8.取り調べ(1)
「じゃあ、事故だったということだね」
「……はい」
真見の証言を薄いタブレットに記録していく。やがてシールドの青年が爽やかな笑顔を見せる。
「話してくれてありがとう。引っ越してきたばかりなのに大変だったね。それではお父様も。失礼致します」
そう言って真文の方を見て一礼するとシールドは去って行った。
「ねえ……。民間警備会社も銃って所持してよかったの?」
「ああ。あれは拳銃じゃない。銃の形状をしたスタンガンさ。テーザーガンに近いかもしれない」
真見は聞き慣れない単語を確かめるように復唱する。
「テーザーガン?」
「特殊な技術が使われていてね……。高電圧が飛ぶようになってる。銃弾より殺傷能力は低いが犯人を行動不能にするには十分な威力を発揮する」
「へえ……」
真見は現実味を帯びない真文の解説を聞き流す。どこか別次元の出来事のように思えた。
「違法じゃないの?そんなもの所持して」
「違法じゃない。このスーパーアイランド内では特別な法、『スーパーアイランド法』が適用されてる」
真見は目を丸くする。娘が顔を顰めるのを見て真文が小さく笑った。
「そんなに驚くことじゃない。市区町村でも「条例」を出しているだろう。それと同じようなものだ。この島にだけ適用される決まりがある。そのお陰で様々な技術の実証実験が可能なんだ」
「ふーん……」
「おっと。無駄話をしすぎたな。早い所本部に向かうぞ」
真見は散らかった思考のまま真文に促されるままに外に出る。日差しの眩しさに目を細めると父の背中を追って走り始めた。
「わあ……」
真見はソーラーパネルが取り付けられたガラス張りのビルを見上げた。自然の多いエリアと異なり、近代的なエリアに目を見張る。ビルの周りに握りこぶしほどの大きさのミツバチロボットが飛んでいるのを眺める。
(かわいい。イルカの他にあんなロボットもいるんだ……)
「真見。早くしなさい」
真文に急かされ、真見は慌ててビルの中に入る。天井が吹き抜けになっており圧迫感を感じさせない。観葉植物が多く、ビルの柱に自然の蔦が巻き付いている。自然の中にいるような空気の通りを感じた。流石はセル社だ。ビルの造形にすらこだわりを感じる。
『こちら。島民登録になります』
受付の美しい女性に真見は思わず真文の後ろに隠れた。その女性から生気が感じられなかったからだ。肌や服から放たれる色彩が眩しく感じた。
「光を反射させて空気中に結像させることでバーチャル世界を見せる技術だ。正面からしかこんな風に本物っぽくはみえない」
「映像?こんなにリアルなんだ……」
受付はボックス上に作られているため、あらゆる角度から確認することはできなかった。
『島民登録の方は正面奥の部屋へお進みください』
女性の指示通り、真見達は奥の部屋へ歩みを進めた。
島民登録はあっという間に終わった。ただ違ったのは全身スキャンを行ったことだろう。360度、あらゆる場所に取り付けられたカメラの前で数分撮影を行うのだ。その後で歩行データ、声紋、指紋、心音データを取られる。
「これらのデータが島を生きていくうえで重要になってくる。島民登録しなければこの島で生きていくことはできない」
「このデータのお陰で便利な生活ができるんだね」
真文は小さく頷いて見せる。手続きも30分とかからずに終わってしまった。
「あー!ちょっと、ちょっと!そこの人!」
どたどたと此方に騒がしく走ってくる人物がいる。真見は驚いて思わず真文の背中に隠れた。予期せぬ人物に怯えた表情を浮かべる。
「もしかして……神野さんじゃないですかね?」
紺色の帽子に日章が輝く。防刃ベストに手錠、警棒、そして拳銃。見慣れた警察官の姿があった。三十代半ばぐらいだろうか。どこか気の抜けた男性が頭を掻きながら真見達を眺めている。垂れ目のせいで迫力に欠ける。背は真文と同じぐらい高いのだが猫背になっているのが残念だった。
「命島駐在所、巡査。帯刀正義と申します。昨日の事故について伺っても?」
そう言って警察手帳を見せる。顔写真にも同じ、気の抜けた顔があった。真見は名前を見てすぐに閃く。
(この人……。相模君の言ってた駐在さんだ!)
「というか。海難事故は海上保安庁の案件なんじゃないですかねー?まあ、上からの命令だし。話だけでも聞かせてもらいますよ」
頭をポリポリと掻きながら首を傾げる。真見は正義の頼りない第一印象よりもある疑問が浮かんだ。
「どうして私達のこと、知ってるんですか?初対面のはずなのに」
真見の独り言に正義は目を丸くする。そのすぐ後で帯刀がはははと小さく笑った。
「そりゃあ、簡単な話だ。昨日到着した人たちは皆その日の内に島民登録を終えてる。遅れて登録にやって来たその人こそ神野さんだってな」
「……そっか。相模君から教えられたんじゃないんだ……」
真見が安堵のため息をつく。同時に帯刀の観察力に驚いていた。
「何だ?良の彼女か?」
「ち……違います!」
真見は頬を赤らめながら慌てて否定する。
「良ければ外で話でも。ここじゃ落ち着かないんでね」
(この人……大丈夫かな?)
真見は帯刀を見て人物を見定めようとした。
気配を察知した帯刀が両手を挙げる。
「怪しいもんじゃないから、肩の力を抜いて話してくれ」
外にあったベンチに座り、真文と真見は自分たちの素性を話した。それを黙って帯刀がタブレットに入力していく。
「え?お父さん、セル社のゲーム部所属なんですか?俺、そこのゲーム好きで結構ランク高いんすよ」
帯刀の目が輝くが、真文はにこりともせずに「どうも」と答える。真見は父親の愛嬌のなさに呆れかえった。
(少しぐらい喜んだらいいのに)