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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦
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10.ヘビの神とドラゴンの神

「その通りだ。火、土、風、水の4属性の魔法は精霊魔法、蛇属性の魔法は神聖魔法と呼ばれて区別される」


 マケランはシャノンの指摘にうなずいた。「精霊魔法を使うためには、それぞれ4種の精霊と契約を交わすことになる。そして神聖魔法を使うには、蛇神(じゃしん)ムーズの啓示を受ける必要があるんだ」


「ムーズ様から啓示を!? そんなことがあり得るのですか!?」


 ムーズはサーペンス王国やペルテ共和国など、多くの国で信仰されているヘビの神だ。

 ムーズを信仰する宗教は「ジャラン教」と呼ばれる。


 ジャラン教の世界観によれば、この世界はムーズが産み落とした卵である。人々はその卵の上で生活していることになる。

 しかしムーズと敵対するドラゴンの神、龍神ビケイロンはその卵を破壊しようと狙っている。ムーズは卵を守るため、ビケイロンと戦い続けているのだ。


 永遠に続くかのような二柱の神の戦いは、いつかムーズの勝利によって決着がつく。すると卵は孵化(ふか)し、誕生したムーズの子によって、すべての生物は天国に導かれる。

 ――というのが、ジャラン教の教理である。


「ああ。ただし蛇属性の魔法使いは非常に珍しいんだ。ジャラン教会の第36代教蛇(きょうじゃ)ナメラ3世がそうだったと言われているが、それ以来1000年以上蛇魔法の使い手は現れていない」

「至高の神たるムーズが、おいそれと人間に啓示を授けるはずがありませんからね。教蛇様のような尊い方なら納得できますが」


「それに対し精霊魔法を使うには、それぞれ火の精霊サラマンダー、土の精霊ノーム、風の精霊シルフ、水の精霊ウンディーネと契約する必要があるが、それは誰にでも可能だ」

「自分の意志で精霊と契約できるということですね」

「そうだが、まともな人間ならそんなことは考えないはずだ。なぜなら、その4種の精霊は龍神ビケイロンの眷属(けんぞく)だからだ」

「眷属? つまりビケイロンの子分ということですか?」

「そうだ。つまり魔法使いというのは、悪の龍神ビケイロンの子分と契約を交わした者のことだ。だからこそ誰からも()み嫌われ、見つかれば死刑になる」

「そんな奴らは処刑されて当然です!」


 グラディスは怒りを抑えきれない様子だ。


「神聖魔法である蛇属性の魔法使いなら、処刑されることはありませんよね?」


 シャノンが確認した。


「もちろんだ。それどころか聖人として人々から尊敬されるだろうな」

「蛇属性の魔法……いったいどんな魔法なんでしょうか?」

「それについては、いくら調べてもわからなかった。一度見てみたいものだな」




 それから3日後、自室で事務仕事をしていたマケランは、敵軍に動きがあったと兵士から報告を受けた。


「攻撃を仕掛けてきたわけではないのですが、東の城門前で何やら作業を始めています」

「わかった、すぐ行く」


 マケランは、立ち上がった。


「じゃあ、オレも行く」

「ピット、おまえはここで留守番だ」

「えー」


 犬と同じく、ウェアドッグは留守番が苦手である。しかし子どもを戦いに関わらせるわけにはいかない。

 マケランはピットを後に残して、急いで壁上歩廊へ向かった。


 そして現場に到着した彼は、眼下の光景を見て息をのんだ。


(まずいな、これは)


 敵の兵士たちが3人1組で城門に向かってくる。頭上に盾を掲げているのは、矢や投下物による攻撃を防ぐためだろう。

 気になるのは、大きな円筒形の物体を転がして運んでいることだ。


「少尉、あれはなんでしょうか?」


 円筒形の物体を見て、シャノンは首をかしげている。


粗朶(そだ)だ」

「そだ……ですか?」

「木の枝を集めてロープで縛り、束にしたものだ。あれを投げ入れて堀を埋めるつもりだろう。土を使うよりも、はるかに短時間で埋めることが可能だ」


 堀は水を張っていない空堀だから、粗朶で埋めることができるのだ。埋めた後に表面を土で固めれば、さらに安定した地面になる。


「堀を埋められるのはまずいです。奴ら、城門を破壊するつもりですよ」


 気丈なグラディスが、あせりの表情を浮かべている。

 もちろんマケランは不安な顔を見せるわけにはいかない。


「問題ない」


 メガネをクイッと持ち上げ、堂々とした態度で命令を下す。「クロスボウの準備をしろ。木の枝なら、火矢をつかえば燃やすことができる」


 クロスボウはバネの力をつかって矢を飛ばす機械弓で、装填(そうてん)に多少の時間はかかるが、腕力のない者でも強力な矢を放つことができる。


 戦いを想定していない女性兵士ではあるが、戦闘訓練はグラディスの指導により行っていたらしい。だからクロスボウの扱いについても習熟している。


 兵士たちはテキパキとクロスボウの準備を始めた。

 まずは先端のあぶみに足を掛けて固定し、両手で弦を引っ張って矢をつがえる。火矢の場合は、油をしみこませた布で矢の先端を包んで着火する。


「狙うのは的が大きい粗朶だ! 準備ができたものから撃っていけ!」

「「はい!」」


 兵士たちはマケランの指示に従い、胸壁の間から火矢を放っていった。


 粗朶を狙えと言ったのは、初めての実戦で人間を殺すのは難しいだろうと判断したからだ。

 真っ当な人間なら、同族である人間を殺すことをなんとしても避けようとするものだ。


 兵士なのだから、指揮官に命令されればためらわずに敵を殺してくれる。そんな期待をするほどマケランは楽天的ではない。


「しょ、少尉、人に向かって矢を放つなんて、私には無理です!」


 やはり泣き言を言っている兵士がいた。粗朶を狙うといっても、人間に当たることはもちろんあり得る。


(期待通りには動いてくれないか)


 兵士は一人ひとりが心を持った人間である。ゲームの駒のように動かせるわけがない。


「貸せ!」


 ためらっている女性兵士からクロスボウを奪い取った。自ら手本を示すためだ。

 後ろから命令するだけの指揮官よりも、自ら率先して動く指揮官の方が信頼されることは間違いない。


 マケランは胸壁に足を置き、クロスボウを下に向けて構えた。


(むっ……高いな)


 調子に乗って身を乗り出してしまったが、落ちれば確実に死ぬ高さだ。

 だが(おび)えた姿を見せるわけにはいかない。マケランは不敵な面構えで矢を放った。

 指揮官という立場が、彼を勇敢な戦士にしていた。矢は外れたが。


「少尉、もう大丈夫です! 次は私がやります!」

「よし! 任せた!」


 指揮官が手本を示した効果はあったようだ。

 兵士たちは次々と火矢を放ち、幾本もの矢が粗朶に命中していく。


(よし、これで堀を埋めることはできなくなるはずだ)


 と思ったのだが、一向に火が付く様子がない。

 敵の兵士たちは次々と堀の中へ粗朶を落としていった。

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