72.真を見極める子(5)
薄れゆく意識の中で、田切は白い泡を眺めていた。
実際に撃たれた銃弾の怪我も痛んで、体を上手く動かすことができない。どんどん息苦しくなっていく。
手を伸ばしても掴むことができない。その状況は望んだものを掴めない自分を体現しているようで悔しくなった。
(どうして……。どうして、いつも掴めないんだ?僕はただ……この島に創りたかっただけなんだ。あの頃みたいな島を)
そんな時だ。
田切の前に現れたのは暗闇の中から猛スピードで何かが向かってくる。
(イルカ……?)
そして伸ばされた誰かの手。
『理。このイルカロボット、最高傑作だよ!』
「……ヨシ」
いつの間にか幼い頃の扇良仁が目の前にいた。
良仁と読み間違えられ、そのままあだ名もヨシになったというのは島のごく近しい者しか知らない。
『俺達の発明品がさ。いつかこの島で活躍したらいいよな!困っている人のために働くロボットとして!』
幼い姿の田切が扇に向かって大きく頷いた。何度も何度も。涙を流しながら頷く度に涙がボロボロとこぼれて海の水になる。
「ごめん……。僕、悪いことしちゃった。島を守るために……。自分を守るために。このイルカのロボットだって悪いことに使った。本当に……本当にごめん」
良仁は悲しそうな顔をしていたが、困ったように笑っているようにも見えた。その姿は出来の悪い弟を仕方ないなと見つめる、優しい兄のようでもあった。
海に人が落ちる、激しい水音が辺りに響き渡った。
「……真見ちゃん!何をしたの?その銃は?」
慌てて駆け寄って来た湊が真見の側に駆け寄った。手に負った怪我の痛みに顔を歪めながら問いただす。
同時に真見の手からバーチャルの銃が消えた。
「ご……ごめんなさい!」
真見はその場に泣き崩れる。
湊はすぐに真見の武器がプラシーボ効果を発動させるものだと分かった。
「セル社の本部に乗り込む前に……分かったんです……。私のセル・ディビジョンにも幽霊が持っていた銃が実装されていることに」
「確か貴方のセル・ディビジョンは真文さんから直接手渡された物……。まさか、真文さんは真見ちゃんに託したの?この最悪のテクノロジーを」
湊が息を呑んでいるところに帯刀が慌てて田切が落ちた桟橋へ駆け寄る。
「ったく。手荒なことを。意識を失ってるならすぐ引き上げねえと!」
そう言って帯刀が走って暗闇の海に飛び込もうとした時だった。黒い海面から何かが浮かび上がって来た。
「大丈夫!救助したよー」
「良!」
帯刀が驚きの声を上げる。
海面から顔を出したのは洋服のまま海に飛び込んだ良だった。
「僕だけシー・リサーチャーを起動させに行ったんだから!島タクシーの中で神野さんに言われたんだー。島タクシーから降りたらこっそり準備してくれって!」
そう言って帯刀たちにグーサインを見せる。シー・リサーチャーの上でぐったりとした田切の姿があった。
真見達が田切の元へ辿り着く少し前。
「……確保しました。今からそちらに向かいます」
子供三人を乗せた島タクシーの中。後部座席に座る佳史がセル・ディビジョンから田切に連絡を入れたのだ。
真見達を取り囲んでいたシールドの職員達は、真見が田切の元へ向かうと提案したら大人しく引き下がった。元から佳史が真見を送り届ける予定だったからだ。
「それで?連絡を入れたのはいいけどこれからどうするつもりなの?」
運転する必要のない運転席に座っていた真見は大きく息を吸って吐いた。これから自分がとんでもない行動に出ようとしているからだ。
「……田切さんを止めるの。これで」
そう言って目の前で手を振って見せた。そこに現れたのはハンティングモード用のいかにもおもちゃだと分かるような銃ではなかった。
