70.真を見極める子(4)
「よく言う。……こっちが先に手を出すのを待ってたんだろう」
田切が吐き出すように答えた。右肩から血が流れる。
「お前、俺の父が有害な人間だと思うのか?」
「……」
帯刀の振り絞るような言葉に田切は答えない。
「島の安全を守って来たあの人を!どうして……」
「……事件を探っているというから先手を打ったまでだ」
「は……?」
帯刀が目を見開く。田切は息も絶え絶えに続ける。
「国造りのためには仕方がなかった。そうまでしても、僕は……明るい未来が欲しかったんだ」
歯を食いしばると帯刀は拳銃を持つ手に力を込めた。
「僕はあんたにとっちゃ悪人かもしれない。それは仕方のないことだと思ってる。人は永遠に分かり合えないからね。でも誰かにとっては僕の行いは希望だ!だから……僕は理想のために歩みを止めない。止めるわけには行かないんだ」
田切の怪しい笑みを見て、帯刀の瞳が光を失う。
「そうかよ……。俺の父の死は仕方のないものだと?」
「帯刀駐在員!しっかりして!」
湊が声を上げると同時にもう一台の島タクシーが止まる。ドアを開け、飛び出てきたのは……真見だった。
「お父さん!」
「……連れて来たか」
真見の姿を見ると田切は笑みを深くした。後部座席から降りてきた佳史を見て満足そうに頷く。
真見を横目で確認しながら田切はテーザーガンを左手に持ち直し、荷台を桟橋近くまで押す。電動の荷台は、小さな力でも簡単に動かすことができた。
後からよろめくようにして田切が桟橋の縁に立つ。
「何をする気だ、止まれ!」
帯刀の制止も聞かず、田切は荷物を蹴とばした。拘束された真文が姿を現す。
「神野デザイナーの命が惜しければ……神野真見以外、桟橋から離れるんだ!」
そう言って真文にテーザーガンを向ける。真見はその光景を見て頭を殴られたようなショックを受けた。
(どうしよう……。お父さんが。お父さんが……危ない)
恐怖で体の底から震えが起こる。震えを押さえるように、真見は自分の身体を抱きしめた。
(落ち着いて。私は、必ずお父さんと、この島を助けられる。だって、私の直感がそう言ってるんだから……!)
真見は顔を上げると、腫れた目元のまま本物の田切と向かい合う。
「諦めなさい!もう貴方に……逃げ場はない!」
怪我を負った湊が精一杯声を張り上げる。しかし田切は動じることなく、真見だけを見ていた。
「やっぱり……。そうだったんだ!」
真見は田切の背後に目を凝らす。その目は、他の人が見ることができない物を見ることができる「真を見極める目」だった。
真っすぐに田切の背後を指さす。
「レオン号ですよ。あそこに、レオン号が停まってる」
真見の言葉に島タクシーから降りた佳史が同じ方向を見て首を傾げた。
「何かあるようには見えないけど……。ああ、言われてみればぼんやりと輪郭が」
佳史に言われて帯刀と湊も目を凝らす。
「本当だ……。レオン号は『擬態』ができる船なのね」
何もないと思っていた空間にはレオン号が停泊していた。その姿は海面と空の色を船体に投影し、何もないように見える。投影された映像があまりにも自然過ぎて誰も気が付かなかったのだ。
レオン号の存在を見破った真見を見て田切は歓喜した。
「本当に……話しに聞いていた以上に素晴らしい性質だ。是非、体性感覚技術の発展のために……僕と来て欲しい!」
「……田切さんは私の性質のこと、父から聞いたんですね」
「ああ、そうだよ。特に君が小さい時にバーチャル世界のものを見極めた話には驚いたな……。神野デザイナーが親馬鹿なだけかと思ったら違った。君の生まれ持っての性質は世界を変えるような代物だったんだよ!」
「……」
田切の言葉を聞いて、真見は朧気ながら過去を思い出す。
「真見、見てごらん」
目元のクマが薄い、若き日の真文が掌に乗せたカナブンを見せた。鮮やかな緑色の虫を目にして、真見は首を傾げる。
「お父さん。これ、本物の虫じゃない」
その言葉に真文が目を丸くした。同時に掌からカナブンが消えてしまう。
「……どうして分かった?」
その時の真文の驚いた顔が今ならはっきりと思い出せる。真見は当時からバーチャル世界の映像を見極める目を持っていたのだ。
「話を聞いた時は驚いたよ。神野デザイナーの作ったホログラム映像が見分けられる人物がいるなんていなかったからね。それ以降、君のことを色々と聞いたよ」
真見は息を呑んだ。田切はずっと昔から真見の性質に目をつけていたらしい。それよりも真文が子供の話をしていることを意外に思った。
(お父さん、私のこと人に話してたんだ……)
「電車での話も聞いたよ。直感でトラブルを回避したって。それらの特徴を聞いて分かったよ。君が『感覚過敏』な性質を持つ子供だって。
多分、幼い頃の君は瞬時にトラブルを起こしそうな人物を見極めたんだ。その人物の表情や態度……あるいは声質から。五感をフル活用して情報収集し分析し、危険だと判断した」
田切が興奮気味に話し続ける。
「バーチャル世界において人間の五感は重要になってくる……。特に五感を感知する能力にたけた人間のデータが必要だった」
「……」
真見は田切の言葉に黙り込んだ。真見を人間ではない、何か別の生き物だと認識しているような発言に心が凍りつく。
(やっぱり。この人……誰かが止めてあげないと。自分では止まることができなってるんだ……!)
握りこぶしを作ると、静かに田切の元へ近づいて行く。
「君の性質は、世界を変える研究に繋がる!新時代を……つくるんだ」
田切は血だらけの左手でテーザーガン持ちながら真見に語り掛けた。
「お嬢ちゃん!」
「真見ちゃん!」
湊と帯刀の声に立ち止まることなく、真見は田切の目の前に歩みを進めた。
「お父さんも一緒だ。さあ、行こう!」
田切の、子供のような無邪気な笑顔を前に真見は大きく深呼吸した。
(大丈夫。自分を……信じて)
真見は田切の左手にセル・ディビジョンが取り付けられていること、桟橋の縁の近くに立っているのを確認する。
大きく息を吸うと、手を前にかざした。
「な……?何だ、それは」
真見の目の前に本物そっくりの銃が現れたのだ。My ISLANDで見られる、カラフルな銃ではない。それは真見達が翻弄されてきた『幽霊』が持っていた物と同じものだった。
魔法のように突然目の前に現れた武器に田切はたじろいだ。
「どういうことだ……!?プラシーボ効果を出す武器が……?島民のセル・ディビジョンには実装されてないはず!」
田切の見開いた目を見ながら、真見は小さく呟いた。
「……ごめんなさい」
真っすぐに田切を狙うと、引き金を引く。




