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ぼくらの島  作者: ねむるこ
真を見極める子
68/72

68.真を見極める子(2)

「神野さんっ!」

「こら!動くな!」

(相模君……!)

 感情の波に囚われていた真見は良の声で我に返る。

 良がシールド職員の囲みを振りほどき、真見の元に向かって走っていた。シールドの職員のテーザーガンが良を狙う。その光景を目にした真見は声を上げた。

「待って!」

 思った以上に声が出て、真見自身も驚く。咳払いすると、声をいつものトーンに戻した。

「待って……ください。田切さんの元に連れて行くよう指示があったんでしょう?このまま私を連れて行ってくれませんか」

「……え?」

 佳史が驚いた表情を浮かべる。

「お父さんを……助けに行きます。それに、私が行かなければ万野さんも都合が悪いでしょう」

 真見が涙を拭いながら答えた。その姿を見て、佳史はため息交じりに続ける。

「そうだけど……。田切さんの狙いは神野さんだよ。それでも行くの?それに僕は……神野さんの味方じゃない」

「行きます……。行かなきゃいけないんです」

 はっきりと答えた真見は自分自身に驚いた。不思議と今までのように恐れはない。佳史に騙されていたという怒りもない。

 何の感情にもとらわれない、透明な感情になっていた。

 真見は強く直感する。

(私は……お父さんを救うことができる。この島も。皆も)

 泣いていても前に進むことのできる自分に真見が一番驚いている。

 佳史は堂々とした真見の姿を目の当たりにして手にしていたテーザーガンを下ろした。



 夜の海は不気味で、ずっと眺めていると底なしの黒色に吸い込まれそうになる。桟橋付近に監視カメラはない。住宅地のエリアもここからは離れている。完全に無人だ。

 真文が消えたことでシールドはセル社に招集されているので周囲に人はいない。荷台の白い箱の中を覗いてある人物は笑みを浮かべる。

(もうすぐ連絡が来るはずだ)

 桟橋に立つ人物のワイヤレスイヤフォンから通知が入った。

『……確保しました。今からそちらに向かいます』

「分かった」

 同時に車のライトに当てられて、その人物が田切であることが分かった。島タクシーから降りてきたのは……雪野だ。険しい顔で田切を見ている。それを何食わぬ顔で会話を続けた。

「貴方は……確か。ライターの?こんなところでどうかしたんですか?」

「それはこっちの台詞」

 雪野は島タクシーのライトを背後にため息を吐く。腰のホルダーから取り出したのは……拳銃だった。その動きに一瞬の淀みもないことから、彼女が只者ではないことが分かる。

田切理(たぎりおさむ)。貴方を神野真文さん拉致監禁罪の容疑で現行犯逮捕します。その荷物の中にいるのよね?それとテロ等準備の罪についても話を聞かせてもらいます」

 田切は大きなため息を吐く。

「なるほど……貴方が本島から派遣された捜査官か。ここに来ることを予測できたのも不思議じゃない」

「残念だけど、この展開を見通していたのは私じゃないの」

「……何?」

「この展開を見極めたのは……貴方が研究に欲しがっていた子。神野真見さんよ」

 ここで初めて田切は驚きの表情を浮かべた。

「個人診断ではそんな行動傾向、なかったはず……」

 驚く田切に雪野は鼻で笑った。

「人はデータ以上のことをやってのける。……肝に銘じることね。

 貴方はゲームイベントに乗じて逃げるつもりだった。何故なら明日、多くの捜査官がこの島に上陸するのを知っていたから。……恐らく特命大臣と繋がっていたんでしょうね」

「……敢えて僕に行動を急がせたんですね。ここで捕まえるために」

 雪野は拳銃を構えたまま続ける。

「やり方が汚いんじゃないの?真見ちゃんの個人診断で行動規範を予測し、真文さんを人質に取るなんて。おまけに島の子供まで利用して……」

「穏便に事を進めるためですよ。使えるものは使い切る。それに彼を一方的に利用したわけじゃない。彼が自ら提案を呑んできたんですから。……ただ、先回りされているのは想定外でしたね」