銀色のフォルムが美しい、本物そっくりに投影された拳銃だ。それは、真文が作ったゲームの主人公が持っていた拳銃のデザインとそっくりだった。
「神野さん。それって……」
「それって……!プラシーボ効果が実装されたバーチャルの銃じゃないか?どうしてそれを神野さんが!」
良の言葉を掻き消すように佳史が叫ぶ。
「私もさっき気が付いたの。創君からハンティングモードについて聞いている時に」
銃を選んでいる時に偶然、他の物とは異なる銃のデザインを見つけたのだ。それが幽霊たちも使用していた、バーチャル上にありながらも現実に影響を与えることのできる銃だった。
「多分、お父さんだと思う。私のセル・ディビジョンはお父さんから貰ったから……」
真見はぎゅっと拳銃を握りしめると左隣に座る良に向き直った。
「相模君。お願いがあるんだけど……」
「うん。何?」
良もいつになく真剣に真見の瞳を見つめた。
「田切さんはレオン号の擬態技術を使ってこの島から逃げるつもりなの。だから……きっと桟橋を占拠してると思う。そこを私がこの拳銃で……」
真見は一瞬言葉をぐっとこらえる。その様子を見ていた良が左から拳銃を握る真見の手を握った。
「大丈夫。続き、話して」
真見は良の体温に安堵し、口に出すのも恐ろしい作戦を何とか続けることができた。
「私が……私が撃つから。相模君は先回りしてシー・リサーチャーで田切さんを助けてあげて」
作戦を聞いた良は一瞬だけ目を見開いて驚いていたがすぐに目を細めて頷く。
「分かった。シー・リサーチャーを桟橋付近に呼び寄せておくね」
「え?」
深く考える間もなく承諾する良に真見は拍子抜けした。シー・リサーチャーを操作する良の真剣な横顔が見える。
「相模君は怖くないの?それに上手く助けられなかったら……」
真見は今にも泣き出しそうな気持ちでいた。田切を止める作戦はこれしかないと思いながら、自分の行動が正しいのか自信が持てない。悪い行いを止めるためとはいえ、相手を傷つけるのだ。真見にとって恐れでしかなかった。
そんな真見の不安を感じ取った良が声を張り上げた。
「大丈夫!」
良の明るい声に真見の心の靄が晴れていく。
「ここに僕がいて神野さんがいるから!」
良の太陽のような笑顔と単純明快な言葉だけで体の奥底から力が湧いてくる。
「そしたらドアの影に隠れて島タクシーを盾にして抜け出すと良い。田切さんは姿を現した神野さんに釘付けになるはずだ。その隙を突け」
後ろから冷静な佳史のアドバイスが聞こえてきて真見が呆然とする。まさかここまで協力してくれるとは思っていなかったからだ。
「万野さん……」
「罪滅ぼしにはならないだろうけど……。この作戦に協力するよ。自分の望んだ世界を田切さん、他の人に託しちゃいけなかった。自分で変えなきゃいけなかったんだ。今回のことでそれがよく分かったよ」
佳史の言葉に勇気づけられながらも、哀愁を感じた。佳史にも辛いことがあって、手にしたい理想の世界があったはずなのだ。それが海の泡のように掴めないものだと分かった絶望感は計り知れない。真見も状況が違っていたが、掴めない側の人間だったからその気持ちが痛いほど分かって辛くなった。
「ありがとう……ございます」
今、打ちひしがれて、不安になって立ち止まっている暇はない。真見は暗闇の中を突き進んでいく島タクシーのフロントガラスを見つめた。
田切と対面した時、良は黒色に染まった海へ一人走っていく。良の気配が遠ざかっていくのを感じながら真見は田切と向かい合った。
心の中では良のことを案じている。本当は良が走っていくのを見守りたかったが田切に良を見つけさせるわけにはいかない。
(私が救うから。相模君も、万野さんもお父さんもこの島も……!)
自分の手を握りしめ、来るべき時のために覚悟を決めた。




