66.ラストステージ(3)
「そう考えるのも仕方ない。人間というのは思い込む生き物だから……。自分にとって都合のいい解釈をする。思い込みのせいで見えているはずのものが見えず、見えないはずのものが見てしまう」
真見と田切の間に冷たい夜風が通り過ぎた。
「プラシーボ効果を知っているかな?」
「プラシーボ……効果?」
何の脈絡もない会話に真見は首を傾げる。
「心理現象のことだよ。ある事柄を本物だと思い込ませることで身体的、精神的に効果が見られる現象」
真見は田切の解説に目を見開いた。社宅での飛び降りを思い出す。
「セル・ディビジョン……!」
「そう。セル・ディビジョンの技術はプラシーボ効果を利用している。バーチャル世界と感覚神経を連動させることで人はバーチャル世界とリアルが繋がったと思い込む」
「……社宅での事故はセル・ディビジョンによるプラシーボ効果によって引き起こされたこと。幽霊に追われて屋上まで逃げ込み、銃撃されたと思い込んだ……」
幽霊に囲まれていた良が口を開く。
「落下事故の時はまだゲームがリリースされてなかったから突然現れた幽霊に驚いただろうね。本当に銃弾に撃たれたと強く思い込んでもおかしくないよ」
「きっと被害者が手すりぎりぎりの所に来るタイミングを狙ったはず……。どの事件にも防犯カメラが取り付けられていたから!」
真見は涙目で田切を睨んだ。
ここまで語っても田切は少しも動揺を見せない。真見の推理を否定することもなく、肯定することもなかった。
「人は死すら思い込む!興味深い事象だと思わないかい?人に死を思い込ませることに成功すれば世を乱す悪党どもを知らないうちに葬り去ることができる。荒廃した社会を作り上げた奴らを消すことができる!だから、新時代に君の力が必要なんだ」
田切はそこまで言うとテーザーガンを真文に向けた。真見は銃口を見て肩を震わせる。真見は息を呑んだ。
「このまま大人しく僕に付いて来てもらおうか」
「どこへ……行くんですか」
「このままカリフォルニアにあるセル社の本部さ。君の五感を感知する力を解明するんだよ。少々痛いこともあるかもしれないけど……大丈夫。全て未来につながる技術へと変貌する。バイオミメティクスように、人間の中で稀に見られる能力も技術化すれば人類は更なるフェーズに進むことができる!」
田切が差し出す手を、真見は寒々と眺めた。
今までにこんな風に淡々と残虐なことをする人物を見たことがない。こんな風に他者の感情に共鳴することのできないのは初めてだ。
人の負の感情とはまた違う。理解しきれない底なしの穴に落とされたような気持ちになった。真見はよろめきそうになる体を何とか足を踏ん張って耐える。
「……このまま島を出るのは無理ですよ」
「難しい事じゃない。島民達はゲーム、イベントに夢中で、島の中心部に集中してる。誰も気が付くことはない」
真見は顔を俯かせながらぽつりとつぶやいた。
「それは無理ですよ。……万野さん」