 夜の黒い海をバッグに笑みを浮かべる田切が不気味に思えた。冷たい風が田切と雪野の間に流れる。

「今までの事件についても話を聞かせてもらうわ。真文さんを解放しなさい!」

「今までの事件?何のことです」

「とぼけるな!」

 雪野の力強い声が暗闇に響いた。今までの冷静な物言いが吹き飛んだ。

「実証実験と称して都合の悪い人間の命を奪った!開発した新技術で次々と人を殺した!それだけじゃない。政府の要人を殺害する計画も企てている!……何が未来を担う人材よ!あんたは……未来を滅ぼす悪人だ!それじゃあ、ヨシが浮かばれないじゃない」

「ヨシ……?どうして貴方が……。よく見たら貴方の顔……。そうか、そういうことか」

 驚きの色に染まった田切だったがすぐに冷静な表情に戻る。

「久しぶりだね。湊海莉(みなとかいり)

 その言葉に雪野……湊は深い笑みを浮かべた。

 雪野の正体は、湊海莉というこの島出身の潜入捜査官だった。相模診療所で見つけたホログラムの集合写真の中に映っていた人物だ。

 少年のような雰囲気とは大きく変わり、大人の女性の姿へと変貌している。雪野を湊だと見破るのは困難だ。おまけに湊家は島が埋立地になる話が持ち上がった頃、島を離れてしまっていたから余計に人物像が薄れていた。

「思い出すのが遅いんじゃない?真見ちゃんの方が私の正体に気が付くのが早かった」

「へえ……あの子は君の正体まで見破ったのか」

 田切が感心するのを他所に湊が言葉を続ける。

「あの子の『見極める目』は確かに素晴らしいものだったわ。だけどそれはきっと現代テクノロジーでは解明できない何かよ。……どうかしら?幼馴染の縁でここは引いてもらえない?」

「そうか……。湊は昔から真面目で、正義感が強かったもんな……。警察関係者になっても不思議じゃないか」

 田切はふふっと鼻にかかるような笑い声を上げる。流れるような所作でジャケットの中に手を入れた。湊が緊張して面持ちで拳銃を構え直す。

「残念だけど何と言われようと、僕が引くことはない」

 テーザーガンを取り出すと荷台に向けた。

「僕が船に乗るまでに邪魔が入ったら……。神野デザイナーの身の安全は保障しかねる」

 自然と田切の脳内に6年前の出来事が再生される。



「ヨシが……どうして……?」

 段ボールだらけの部屋の中。東京にある友人の自宅だった。

 遺影に映っているのは浅黒い肌のまだ年若い青年だった。つい最近まで笑いあっていたはずの友人が小さな骨壺に収まっている。

「これ、あの人の遺書……。理君にも読んでもらいたくて」

 やつれた姿の女性が呟いた。黙って田切に白い封筒を手渡す。久しぶりに触れる紙の感触に戸惑いながらも、田切は遺書に目を通した。

 デジタル社会になったとはいえ、手書きの遺書の効力は強い。最近では紙の本の発行が全盛期の半数以下に落ちたというのに。手書きの手紙というものがこんなに重みのあるものだとは思わなかった。

 遺書には田切と長年開発してきたバイオミメティクスのロボット技術の権利が奪われたこと。それに対する対価が何もないこと。度重なる増税、政治不安による治安の乱れからくる生活の不安、そして子供の未来のこと……。

 友人を死に至らしめた理由がいくつも書き連ねてあった。

 陰鬱で閉塞感が漂う世の中。何が原因か、どうすればいいか分からないまま多くの人が病んでいる。友人もそのうちの一人だったのだ。

 途中、目の焦点が合わなくなり、田切は何度も、何度も文面を確認しながら読み進める。そのせいで余計に田切の心に遺書の内容が刻まれた。

 最後の個人へ宛てたメッセージに田切は固まる。

(おさむ)へ。こんなことになってごめん。見えているはずのものを見えないふりして生きるのはもう止めよう。理ほどの才能があるならきっと理想の未来を、世界を創ることができるから』

(どうして……。どうしてだよ)

 田切は膝から崩れ落ちた。涙を出し切った後で、もう涙がでない。立ち上がろうにも体に力が入らない。

 絶望で弱り切った体でも、田切の瞳の奥は沸々と燃えていた。

(奪われた物を全部取り返してやる。……一から創り直すんだ。自由で、誰もが穏やかに生きていくことのできる国を)


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