67.真を見極める子(1)
「神野さん?ここに万野先輩なんて……いないよ」
良はキャップを目深に被ったシールドの職員を見渡す。良の腕を押さえていたシールド職員が困った表情を浮かべた。
「ううん。万野さんは初めからここに居る。……私達を待ち構えていたんだよ。Xさんの仲間として」
「え?」
驚く良の声を聞いた後で真見はゆっくりと顔を上げた。視線の先にはテーザーガンを手にした田切がいた。
「もうお芝居はやめたらどうですか。……万野さん」
真見の声はもう、震えていなかった。鳥居をバックに立っていた田切はひと際大きな声を上げて笑う。
「この状況が受け入れられずに脳内が混乱しているのかな?君は思いがけないアクシデントに弱い性質だからね」
「私は……混乱何てしてません。貴方は紛れもなく万野さんです」
真見が真っすぐに田切を指さした。真見の真剣な姿に笑っていた田切も黙り込んだ。
「田切さんの映像が、万野さんに投影されているんですよ。……何だか田切さんを見ると目がチカチカするんです……。それと父は完全に投影された映像ですね」
真見の言葉にその場にいた誰もが息を呑んだ。
「人の身体に投影されているとしたら、一部分だけだと思います。テーザーガンを手にしている時点で幽霊ではないことは判断できました。
もしそうだとしたら体の動きが全くと言っていいほどないのも納得できます。それと、マイクを通した会話。音声を変えているのをばれないようにするため……ですよね?」
真見の言葉に田切が揺れた。
自らのセル・ディビジョンに触れると田切と真文は消え失せ、佳史が姿を現した。服装は田切のままであることから、顔周辺がホログラム映像であったことが分かる。
周りに控えていたシールド職員達がどよめいた。良も口を開けて驚きを隠せないでいる。
「いつから分かってた?」
イヤフォンを切った佳史は深いため息を吐いた。声も田切から佳史のものへと変わっている。
「ここに来た時から何かおかしいと直感していました。でも順を追って直感を推理することができたんです。……万野さんが教えてくれたから」
真見はそのまま躊躇いがちに解説を続けた。
「それに、ここに田切さんが来ることはないと思ってました。捜査官に気が付いて、父と私を連れて島から逃げる機会をつくるだろうと。だからレオン号の停泊場で先回りしてもらったんです」
「まさか……!帯刀駐在員と潜入捜査官を?」
無言で真見は佳史を見つめる。その通りだと言っているようだった。
「田切さんが偽物だとしたら、代わりは誰か。考えていたら、一人だけ検討がつきました。風に乗って消毒液とお見舞いの花の香りがしましたし……私のことを『探偵』なんて呼ぶのは……万野さんぐらい……だから」
佳史は大きく肩を落とすと、テーザーガンを手にしたまま真っ暗な空を見上げた。
「やっぱり本物の探偵には敵わないよなあ……」
悔しそうに言葉を漏らす。
「ここで僕のお芝居に付き合ってくれたのは、帯刀駐在員と捜査官を田切さんの元に間に合わせるためか……」
悔しそうな表情の佳史に真見が問いかける。
「どうして万野さんは探偵になれないんですか?私なんかよりずっと適役じゃないですか……」
真見のくぐもった声に佳史はふっと息を吐いた。
「……家族のためだよ」
「家族?」
予想外の返答に真見は目を丸くする。
「田切さんは約束してくれたんだ……」
「それって……!もしかして」
真見の頭の中に閃光が貫いた。
(いや、でもありえない。そんなことを考える人いるの?)
「神野さんなら分かったんじゃない?田切さんの本当の目的。日本の未来のためでも、島を廃島にしないためでも、技術革新のためでもない……」
「……新しい国を、この命島に創り上げるため……」
佳史の言葉の続きを自然と真見が続ける。衝撃で真見はすぐに口元を手で覆った。
今まで靄がかかっていた思考が晴れていく。
(スパーアイランド法、シールド……。そうだ。この命島の開発って……全部一つの国を作るためのものだったんだ)
田切の目は誰も見ていなかったものを見ていた。過激な実証実験の数々は、日本の未来でも、政府関係者のテロのためでもない。新たな国の創設という壮大な計画のためのものだったのだ。
驚きを隠せない真見に佳史は笑みを浮かべながら続けた。
「最初は本当に僕は探偵だった。島で起こった事故を純粋に調べて……。神野さんがこの島に来る数日前。僕は田切さんに呼び出されたんだ」
「裏で事件を追っていることがバレてしまったんですね」
佳史は無言で頷いた。
「事件を追うことについては責められなかった。寧ろ僕のことを認めてくれたよ。
田切さんは僕が味方になるのを確信していたんだ。それと誰にも自分の計画は邪魔されないという確かな自信があったんだろうね。
たとえ過去の事件を調べていたとしても相手は子供。計画が破綻するほどの行動は起こせないだろうと考えた。
……僕はこの島が向かって行く結末だけ聞かされ、あることを頼まれたんだ……」
真見はその後に続く言葉が予測できて、耳を塞ぎたくなる。胸がずきずきと痛んだ。佳史の口からは聞きたくなくて、真見は進んで自分から答えた。
「私を見張ってくれと頼まれた……。私の性質がどんなものか間近で検証しようとした」
佳史は静かに頷く。その表情から佳史の感情を読み取ることはできなかった。
「そこまでしてどうして……」
「話したところで……神野さんに分かるわけない!」
佳史の厳しい声に真見は肩を震わせた。穏やかで優しい佳史しか見てこなかったからだ。
「田切さんは約束してくれたんだ……だれもが穏やかで安心して生きていける国を作るって!しかもこの命島に!本島はもう……手の施しようがないって。
普通の人には分かるはずないだろ?うちの家族は何もかも普通とはかけ離れてるんだから!それが……僕の憧れだった探偵役を捨ててまで欲しかったものなんだ……」
佳史が悔しそうに顔を上げると、テーザーガンを向けた。真見は佳史の家族を思い浮かべる。
「命島に居た方が本島より遥かにいい未来が待ってるはずだ!僕だって、この島を守りたい。自分の居場所も」
(そうか……。万野さんは苦しんでたんだ)
真見は自然と涙を流していた。
佳史に裏切られたから、テーザーガンを向けられて怖かったからではない。佳史の内なる叫びを聞いて流れだした涙だった。
(万野さんの悔しい気持ちが流れ込んでくる。どうしよう、涙が止められない)
「だから……。ごめん、神野さん」
佳史は手にしていたテーザーガンの引き金に力を入れる。




