い思いに略奪に向かうだろう。家で金品をあさる者、家畜を奪おうとする者、若い女を犯そうとする者、てんでに散らばっていく」


 サマンサの目が徐々に見開かれていく。


「つまり……」


「分断される」


 エンシェンは言った。「400人いた敵が10人、20人の小集団に分かれる。そこを、こちらが叩く」


 サマンサは息をのんだ。


「で、ですが……それでは村人が危険です!」


「だから避難させる」


 エンシェンは即答した。「今すぐだ。村人は全員、この教会に集めろ。石造りだ、簡単には破れん」


「は、はい!」

「そしてサマンサ。君には50人の隊を任せる。敵の侵入後、北の門の付近に移動し、待機していろ」

「奴らが入ってきた門ですか?」

「そうだ。思わぬ反撃を受けた盗賊たちは、我先にと逃げようとする。そこを討ち取れ」


 サミの背筋に、ぞくりとしたものが走った。


(逃げる者にも容赦しない……まさに『猛虎』)


「よし、諸君」


 エンシェンはニヤリと笑って言った。「狩りの時間だ」




 村人の避難は、驚くほど早く終わった。


 黒蛇軍団の兵士たちは慣れた様子で家々を回り、事情を説明しながら住民を教会へ誘導していく。

 最初こそ戸惑っていた村人たちも、武装した集団が近づいていると知ると顔色を変え、急いで荷物を抱えて走り出した。


 やがて村の通りは、ひっそりと静まり返った。


 窓は閉ざされ、家畜たちも納屋へ押し込まれている。

 まるで村そのものが息を潜めているかのようだった。


 サミとエリカの部隊も物陰に身を潜め、獲物がやってくるのを待っている。


(来た……!)


 北の門から、盗賊たちがゾロゾロと入ってきた。

 誰もがいやらしい笑顔を浮かべている。やはり何の疑いも抱いていないようだ。


 数人が真っ先に走り出し、家の扉を蹴り開け始めた。

 他の者たちは大声で笑いながら後に続く。


 まさにエンシェンの予想どおり、男たちは瞬く間に村の中へ散らばっていった。


「今だ!!」


 村の中心部から、エンシェンの号令が響き渡った。

 よく通る高い声だ。すべての兵士の耳に届いただろう。


 サミの部隊の兵士たちは、物陰から飛び出した。

 素早く盗賊たちに向けて、装填済みのクロスボウを構える。


「放て!」


 サミの指示により、一斉に矢が放たれた。


「ぐあっ!」

「ぎゃっ!」


 油断していた盗賊たちが、その場に倒れ込む。


「どうした――!?」


 家の中をあさっていた者たちが、慌てて飛び出してくる。


「撃てー!」


 今度はエリカの部隊が、荷車の後ろから顔を出して矢の雨を降らせた。

 またしても敵はバタバタと倒れていく。


「て、敵だと!?」

「あいつら村人じゃねえ……軍隊だ!」

「女の兵士……黒蛇軍団じゃねえか! やべえ!」


 通りのあちこちで悲鳴と怒号が上がった。

 混乱する盗賊たちに向かって、別部隊の兵士たちが盾を構えて突進する。


「どけ! 前が見えねえ!」

「押すな!」


 混乱の中、兵士たちの剣が次々と突き立てられる。

 盗賊たちは次々に倒れていった。


「南通り、制圧!」

「西側の敵も潰走していきます!」


 味方優勢の報告が次々と上がる。

 ――しかし、盗賊の中にも骨のある男がいた。


「逃げるんじゃねえ! 相手は女だぞ!」


 他の盗賊よりも一回り大きな口ひげの男だ。この状況でも不敵な面構えを崩していない。


「おらぁっ!」

「きゃあっ!」


 彼は近くにいた兵士を、鋭い一振りで切り倒した。


(そんな……!)


