7.生まれもってのもの(3)
優しいオルゴールの音で真見は目を覚ました。
(あまり眠れなかった……)
目を擦りながらタブレットのアラームを止める。真文の浮気現場らしきところを目撃したせいで眠りが浅かったらしい。一瞬眠れたと思ってもまた意識が浮上し、また沈む。その繰り返しだった。
どんなに眠たくとも今日という日は止まらない。真見はぼさぼさの髪の毛を払いながらベッドから立ち上がる。
真見は朝から最新鋭の家電に目を奪われていた。家の中にも真新しい技術がいくつも使われていた。昨日様々なことがあったせいで家の中の新技術まで見る暇がなかったのだ。
「何これ……!すごい」
洗濯物を自動で隣の乾燥機に移動させる。乾燥させた洗濯物は絡まることなく、皺も目立たない状態で着ることができた。
食洗器に掃除ロボ……。全てにセル社のロゴが付いている。お風呂やトイレにも自動洗浄機能が備え付けられ、真文が家事に追われるような様子は一切なかった。
一通り家の中の最新鋭家電を見た後でリビングに戻る。真文はいつもと変わらぬ無表情でソファに腰かけていた。タブレット端末片手に何かを閲覧している。
(あの女の人と連絡とってるのかな?)
真見はそんなことを考えて首を振った。
(お母さんみたいな思考になってる!ちゃんと真実を見極めてからにしないと)
一人で葛藤している真見を他所に、真文はコーヒーカップをテーブルに置いた。
「おはよう」
「……おはよう」
真見は怪しまれないようにそそくさと同じテーブルについた。
「それ、仕事のメールでもしてるの?」
さりげなく浮気調査のために探りを入れる。真文は動じることなく淡々と答えた。
「ニュース記事だ。それと仕事関係のメール確認」
「……昨夜みたいに?」
真見はマグカップに紅茶のティーバックを入れ、真文をちらりと見る。眼鏡の奥、瞳の色が変わることはなかった。ただ深い疲れを感じ取る。
「……そうだな」
「へえ……。やっぱりお仕事大変なんだね」
真見はマグカップにケトルのお湯を注いだ。マグカップの中の無色透明だったお湯が茶色に染まっていくのをただ眺める。
「今日はセル社の本部で真見の島民登録を行う。その後命島学校に行って島の生活についてオリエンテーションがある。そのまま参加するんだ」
「……分かった」
真見はティーパックを小皿に乗せ、項垂れたように返事をする。テーブルの上に乗っていたトーストに手を伸ばす。
「真見に渡しておきたいものがある」
「何?」
畏まった真文の声色に真見は緊張感を高める。
「セル社が開発した新型のウェアラブル端末『セル・ディビジョン』だ」
そう言って真見の目の前に置かれたのは腕時計のような形状をした小型のウェアラブル端末だった。
「すごい!こんな高そうなものいいの?」
真見は目を輝かせながらセル・ディビジョンと呼ばれる製品を手に取る。セル社の新型ディバイスなど貴重な品だ。発売初日にオンラインで売り切れてしまうほどに人気がある。真見が感動しているのに対し、真文は無感動だった。低い声色で真見の問いに答える。
「試作品なんだ。サンプルがあればあるだけ喜ばれる」
他人事のような発言に真見は首を捻りながらも端末を左腕に装着する。
(何!?この感覚)
真見の身体を今まで感じたことのない感覚が駆け抜けていく。全神経に何かが触れてくるような、ぞわぞわとした感覚だ。それを感じたのは一瞬だけだった。
(疲れのせいかな?)
真見が瞬きしているところに真文が構わず言葉を続ける。
「詳しい使い方は学校で教わると良い」
「学校で?」
「この端末は島民全員に支給される予定なんだ。スーパーアイランド計画の一部なんだよ」
真見は腕に装着した端末をまじまじと見下ろす。
「それとこれを」
真文が手渡したのはワイヤレスイヤフォンだった。
「ありがとう」
真見は安堵した表情を浮かべる。
「すみません。神野さんのお宅でしょうか」
着替えを済ませ、そろそろ外出しようと動き始めた時だった。インターフォンに見知らぬ若い男性が二名映る。
「『シールド』ですが、昨日の船の事故についてお聞かせ願いますでしょうか?」
(シールド……!この島の民間警備会社)
真見の心臓が高鳴った。自分が悪いことをしたわけではないのに緊張する。
「どうぞ」
立ち竦む真見の横から真文の手が伸びる。
「そんなに緊張することはない。事故だったんだろう?」
真文の目が怖い。まるで余計なことは言うなと言っているようだ。
「……あ。うん」
真見は小さく頷くとそのまま二人のシールドの男性と向かい合っていた。
「ごめんね。昨日災難に遭ったばかりなのに押しかけて。少し話を聞くだけだから我慢してね」
「……はい」
真見は男性達の出で立ちを観察する。腕には盾をデザインしたロゴが描かれていた。分厚い防護ベストに腰には警棒、拳銃が目に入り思わず真文の背に隠れる。
「真見。大丈夫だから、シールドの皆さんに話しなさい」
真文が真見の背中をぽんぽんと叩く。小さな子供をあやすような仕草に真見は顔を赤くした。
「驚かせてしまったかな?大丈夫?」
「いえ……。その、お気になさらず!」
上ずった声で真見は答えた。
(どうして堂々とできないんだろう……)
真見は自己嫌悪に陥りながらもシルトの青年たちに事情を話した。真文の言った通り、イヤフォンを落としてそのまま自分も落ちてしまったのだと。話している間も真文の視線が気になった。




