表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくらの島  作者: ねむるこ
少女の閃き
6/72

6.生まれもってのもの(2)

 社宅へは10分ほどで辿り着いた。

 命島自体、1日で周回できてしまうほどの広さだ。診療所があった、長閑なエリアとは裏腹に社宅周辺は近代都市のような作りをしている。マンションや無機質なコンクリートの建物が立ち並んでいた。ビルにはまだ明かりが灯っている。

(相模診療所の辺りは元から住んでいた人達のエリアで、この辺りはセル社が開発したエリアなのかもしれない)

 真見はちらりとそんなことを考えた。

『目的地に到着致しました。ご利用ありがとうございます』

 地面に降り立つと真見はあることに気が付く。

(この辺りは……コンクリートだ)

 硬い、灰色の道に違和感を覚える。足の裏に伝わってくる感触が、東京にいた時とは違うような気がしたからだ。その違和感が何なのか分からないまま、真見は真文の背を小走りで追いかける。水を吸った衣服が重く、腕が痺れた。

 相変わらず真文は周囲を伺うような素振りを見せ、二階の一室に手をかける。指紋認証と顔認証付きのオートロックは東京の家にあったものと同じだ。ドアが閉じると自動的に鍵が掛かる。

 鍵が閉まったのを念入りに確認する真文の姿があった。オートロック式で、しかも生体認証が鍵になっているというのに。超が付くほどの心配性だと真見は思った。

 真見が怪しむのも気にせず真文は家の中を進む。

「真見の部屋は玄関を入ってすぐ。片付けておいたから自由に使いなさい。これから会社の人と話すから飯食って、洗濯物を回して……それから寝ていて構わない」

「あ……うん」

 相変わらずの仕事人間ぶりに真見は遅れて返事をする。

「ついでにそのまま仕事を進めているから。くれぐれも仕事部屋には入らないように。何かあったらタブレットから連絡をいれなさい」

 そう言って向かいの部屋に吸い込まれていった。

(やっぱり怪しい)

 真見は父の背中を睨む。わざと仕事部屋に入ってみようかとも考えたが騒動を起こした後だ。これ以上真文に迷惑をかけるのは気が引けた。

(今日は休もう。問題解決は明日から)

 風呂に入り、冷蔵庫にあった食事を1人で食べる。その間も真文が部屋の外に出てくることはなかった。

(シンプルな部屋)

 真見はベッドに横たわりながらタブレットを弄る。そこへ早速電話が入って来た。相手は真見の母、神野(かんの)()()だ。

『長旅お疲れ様!それで?あの人には会ったの?』

 電話に出るなり鼓膜がはち切れそうなほどの大きな声が真見の耳に響く。真見は慌てて音量を下げた。母の言うあの人が真文のことを指しているとすぐに分かった。

 絵美と真文が別居し始めて一年が経とうとしていた。二人が顔を合わせて話しているのを見たことがない。二人の取次役は専ら真見の仕事になっていた。

「うん。少し疲れてそうだったけど……。心配性なのは変わってなかったよ」

『ふーん。相変わらず怪しい。しっかり浮気調査宜しくね!』

 絵美の言葉を濁さない、勢いの良さに笑ってしまいそうになるが、本人は真剣だ。

『真見の方は何の問題もなく島に到着できた?』

「……うん」

 船から落ちたことについては口を噤む。感情の起伏が激しい母親のことだ。怒ったり泣いたり忙しくなるに違いない。真見は面倒ごとを避けるために適当に返事をした。

『真見の直感、信じてるから』

「うん……。分かった。それじゃあまた何かあったら連絡する」

『それじゃあね!島の暮らし楽しんで!』

 元気な絵美の声を最後に真見は通知を切った。

 自分のことがあまり好きではない真見には唯一、誇れるものがあった。

 それが直感だ。

(私の直感だとお父さんは浮気してないと思うんだけどな……。でもお母さんは信じてくれないよね)

 真見はそのままシーツに顔を埋めた。

 真見の直感力が家族内で認知されるようになったのはある事件がきっかけとなっている。それは家族旅行で電車に乗り込もうとした時だった。

 絵美は自慢げに語るので恥ずかしかったが真見はあまりよく覚えていない。

「乗りたくない」

 わがままを言ったことのない真見がその日だけは電車に乗るのを渋ったのだという。理由を聞いても怯えたような表情で「こわいから」というばかりだった。困った絵美と真文は一本送らせた電車に乗ることにした。

 そのすぐ後だ。電車が止まったという放送が流れたのは。

 ホームで放送を聞いていた絵美と真文は呆然としたという。しかも乱闘が起きたのは真見達が乗るはずだった車両。

「きっかけは些細な喧嘩みたいね。身体がぶつかった、ぶつからないだの。それが他の乗客にも広がっちゃったみたいで……。真見の直感のお陰で助かったのよ」

 このことを話す絵美の得意げな笑みが頭に浮かぶ。

 だから絵美は何かを選ぶとき真見の直感を頼ることが多い。実際、真見の直感は当たる。回数を重ねるにつれて真見自身も自分の直感力に自信を持つようになった。

 直感力について家族以外に話したことはない。数値や目に見えて分かることではないので他の人に言うのは憚られた。

(それに。直感力があるのって人に言うと直感力が無くなりそうだよね。私の勝手な考えだけど)

 真見は布団に寝ころびながら長い髪を手で梳いた。海水によってきしんだ髪にため息を吐く。

 向かいの部屋の扉が開く音が聞こえ、耳をそばだたせた。

「今行く。……ああ。分かってる」

 そのすぐ後、真見のタブレットにメッセージが入った。

『会社の人に今から会ってくるので留守番を頼む』

 真見はそっとベッドから立ち上がると小さく自室のドアを開け、父の背中を見送る。

(こんな時間から会社の人と会うことってあるのかな?)

 音を立てないよう、つま先立ちで廊下を歩く。ドアノブを掴むと細く開いた。隙間から階下が見える。

 真見はドキドキしながら目を凝らす。社宅には街灯が設置され、比較的明るい。真見の住む部屋は階段のすぐ側だった。

 階下に薄っすらと見えたのは華奢な体型の人物像だった。顔は鮮明に見えないものの長い髪であることが辛うじて分かる。

(女の人……?)

 真見は唾を飲み込んだ。ここからだと流石に会話まで聞くことはできない。そのまま二人は見えない所へ移動してしまう。

 呆然とした気持ちで真見はドアを閉める。心臓がドクドクと脈打って騒がしい。

 どっと真見の心に錘がのしかかる。真見は絵美に連絡することもなくベッドに丸まった。

(お父さんが……そんなはずない)

 真見はそのまま瞳を閉じた。とにかく今は何も考えたくない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