 味方が斬られる姿を目にして、サミの背筋が凍り付く。


「さあてめえら! 一気に押し返すぞ!」

「お、おお!」


 その力強い声につられて、盗賊たちが勇気を取り戻しかける。

 そこへ――


「雑魚が吠えるな!」


 エンシェンが馬を走らせて突っ込んできた。

 彼女は後方で指示を出すだけの指揮官ではなかったのだ。


 剣が一閃する。

 次の瞬間、口ひげの男の首が宙を舞った。


「諸君、わたしに続け!」


 彼女はさらに続けて、単騎で盗賊たちの群れに突っ込んでいく。

 ぽっちゃりした体格に似合わぬ素早い剣捌きで、馬上から次々と盗賊たちをほふっていった。


「な、なんだこの女は!?」

「強そうに見えねえけど、強えっ!」

「だめだ、逃げろっ!」


 虎に襲われた獲物たちは、算を乱して逃げ惑う。


「少尉、1人で突っ込むのは危険です!」

「私たちの指揮官を守れ!」


 部下の兵士たちは指揮官に遅れじと全力で走り、逃げる敵に後ろから斬りかかる。


「全員、クロスボウを置いて剣を抜け! 獲物は北へ追い込むんだ!」


 エンシェンは自ら剣を振るいながらも、全体を見渡していた。


「よし、ボクたちも行くよ!」


 サミも剣を抜き、逃げる盗賊たちに向かっていく。

 まったく恐怖は感じない。


 指揮官が自ら最前線に立って戦う姿を見ると、体の底から勇気がわき上がってくる。

 対する盗賊たちは、誰もが逃げることしか考えていなかった。


 彼らは団子状になって北の門に殺到する。しかし、そこにはサマンサの部隊が待ち構えていた。


「げえっ、待ち伏せされてるぞ!」

「囲まれたぞ!」


 恐怖が一気に広がった。

 檻に閉じ込められた獲物たちは、次々と討ち取られていく。


 しばらく戦闘が続いてから――


「うわああぁぁっ! 降参する! 降参するから命だけは助けてくれえっ」


 誰かが叫んだのを合図に、盗賊たちは次々と武器を捨てていった。


「もう勝っちゃったみたいだねー」


 エリカがのんびりした声でつぶやいた。

 サミは興奮が収まらない。


 敵は倍の人数だったはずだ。

 だが実際に戦ってみると、圧勝だった。


(盗賊たちは烏合の衆だった。それに対し、ボクたちには優れた指揮官がいた)


 サミはその指揮官に目を向けた。


「もう終わりか?」


 エンシェンは物足りなさそうに眉をひそめていた。




 村の広場。

 戦いが終わり、村人たちも集まってきている。


 サミの目の前では、縄で縛られた盗賊たちが地面に座らせられていた。150人はいるだろう。

 それ以外の者は、死んだ。逃げおおせた者はいない。


 対するこちらの被害は、戦死者が5人。

 仲間の死は悲しいことだが、まごうことなき完勝だ。


「あああ、わたしのせいで死なせてしまってごめんなさい」


 エンシェンは味方の死体の前でガックリと膝をつき、嘆いている。


「退路をふさいでしまえば、死に物狂いで抵抗する敵も当然いる。逃げる敵は放っておけばよかったんです。どう考えても、わたしの判断ミスです。マケラン先輩になんて言えばいいか……」


 彼女は戦闘が終わると、また頼りない指揮官に戻っていた。体も重そうに見える。


(……不思議な人だなあ)


 近くで見ているサミは、首をかしげた。さっきまでの荒ぶる指揮官と同一人物とは、とても思えない。


「少尉、どうか顔を上げてください」


 サマンサがいたわるように声をかけた。「私たちは兵士です。戦いで死ぬ覚悟はできています。400人の盗賊団を1人も逃がさず壊滅させたことを、どうか誇ってください」


「その方のおっしゃるとおりでございます。おかげでこの村は守られました。本当になんとお礼を言っていいか……」


 この村の村長が言った。


「そうですよ!」

「あんたたちがいなけりゃ、財産だけでなく命まで奪われてた!」


 他の村人たちも口々に同意する。


「いえ、私たちは任務を遂行したまでです」


 エンシェンはヨロヨロと立ち上がり、村人たちに向き合った。「これから盗賊の死体を片付けますので、皆さんは家に戻っていてください」


「いえ、兵士の方たちはお疲れでしょうから、それは私どもでやります。せめてそれぐらいはさせてください」


「そうですか……では、お言葉に甘えさせていただきます」


 エンシェンはそう答えると、村人たちに背を向けた。

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